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非技術系の「テクノロジー」に違和感

津田建二国際技術ジャーナリスト・News & Chips編集長

最近、ITなどで使われているテクノロジーという言葉に違和感を抱く。技術的に高度な難しさを克服して実現した技術ではないことにさえ、安易にテクノロジーという言葉が使われている。元エンジニアだった私には異質な言葉だと感じてしまうため、このテクノロジーという言葉の違和感について、ある外資系半導体メーカーの方に聞いてみた。彼は、「そういわれてみればそうですね。スマートフォンやウェアラブル端末などのガジェットをテクノロジーと呼んでいるケースが多いですね」と同意してくれた。

「Information Technology (IT) と言われている分野は、エンジニアから見ると、コンピュータを使ったサービスとしか見えない。ここにはテクノロジーがあるとは思えない」と言っている元エンジニアの記者もいる。彼はインターネットでさえテクノロジーではないと言い切る。今、ITの4大トレンドと言われるものは、クラウド、ビッグデータ、モバイル、ソーシャル、である。これらはテクノロジーと呼ぶよりもサービスと呼ぶ方がふさわしい。

クラウドコンピュータは、端末のコンピュータで処理・保存するのではなくクラウドコンピュータでハンドリングする。ビッグデータはさまざまなデータを集め、意味のある相関を探したり、解析したりして、結果を生み出すためのツールとなる。もちろん、クラウド同様、サービスとして利用する。

モバイルはスマホなどを利用して検索や、ゲームなど、何らかのサービスを享受するためのガジェットである。ソーシャルは、facebookやLINE、Twitterなど、仲間同士での情報共有や検索などに有力な手段となる。やはりサービスである。

また、「スマートニュース」が分類している「テクノロジー」というジャンルでは、スマホやウェアラブルのような、単なるガジェットのニュースばかりで、そこに使われている最新技術に関してはほとんど触れられていない。また、Yahooニュースの分類には、「IT」と「科学」しかなく、テクノロジーはない。ITにはガジェットの話が多く、「科学」には身の回りと宇宙の話題が多い。やはりテクノロジーではない。

テクノロジーとは、これらのITシステムやスマホなどの端末を動かすために必要なハードウエアとソフトウエアであるといえそうだ。もちろん、その範囲はITから電力システムや自動車技術にまで及ぶ。インテルのチップや、ザイリンクスのFPGA(Field Programmable Gate Array)、クアルコムのモデムチップ、アナログデバイセズのMEMS(Mechanical-Electrical Manufacturing System)チップや電子部品などのハードに加え、OS(Operating System)やミドルウェア、アプリケーションなどのソフトウエアを使って、汎用ハードウエア(コンピュータともいう)を動かす概念をテクノロジーとエンジニアは呼んでいる。

iPhoneが最初に登場した時、日本のエンジニアは何も新しい技術はない、と即座に切り捨てた。確かに全く新しい部品や半導体のテクノロジーはなかった。ここにエンジニアが考えるテクノロジーと、非技術系人間が考えるテクノロジーとは違いがある。

例えば、ソニーが1980年代に片手で持ち運びのできる『ハンディカム』を開発した時、独自の技術を開発することで実現した。CCDイメージセンサ、リチウムイオン電池、高密度実装技術、2インチの液晶ディスプレイ、などこれまでになかった技術が多かった。イメージセンサは長年、真空管式の撮像管が主流で、なかなか実用化できずに、学会を賑やかにさせていた。今はCMOSセンサが主流だったが、当時もCMOSセンサはあったがCCDセンサの方が光学特性で当時は優れていた。リチウムイオン電池の実用化も難しかった。小型部品の表面実装と多層配線基板技術の開発によって、さまざまな部品や半導体を小さなプリント基板に搭載できた。ソニーのハンディカムはまさに技術の結晶であった。

これに比べ、iPhoneを実現する上で新たに開発した技術は何か。2本指のタッチセンサだけであろう。タッチセンサそのものは決して新しくはないが、2本指で、しかもページをめくるような操作で写真や画像を見せたり、次の拡大、縮小するような動作でそれらを表したりした。技術的には、X軸とY軸方向に電子的にスキャンしており、そのスキャン速度で指の動きを検出したことが新しい。さらにその動きに意味を持たせたアルゴリズムを開発したことも新しい。

縦の画像を横にすると画像の向きも変えてくれる操作は、加速度センサで実現した。地球上では常に鉛直方向に重力加速度が働くため、加速度センサが重力を検知するのである。しかし、加速度センサはすでにクルマのエアバッグに使われていた。iPhoneの登場と同じころ、任天堂のゲーム機「Wii」にも加速度センサが使われていた。新しいテクノロジーでは決してない。

新しいテクノロジーは、おそらくアプリケーションプロセッサかもしれない。ブラウジングや検索するのにマイクロプロセッサの演算能力を大きく向上させた。またアニメやゲームを表現するグラフィックス演算も活用した。こういった演算機能は、消費電力を上げないことが必須条件だった。インテルのチップではなく、アームのCPU回路やイマジネーションテクノロジーズのグラフィックス回路が使われたのはこのためだ。インテルチップが性能を追求してきたのに対して、アームのCPUやイマジネーションのグラフィックス回路では性能はそこそこでかまわないが、消費電力の削減が絶対条件であった。このためアームなどは消費電力を下げる、もしくは上げずに性能を上げてきた。これが今のスマートフォンや少し前の携帯電話の要求にぴったりと一致した。消費電力の削減で電池を長持ちさせるためだ。だから、クアルコムのスナップドラゴンやメディアテックのプロセッサにアームのCPU回路が使われているのである。しかし、全く新しいアーキテクチャではない。ノイマン型コンピュータの域を出ない。

だからと言って、エンジニアの方がエライというつもりはない。むしろ、エンジニアはテクノロジーにこだわり、本当に売れるモノ、消費者の求めるモノを理解できなかった。もう、今の時代はテクノロジーよりもユーザーエクスペリエンスの時代に入ってきている。エンジニアが理解すべきは、テクノロジーではなく、ユーザーエクスペリエンスだ。このことについては、次回のブログで語ろう。

(2015/05/07)

国際技術ジャーナリスト・News & Chips編集長

国内半導体メーカーを経て、日経マグロウヒル(現日経BP)、リードビジネスインフォメーションと技術ジャーナリストを30数年経験。その間、Nikkei Electronics Asia、Microprocessor Reportなど英文誌にも執筆。リードでSemiconductor International日本版、Design News Japanなどを創刊。海外の視点で日本を見る仕事を主体に活動。

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