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機内へのペットの持ち込み 議論の前に知っておいていただきたいこと

鳥塚亮えちごトキめき鉄道代表取締役社長。元いすみ鉄道社長。
筆者の家ネコ 末っ子のなると君(8歳)です。

1月2日の羽田空港での日本航空機事故で、貨物室に預けられたペット(以下、ペットとは犬、猫のことを示します。)を助けることができなかったことについて、様々な議論が沸き起こっているようです。

筆者は自宅でネコ6匹を飼っています。どの子も可愛い家族でかけがえのない存在です。そういう筆者のペットに対する考え方を前提として、ペットを機内に持ち込むことを議論する前に知っておいていただきたいことを述べさせていただこうと思います。

機内にペットを持ちこんだ場合に考えられる危険性

・機内でペットが騒ぐこと、あるいは臭気を発し、機内を汚物等で汚すこと。

・飼い主が機内でペットをケージから出してしまうこと。

・ペットが何らかの病気や寄生虫を持っていて、他のお客様に感染させたり、アレルギー反応を引き起させたりすること。

・緊急事態にペットが脱出の妨げになること。

・空港の制限区域内でペットが逃げ出すこと。

空港の制限区域というのはセキュリティーチェックが必要な区域や、国際空港の場合は税関の管轄範囲のことです。

このように他のお客様がペットが好きか嫌いかということ以前の問題として、公共の場である機内で、あるいは航空機という特殊な環境下で、ペットを機内に持ち込んだ場合に考えられる危険性は数え始めたらきりがありませんが、そういうことを一つ一つ消去することができれば、筆者の個人的見解としてはペットを機内に持ち込むことは可能ではないかと考えます。

ただし、これはあくまでも乗客(飼い主)の側の見解であって、輸送事業者として航空会社がどう考えているかとなると、やはり、運送約款に基づく制限が課せられるわけで、たとえペットを機内に持ち込めたとしても、現時点ではお客様はルールを定めた航空会社側の要求に従った行動をすることが求められますし、そのルールというのはIATA(国際航空運送協会)の規則に基づくものですから、一国の国内の議論で解決するようなことではありません。

では、実際にペットを客室内に持ち込むことができるスターフライヤー航空の「ペットを機内に持ち込む場合の遵守事項」を見てみましょう。

ペットを機内に持ち込む場合は1~14の確認事項があります。

ぺットを機内に持ち込む際の遵守事項

▲スターフライヤー航空のホームページにある案内

これによると筆者が示した考えられる危険性について、航空会社として予約時に飼い主であるお客様の側に確認を求めていることがわかります。

これだけのいわゆる「飼い主の義務」を課されているわけですが、筆者が気になるのは下の方にある「ペットの機内持込に関する同意書兼申込書」です。

そこにはこう書かれています。

私は、「ペットを機内に持ち込む際の遵守事項」及び本同意書兼申込書に記載の事項を理解の上、搭乗時に客室内でペットを輸送するためのすべての前提条件が満たされていることを確認し、同意致します。
I fully understand the matters set out in the “Conditions for Bringing Pets into Passenger Cabin” and this
document. I hereby confirm that all prerequisites for the transportation of my pet in the passenger cabin
have been satisfied.

1. ペットが他のお客様や貴社係員、他のお客様の身体又は財産等に損害を与えた場合には、すべての責任を負うこと。
I shall take full responsibility for the damages caused by my pet to your company’s staff members and other passenger’s body and properties.
2. ペットによって生じた機内・空港内の備品の破損・汚損・紛失について、全額弁償すること。
I shall fully compensate for the damages, stain or loss of any facility and/or equipment of the aircraft and/or airport caused by my pet.

