介護の質を向上する「マッスルスーツ」の現在

マッスルスーツを使った介護(イメージ・写真提供:イノフィス)

介護人材不足とロボット活用

介護業界は慢性的な人材不足に悩まされています。厚生労働省では2025年度末には約55万人が不足すると予測しており、今後、外国人労働者や中高年人材の労働参加などで改善を図ろうとしています。

人材不足の原因は、一方で介護スタッフの離職率の高さにも原因があると言われています。離職の理由は、給与水準と並び、労働環境も課題です。

介護業界は労働集約型産業と言われています。確かに、介護を必要とする方々のケアが業務の中心ですから、人的対応は極めて大切です。

この数年、介護業界におけるICT活用は徐々に進んで来ているものの、完全に定着し実用化された、とはまだまだ言えない状況です。導入を図りたい側(産業側)と受け入れ側(福祉業界)との摺り合わせがまだ途上であるという印象を筆者は感じています。

ロボット活用については、かつてこちらでもコミュニケーションロボットのPARLO(パルロ)を取り上げました。パルロは、高齢者とのコミュニケーションを主とするロボットです。今回、取り上げるマッスルスーツは介護現場における肉体的負担を軽減するためのパワード・スーツです。

マッスルスーツの仕組み

マッスルスーツの仕組みを簡単にご紹介しましょう。マッスルスーツは、装着者の身体の動きを補助し、重いモノを持ち上げたり、中腰姿勢を保つ際に、腰部にかかる負担を軽減するための装置です。

なぜ、そのようなことが可能になるのでしょうか。実は、背負う装置(背中のフレーム)の内部に秘密があります。そこには、人工筋肉が内蔵されており、圧縮空気を送り込むと筋肉には強い収縮力が生まれます。この力を利用して、重たい荷物の持ち上げや介護の際の移乗を楽に行おうというのがマッスルスーツの基本原理です。

スケルトン状態のマッスルスーツ(写真提供:イノフィス)
スケルトン状態のマッスルスーツ(写真提供:イノフィス)

筆者も取材の折、マッスルスーツを装着してみました。たしかにこれを着けると数10キログラムの荷物もさほど重量を感じず、楽々持ち上げることができました。装着することで、“もうひとつ、強い背筋を得た感じ”でした。スーツ自体も非常に軽く、さほど重量を感じません。極めて実用性に富んでいると感じました。では、このマッスルスーツ、実際の介護の現場ではどのように使われているのでしょうか。

介護施設で活躍するマッスルスーツ

今回、お伺いしたのは、東京都世田谷区にある社会福祉法人友愛十字会が運営する定員60名の特別養護老人ホーム、砧ホームです。

砧ホームは、新しいテクノロジーの導入に熱心で、今回お伺いしたマッスルスーツ以外にも、見守りセンサー、離床センサー、コミュニケーションロボットなど3分野5機種を22台導入されています。

お話をお伺いしたのは施設長の鈴木健太さんと副主任介護職員の板垣紘子さん。

両氏によると、最初にマッスルスーツを砧ホームが、導入したのは約2年前のこと。東京都「ロボット介護機器・福祉用具活用支援モデル事業」のモデル施設に採択されたことから導入の取り組みが始まりました。

しかし、導入が決定しても、現場のスタッフが利便性を感じなければ、活用は進みません。

「最初は、どう使っていいのか、具体的なイメージがわきませんでした。」(板垣さん)

そこで、まずは使う人が慣れることが大切なので、使用場面、対象者を限定し、使ってみることから始めました。業務は、トイレ介助、おむつ交換に限り、介助を受ける入居者のご家族からも許諾を頂いた上でスタートしました。

「やはり、こういった装置は最初から拒否するのではなく、まずは皆で試してみることが大切です。勉強会などを通じて使ってみることで、施設の中でも使うことに対する慣れが徐々に生まれていきました。」(板垣さん)

初年度が終了し、導入2年目の今年からは、特に使用場面や担当者を決めるのではなく、使いたい人が使いたいときに利用するというフリーな形の運用になっています。主な使用場面は、入浴介助や排泄介助、加えてシーツ交換や床清掃といった間接業務など。また夜勤の際の使用比率も高いそうです。

マッスルスーツを日常的に利用しているのは全スタッフの半分程度。当然ながら、使用してみて、利用実感を十分に感じる人もいれば、装着や脱着を煩わしいと感じる人もいます。

介護スタッフの捧(ささげ)さんも頻繁に利用するスタッフのひとりです。

「もともと腰痛持ちだったのですが、マッスルスーツを使うことで、腰の負担は相当楽になりました。」(捧さん)

徐々にではありますが、マッスルスーツの活用が施設で定着しつつあることが感じられました。

砧ホームでマッスルスーツを使う三浦さん(筆者撮影)
砧ホームでマッスルスーツを使う三浦さん(筆者撮影)

マッスルスーツ開発経緯と未来

マッスルスーツは、どのような経緯で開発されたのでしょうか。マッスルスーツを開発販売する株式会社イノフィス企画部広報担当、森山千尋さんに話をお伺いしました。

マッスルスーツの発案は、東京理科大学工学部機械工学科の小林宏教授によるものです。2000年頃から、「人を補助するための装置」というテーマで研究をスタートさせました。

研究のベースとなったのは、1960年頃に米国で開発されたマッキベン(McKibben)型人工筋肉です。これは、ゴムチューブの周りをナイロン繊維で覆った形状で、これに圧縮空気を送り込むことで、収縮させるというもの。この技術を活用した動作補助装置の開発が目指されました。当初は障害や麻痺のある人を対象にした腕を補助する装置の開発が目指されましたが、検証を重ねるなかで、工場で作業を行う人の多くが腰痛に悩んでいることを知り、「腰を補助する装置」の開発に目標を再設定しました。

最初の市販モデルが開発されたのは2014年のこと。ただ、当初の市販モデルは本体重量が8キログラムあった上に装置も大きく、圧縮空気の供給もコンプレッサーで、コードを繋いだり、エアタンクを搭載したりする必要があり、作業勝手にやや難ありとの声もあがったそうです。

その後、介護現場の声を聞きながら、毎年のように改良モデルを発表。空気注入も電力不要の手動ポンプにすることを実現。本体重量も8キロから、徐々に軽量化し、現在のモデルは4.3キロまで軽量化しました。厚みも薄くなり、使い回しやすさも向上。現在のモデルマッスルスーツEdgeは5代目のモデルです。利用環境に応じて、3種類のタイプが用意されています。

販売台数は累計で3500台。7割が介護施設(特別養護老人ホーム、老人健康保険施設など)での利用だそうです。

「マッスルスーツは、絶えず商品改良を進め、使い勝手の良さを向上させてきました。将来的には、よりリーズナブルな価格とし、在宅介護でもご利用いただけるようにしていきたいと考えています。将来的には一家に一台。お家の納屋に入っているくらいの感じにしていきたいですね。」と森山さんは語られます。

現在のマッスルスーツは、介護施設での利用が中心ですが、将来さらに高齢化が進み、要介護人口が増加すれば、在宅介護の質をいかに上げていくかが重要なテーマとなってくるでしょう。現在、訪問介護での中心テーマは、地域包括ケアに基づく職種連携でしょうが、いずれ在宅ケアの質的向上も机上にのぼってくるに違いありません。その際にはこうしたパワード・スーツの需要はますます高まっていくに違いありません。

取材協力先:株式会社イノフィス