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【エイジテック革命】第6回 超高齢社会の課題を解決する日本のエイジテック

斉藤徹超高齢未来観測所
日本のエイジテックが高齢化代を解決する(写真:アフロ)

日本の高齢者向け製品への取り組み状況

日本のモノづくり技術は長年世界でもトップレベルにあり、高い技術力に裏づけられた数々の工業製品が、戦後の日本の経済成長を支えてきました。日本の高齢者向け分野の製品、介護製品もそうした技術力を背景に開発されてきたものも多いと言えます。

例えば、軽自動車やミニバンを改造した福祉車両、浴室、洗面所、トイレなどのバリアフリー住宅設備などは日本の繊細なものづくり精神が反映しています。多くのシニアユーザーの支持を得た携帯電話“らくらくホン”も日本でいち早く開発されたエイジテック製品と言えるでしょう。

一般的に福祉関連機器は個別性が高く、量産が困難と言われますが、日本の高い技術レベルがそういった困難を克服してきました。しかし、こうした技術のバックボーンにあるのは、あくまで第二次産業的な製品技術が中心であり、今回のテーマであるデータサイエンスに基づく製品開発は全般的に遅れをとっているのが現状です。

エイジテックの進捗を国別に見ると、検索エンジンやSNSインターネットなどのプラットフォームを握る米国が主導し、それを欧州やイスラエルなどの国々が追い上げている状況であると言えます。

AIは、広範な産業領域や社会インフラに多大な影響を与える「次世代の国際競争力技術の源泉」と言えますが、日本はこうした分野への着手、産業育成ともに出遅れている状況です。

例えば、基礎研究に関して、AI関連分野のTop1%論文占有率(2016年)では、米国の24.6%、中国19.0% に対し、日本はわずか2.1%にとどまっています。(文部科学省・JST CRDS)。

同じく、AIのビジネス導入率(2017)も米国46.2%(導入済13.3%・検討中39.2%)に対し、日本は19.7%(導入済1.8%・検討中17.9%)と遅れをとっています。このような状況について「人工知能技術に関しては、必ずしも十分な競争力を有する状態にあるとは言い難い」と国もその遅れを認めています。(首相官邸 統合イノベーション戦略推進会議「AI戦略2021」)

こうした状況に対し、政府も2016年に、「人工知能戦略会議」を設置。官民連携で研究開発から社会実装まで取り組むべく、教育・研究・産業分野の重点戦略の策定、ロードマップづくりを進め、AIを社会実装すべく、その取り組みを本格化させています。

産業分野では、「医療・健康・介護」「農業」「国土強靭化(インフラ、防災)」「交通インフラ・物流」「地方創生(スマートシティ)」「ものづくり」が重点6分野となっています。

これらの分野の中で、エイジテックと関連が最も高いのは、「医療・健康・介護」でしょう。特に医療分野では、日本は内視鏡をはじめとする画像診断解析技術は世界有数レベルであり、2017年にはAI画像診断解析を進めるための研究施設「医療ビッグデータ研究センター」(国立情報学研究所(NII))を設立するなど基盤整備が進められています。こうした社会インフラが整っていけば、日本の医療AIは世界トップレベルと伍するだけの可能性を秘めているとも言えます。しかし、それ以外の分野は、米国や中国が大規模な投資も伴いつつ、AIの社会実装を急速なスピードで進めているのに対し、日本は全般的に遅れをとっています。

日本のエイジテック状況

しかし、そのような環境下にある日本でも徐々にいくつかの領域でエイジテックベンチャーが生まれつつあります。特に「介護」「リハビリ」などの分野での日本独自の動きが目立ちます。

日本は2000年から公的な介護保険制度が導入されました。スタート時は、218万人であった要介護(要支援)認定者は2019年には約3倍の659万人となり、社会保障給付介護費も10兆7,361億円に上っています。この領域での最も大きな課題は人手不足でしょう。2019年時点の介護職員数211万人に加えて、2025年には32万人、2040年には69万人の介護職が必要と推計されており、人手不足の解消は喫緊の課題とも言えます。(令和3年7月厚生労働省「第8期介護保険事業計画に基づく介護職員の必要数について」)

こうした流れを受け、「AI戦略2021」では介護分野の重点目標として、介護予防を促進するためのAI/IoT利活用、介護認定やケアプラン策定など、ケアマネジメント業務における利活用、移乗、排泄、入浴、食事など介護現場の負担軽減のための利活用を掲げています。

ケアマネジメント支援分野のエイジテック

現在の日本で、この分野で開発されているエイジテックとしては、株式会社シーディーアイによるケアマネジメント支援サービスSOIN(そわん)があります。

株式会社シーディーアイは2017年にA Iを活用したケアマネジメントサービスの開発、事業化を目的に設立されました。米国でA Iを活用したケアプラン策定の先駆者であるアクティビティ・レコグニション社(Activity Recognition Inc)の協力を得つつ、日本の介護制度に合わせた開発を進め、2020年5月にAIを活用したケアマネジメント支援サービスSOIN(そわん)の提供を開始しています。