スターフライヤー航空のホームページより抜粋(太字は筆者が加筆)

航空会社の誓約書ですから敢えて英文の部分も載せましたが、筆者が気になるのは太字の「すべての責任を負うこと」と「全額弁償すること」という部分です。

スターフライヤー航空の飛行機の座席は皮革製ですから、ファブリック製の座席と比べると汚れてもサッと拭き取ればある程度きれいにすることは可能でしょう。しかし、運送約款という、すべてが契約の上で成り立っている航空輸送の中で、

1:ペットを持ち込んだことに対するすべての責任を旅客が負う

2:何かあったら全額弁償する

という2つの事項が記載された誓約書に対して、輸送前に航空会社側が乗客にサインを求めるということは、お客様にとってかなりのリスクになることが考えられるのではないでしょうか。

筆者の経験では、例えばペットが何らかの原因でケージから逃げ出して空港のランプと呼ばれる飛行機が発着するエリアに逃げて行ってしまったことがありました。この時は一時すべての航空機の運航が止まってしまいました。

また、今回の羽田空港事故のような緊急脱出時に、着陸時の衝撃でペットがケージから出てしまい、パニック状態で機内を逃げ回ったとします。飼い主は必死になってペットを捕まえようとするでしょうが、その飼い主の動きが脱出口と反対の方向へ行くとしたら、その行為が他のお客様の脱出の妨げになります。その行為によって脱出できなくなる乗客が出る可能性も考えられます。

もし、そういう状況の中で、飼い主が結果責任を負わされて全額弁償を求められるとしたら、これは大変リスキーなことですし、そこまでしてペットと一緒に飛行機に乗って旅行をする必要があるのかというところから考えなければならないのではないかと筆者は考えます。

国際線の場合はどうか

国際線の場合はこれに加えて各国の検疫に関する法律が絡んできます。

検疫というのは、自国内に外国から病原菌などが入らないように国内を保護するための法律で、人間検疫、動物検疫、植物検疫がありますが、ペットの場合は動物検疫として農林水産省が定めた輸入規定によって制限されています。

例えば外国から到着した場合、すべてのペットは「動物の輸入」として取り扱われます。そして、その動物が病気にかかっていないかどうかを厳しくチェックする法律にかなっていれば日本への持ち込みが許可されます。

それによると、ペットを輸入する場合にはそれ以前に180日間以上にわたって、ペットへのマイクロチップの埋め込みや各種予防接種など様々な手続きが必要になります。つまり、実際の旅行に関してさかのぼること約6か月前には、日本の法律に従って輸入のための予防接種などをスタートしていなければなりません。

農林水産省 動物検疫所 指定地域以外から日本に犬・猫を輸入するための手引書(最終更新 2021年11月)より抜粋
農林水産省 動物検疫所 指定地域以外から日本に犬・猫を輸入するための手引書(最終更新 2021年11月)より抜粋

このように、たとえ貨物室に預ける場合でも検疫手続きだけでもこれだけのものがあります。逆に言うと、180日も前から準備をしてこないと、日本に到着した時に一緒に家に帰ることができない(引き渡しができない)ということになります。

筆者が航空会社勤務時代には何度かトラブルを経験したことがあります。

海外で生活していた日本人の方が現地で飼っていたペットを日本に連れて帰ってきたという例がありますが、「この子は家族なんだから」と人間と同様に安易に考えて事前準備を何もしてこなかったケースが複数件ありました。

その場合、どうなるかというと、手荷物を受け取った後、税関を通過する手前のポイントにある動物検疫のカウンターで、そのペットが「180日入国できません。」と宣言されます。

これは、海外からそのペットが病気にかかった状態で到着していないかを調べる期間なんですが、本来であれば日本に到着する前180日間で行うはずだったのと同じことを、到着した時点から180日間にわたって行わなければならないということです。

その際に検疫官から「どうしますか?」と聞かれます。

「どうしますか?」ということは、180日間動物検疫所の施設でそのペットを預かることになるわけですが、当然それ相応の費用が発生します。ペットは隔離され飼い主はその間接することはできませんから、ペットホテルのように専門の人間がえさを与え、犬の場合は毎日散歩をさせるなど24時間体制でケアをするのですが、例えば1日1万円としても180万円の費用が発生するわけです。

