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只見線にリゾート列車「雪月花」を走らせた本当の理由

鳥塚亮えちごトキめき鉄道代表取締役社長。元いすみ鉄道社長。
只見線を走る雪月花  撮影:星賢孝氏

えちごトキめき鉄道(新潟県上越市直江津)では6月17、18日の2日間、JRの協力のもと、只見線にリゾート列車「雪月花」を走らせました。

只見線は福島県の会津若松から新潟県の小出を結ぶ全長135kmのJR東日本の路線で、2011年7月の豪雨災害で線路や鉄橋が流されるなど大きな被害を受けました。一時は廃止が検討されましたが、昨年10月に11年の運休期間を経て鉄路として復活し、観光客で大賑わいになっている路線といえばご存じの方も多いのではないでしょうか。

これからのローカル線の在り方を探る

只見線の復活に当たっては福島県が大きな費用を拠出しました。線路を直すには巨額な費用が必要で、JRとしては復活しても収益が見込めないとして、線路を直すお金を出すことを承諾しませんでしたが、福島県がその費用を負担し、将来にわたって線路の維持管理を福島県が負担するという条件で復活にこぎつけました。

こういう方式を「上下分離」と言い、今、JR各社は全国の自治体に対して、「ローカル鉄道を今後も維持したいのであれば、線路の維持管理(下部)に関する費用を負担してください。その線路の上を列車を走らせること(上部)は引き続き行います。」というような提案をしています。

筆者は福島県が主催する只見線利活用会議の委員を拝命していましたので、只見線運転再開後にどうやって活用していくかという議論に参加していました。

福島県としては人口の少ない過疎地の路線には地域需要はなかなか見込めないことから、観光客を呼び込むための路線にすることで地域経済を盛り上げようという方向で検討を進めてきました。

これはなかなか画期的なことで、今までのローカル鉄道存続は全国的に「地域の足を守る」というテーマで行われてきました。ところが、田舎の町では一家に一台どころか一人一台自動車が普及しているのが現実ですから、実際にローカル鉄道が地域の足になっているのかという点では疑問符が付きます。

事実、「地域の足を守る」というテーマで過去40年以上全国的な存続運動が展開されてきましたが、その方法でどれだけのローカル鉄道が残ったのでしょうか。

その事実を考えると「地域の足を守る」という目的は存続運動のテーマとしては正しくないのではないか。

福島県では数年前からこの部分に取り組んできていて、沿線地域の合意を得て、「地域の足を守る」から「観光鉄道となることで、地域に経済を呼び込む」という方向に舵を切りました。

「こういう方法なら只見線はもっともっと使える。」

只見線利活用会議ではそういう方向性で議論が進められ、迎えたのが昨年10月の運転再開だったのです。

只見線の絶景区間を走るリゾート列車「雪月花」  撮影:星賢孝氏
只見線の絶景区間を走るリゾート列車「雪月花」  撮影:星賢孝氏

1日3往復の普通列車が走るだけ

ところが、運転再開してみると列車の本数は1日3往復の普通列車のみ。折からの行楽シーズンと重なって、再開を待ちわびた観光客で1~2両編成の普通列車は山手線並みの混雑という報道が各社でなされましたのでご記憶の方もいらっしゃると思います。

1日に3往復の普通列車というのは「地域の足」としての只見線の姿でありますが、「観光客を呼び込んで地域に経済を」という目的にはそぐわないものです。観光鉄道としてのテーマは「その地域に用事はないけど、わざわざ乗りに行きたくなるような列車を走らせること」ですから、都会の方やインバウンドの方に「乗ってみたいな」と思っていただけるような列車を走らせることが必要です。ところが運転再開の時点で記念列車を何回か運転したものの、JRではこのようなアイデアは実行に移す段階ではありませんでした。