SOIN(そわん)はA Iの持つ本来的な特徴を十分活用しようとするもので、ケアマネージャーがアセスメント情報を入力すると、過去のケアプランの実績をベースに、自立支援、重度化防止のケアプランをA Iがリコメンドし、プランを実施した場合の改善予測もしてくれるという機能も搭載しているというものです。

また、これ以外では、株式会社エクサウィザーズのAIアプリ、ハナストは、介護記録、連絡、申し送りなど、介護現場におけるスタッフの間接業務をAI×音声入力でサポートするというもの。同社は、スマホで歩行の様子を動画で「撮る」だけで、簡単に歩行の質を解析してくれるサービス、ケアウィズトルトなども開発しています。

排泄介助分野のエイジテック

排泄介助は、介護労働の中でも特に大きな負担を強いる作業でもあります。

トリプル・ダブリュー・ジャパン(Triple W Japan)のDFreeは、超音波を活用したセンサー・デバイスにより、膀胱状態をモニタリングし、排泄時間を予め予測しようとするものです。これにより要介護者に自立した排泄を促すことが可能となります。

また株式会社オムツテックの次世代オムツセンサーはオムツに超薄型センサーデバイスを装着し、排泄時の濡れを検知し、オムツの交換タイミングをスマホに知らせてくれるというものです。

移乗介助分野のエイジテック

離床や移乗の際に介護者には大きな腰の負担がかかります。介護スタッフの多くは腰痛に悩んでいるという話もよく聞く話です。こうした肉体的負担を軽減すべく、いくつかのサポート機器が開発されています。

東京理科大発のベンチャーであるイノフィス株式会社は、人工筋肉を活用し肉体負担を軽減するマッスルスーツを2014年から販売開始、2021年9月には累計2万台を突破する好調ぶりです。

パナソニックの離床アシストロボット、リショーネPlusは、介護ベッドの半分が分離して車椅子として使用できるというもので、離床の際の肉体的負担やリスクを最小限に抑えることができる機器です。

寝たきり状態の要介護者は、床ずれを防ぐために定期的に体位変換を行う必要がありますが、これも人的労力に負担のかかる作業です。フランスベッドの自動寝返り支援ベッドは、ベッドの床板が定期的にゆっくりと傾くことで利用者の寝返りをサポートする体位変換をサポートするベッドです。

リハビリ分野でのエイジテック

リハビリテーション分野でもエイジテックを活用した機能回復、運動トレーニング機器などがいくつか生まれています。

株式会社mediVRのmediVRカグラは、VR(ヴァーチャル・リアリティ)を活用した機能回復トレーニング機器として、すでに国内約20のリハビリテーション病院や老人ホームに導入されているものです。

トライリングス株式会社の提唱する運動療法トライリングスは、脳科学研究分野における「神経筋制御」理論をベースに「筋肉と神経をつなぐ」トレーニングメソッドを提供するというもので、高齢者でも無理なくストレッチや筋肉増強を図ることができるというものです。

介護食分野でのエイジテック

介護領域の中において食に関わるソリューションは日本独自の分野と言えます。おそらく日本人は食事に関しては、世界で最もこだわる国民ではないでしょうか。例えば、ご飯や味噌汁などの汁物は暖かいままで、冷たいものは冷たい状態での提供が基本ですし、メニューも一汁三菜が原則となります。介護施設などで提供されるメニューは、これに刻みを入れたり、ミキサーにかけるといった手間がかかります。

こうした日本人の食に対するこだわりを背景に日本の介護食は独自の発展を遂げています。キューピーのやさしい献立は1998年の発売以来、数々の特許技術を取得しながら美味しく食べやすいレトルト介護食の開発を行ない、現在ではこの分野でのトップシェア企業となっています。

最近、注目の介護フードテックとして、ギフモ株式会社のデリソフターがあります。これは、通常の食事や冷凍食品などを、隠し包丁と圧力・蒸気の力で見た目はそのままに柔らかく食べやすくすることを可能とする調理家電です。これがあれば、在宅介護などの場面でも、いつもの食事に少し手間を加えるだけで、家族と同じ食事を楽しむことができる画期的な製品と言えます。

以上、今回は日本のエイジテック状況を概観しました。介護分野中心に進む日本のエイジテックですが、こうしたソリューションが世界の高齢者課題を解決する日がやってくるかもしれません。ただし、この領域以外のエイジテックは遅れがちであり、早急なキャッチアップが求められています。

超高齢未来観測所

超高齢社会と未来研究をテーマに執筆、講演、リサーチなどの活動を行なう。元電通シニアプロジェクト代表、電通未来予測支援ラボファウンダー。国際長寿センター客員研究員、早稲田Life Redesign College(LRC)講師、宣伝会議講師。社会福祉士。著書に『超高齢社会の「困った」を減らす課題解決ビジネスの作り方』(翔泳社)『ショッピングモールの社会史』(彩流社)『超高齢社会マーケティング』(ダイヤモンド社)『団塊マーケティング』(電通)など多数。

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