あるケースでは飼い主の方が「仕方がありません。お願いします。」と言って契約書を交わしていましたが、別のケースでは「冗談じゃない、そんなお金払えるわけないだろう。」と言って、そのペットを置いて帰ろうとしました。

「あなた、今、ご自分の家族だと言ったじゃないですか?」

その場にいた筆者は思わずその方にそう申し上げました。

なぜならば、その手続きをしない限りは殺処分になる可能性があるからです。

航空会社は輸送を引き受ける段階で飼い主(乗客)から誓約書をもらっていますから、その乗客が到着した時点になって「そんなはずじゃなかった。」と言っても通用しません。

このように、飼い主(乗客)に対して大変なリスクが発生するのです。

国際線の航空機は他国の空域を飛行して日本にやってきます。

時として機材故障や悪天候などで本来の目的地ではない別の国に到着することも考えられます。

そういう時には当然その到着国の法律に従わなければなりませんので、そのペットにとってはさらに大きなリスクになるものです。

これは、機内にペットを持ち込もうが、貨物室に預けようが同じですが、機内に気軽にペットを持ち込めるようになったとしたら、現状よりもリスクを抱えたケースが増えることが予想されますし、その場合の全責任は損害賠償も含めてお客様が負わなければならないということになると、現状では安易にペットの機内持ち込みに対してOKを出すべきではないと筆者は考えますし、何よりもご自身の家族であるペットをそのリスクにさらすことは避けるべきではないでしょうか。

今後、どのような議論が展開されるかはわかりませんが、日本の国内法が改正されたとしてもIATA(国際航空運送協会)の規則が前提にありますし、それに基づいて航空会社が運送約款上の様々な条件や制約を課してくることは引き続き行われるでしょう。

また、ペットの種類によっては、例えば犬の場合はブルドッグなどの短頭犬のようにもともと航空機の輸送に適さないものもあります。議論をするのであれば、大まかにペット(犬、猫)ということではなくて、もう少し的を絞った議論も必要になってくるのではないかと筆者は考えます。

最初に申し上げましたが、筆者は自宅に現在ネコを6匹飼っています。

どの子も大切な家族ですから、航空輸送で彼らがどのようなストレスにさらされるかを考えると、とても連れて旅行に出る気にはなれず、個体によってはケージに入れて家の外へ出すだけでパニックになる子もいますから、ペットホテルに預けることもためらわれます。

議論をするのは人間の側ですが、彼らにとって何が幸せなのだろうかと考えてしまいますね。

寒い日、ちゃぶ台の下で集まる我が家の猫たち。一人足りない。誰だ?
寒い日、ちゃぶ台の下で集まる我が家の猫たち。一人足りない。誰だ?

※本記事は航空運送約款や各社の取り扱い方式、農林水産省の検疫の仕組みをもとに筆者が平易に解説をしたものです。皆様方の議論の根拠にはならない場合がありますので、予めご承知おきください。

えちごトキめき鉄道代表取締役社長。元いすみ鉄道社長。

1960年生まれ東京都出身。元ブリティッシュエアウエイズ旅客運航部長。2009年に公募で千葉県のいすみ鉄道代表取締役社長に就任。ムーミン列車、昭和の国鉄形ディーゼルカー、訓練費用自己負担による自社養成乗務員運転士の募集、レストラン列車などをプロデュースし、いすみ鉄道を一躍全国区にし、地方創生に貢献。2019年9月、新潟県の第3セクターえちごトキめき鉄道社長に就任。NPO法人「おいしいローカル線をつくる会」顧問。地元の鉄道を上手に使って観光客を呼び込むなど、地域の皆様方とともに地域全体が浮上する取り組みを進めています。

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