そこで、県の会議の委員である筆者が「雪月花を走らせましょう。」と去年の11月に提案させていただいたのです。

地域の皆様方から大歓迎を受ける雪月花 只見駅
地域の皆様方から大歓迎を受ける雪月花 只見駅

沿線で撮影する皆様方を列車内からパチリ。当日は沿線に数千人の撮影者が居ましたが、撮り鉄さんたちも地域にとっては立派なお客様です。もちろんトラブルは何もなく雪月花は走りました。
沿線で撮影する皆様方を列車内からパチリ。当日は沿線に数千人の撮影者が居ましたが、撮り鉄さんたちも地域にとっては立派なお客様です。もちろんトラブルは何もなく雪月花は走りました。

雪月花を走らせた本当の理由

これが筆者が雪月花を只見線で走らせることになった経緯ですが、観光列車を走らせる大きな目的は「地域に経済を呼び込む」ということです。でも、過疎地というところはリソースが限られていますから、受け入れのキャパシティが少ないという問題があります。宿泊施設も食堂もお土産物店も数が限られていて、大挙して押し寄せてくる観光客に対応することがなかなかできないというのが現実なのです。

そこで筆者が考えたのが「事前予約で、ある程度の金額を払っていただけるお客様を集める」ということ。

駅弁のように需要予測が難しいものを大量に用意して余らせてしまったり、あるいは数が少なすぎて昼食難民が出るような商売のやり方は、田舎のようなリソースが少ない地域には不向きです。

どんな商売でもそうですね。

例えばレストラン業では、100席あるお店とカウンターだけの小さなお店では、当然出すお料理も客単価も違うはずです。田舎は言うなればカウンターだけの小さなお店のようなものですから、行列ができるようなお店にする必要はなく、価値がわかるほんの一握りのお客様にいらしていただければ商売が成り立つような仕組みづくりが必要で、田舎には薄利多売方式の商売は不向きなのです。

えちごトキめき鉄道のリゾート列車「雪月花」は、今回の只見線への乗り入れ料金はお一人様8万円。37名の定員が往復とも満席になりました。車内で出すお料理やお飲み物なども基本的には地元の食材や地元のお酒を使用し、地元の事業者さんが担当しますから地元に直接お金が落ちる仕掛けです。もちろん前泊、後泊をされる方がほとんどでしたから、こういう列車であれば沿線経済にも大きく貢献できるでしょう。

これがえちごトキめき鉄道の「雪月花」が只見線を走った本当の理由です。

もちろん雪月花はふだんはトキめき鉄道の線内(妙高高原-糸魚川)を走っていますから今回の只見線の走行は一度限りではありますが、この雪月花の運行が起爆剤となれば、只見線は「お金を稼ぐ」路線となっていくと筆者は考えます。

事実、福島県では、「奥会津只見線 絶景ツアー」をこの夏に何度か計画していて、事前予約制でお弁当やお土産が付いて片道1690円の只見線(会津若松-只見)が5000円にも6000円にもなるのですから、JRの運賃収入にプラスして地域に経済を呼び込むシステムが出来上がると筆者は考えています。

皆様方もぜひ事前予約の上只見線にご乗車いただくことで、地域経済に貢献していただければと思います。

※本文中に使用した写真は、郷土写真家星賢孝氏及び筆者撮影のものです。

えちごトキめき鉄道代表取締役社長。元いすみ鉄道社長。

1960年生まれ東京都出身。元ブリティッシュエアウエイズ旅客運航部長。2009年に公募で千葉県のいすみ鉄道代表取締役社長に就任。ムーミン列車、昭和の国鉄形ディーゼルカー、訓練費用自己負担による自社養成乗務員運転士の募集、レストラン列車などをプロデュースし、いすみ鉄道を一躍全国区にし、地方創生に貢献。2019年9月、新潟県の第3セクターえちごトキめき鉄道社長に就任。NPO法人「おいしいローカル線をつくる会」顧問。地元の鉄道を上手に使って観光客を呼び込むなど、地域の皆様方とともに地域全体が浮上する取り組みを進めています。

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