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鉄道博物館展示車両解体に見るこの国の文化度の低さを考える。

鳥塚亮えちごトキめき鉄道代表取締役社長。元いすみ鉄道社長。
千葉県いすみ市で個人の手により保存されている地元ゆかりの特急車両。(筆者撮影)

鉄道博物館に展示されている車両が、新しく展示の仲間入りをする車両を迎えるにあたって、スペースがないので以前の車両を「展示終了する。」というニュース。

展示終了ということはどういうことなのだろうかと思っていたら、先日のニュースで「解体」と伝えられました。

えっ? 解体?

わが耳を疑いました。

現存最後のパノラマ型クロ381形、解体へ 日本の鉄道車両保存、課題はどこにあるのか

まだお読みでない方は、まずはお読みいただきたいと思います。

博物館とは何なのか?

さて、ニュースの中でもいろいろと問題が提起されておりますが、筆者的に考えた場合、まずクリアにしたいところは「博物館とは何なのか?」という点です。

パリのルーブル美術館や、ロンドンの大英博物館をはじめ、世界中には色々な博物館があります。

日本にも美術館を含め、たくさんの博物館が存在します。

では、その博物館で、新しく展示する文化財が搬入されたとします。

そうなると、今まで展示されていたものはどうなるのでしょうか?

「これはもう終わったから廃棄します。」

というお話になるでしょうか?

そういう考えのところは一つもないと思います。

ところが、この博物館の場合、「新しい展示品が納入されますので、今までの展示品は廃棄します。」と言っているわけです。

筆者が耳を疑うのはこの部分です。

基本的な話ですが、博物館というのはバックヤードが要になります。

どれだけ多くの貴重な資料や文化財が保管・保存されているか。

それらがどういう考え方で集められてきたのか。

そういう文化財をきちんと管理していくのが博物館であって、展示スペースというのは本来博物館としてはほんの一部だと筆者は考えます。

ところが、この博物館にはおそらく十分なバックヤードがないのでしょう。

「新しい車両を入れるために、それまでの車両は不要になりましたから解体します。」

ということは、博物館としての基本的な構造になっていないということです。

では、バックヤードがない博物館は博物館と言えるのか。

これはここだけではなく、他の鉄道博物館にも言えることです。

民営化後の話ですが、国鉄時代からの貴重だと考えられてきた車両を、将来博物館を作る時のために20年以上も保管してきました。

そしていよいよ博物館ができることになった時、入りきらない車両は全部解体してしまったのが鉄道会社です。

新しく建設する博物館を設計する時に、お土産物売り場、食堂などはかなりのスペースを取ったものの、バックヤードを作ろうという考えはなかったのですね。

だとすれば、これは博物館ではなくて、商業施設だということになります。

そして、商業施設であれば、それなりの運営の仕方というものがある。

つまり、鉄道会社がやるよりも、もっともっと商売を上手にやる民間のセンスを持った事業者がいるはずで、そういう人たちに運営を任せた方が鉄道会社がやるよりも良い結果を残せるのではないかと筆者は考えます。

なにしろ商業的センスがない人たちに任せていたら、食堂車も車内販売も寝台車も全部ダメにされてしまったのは事実でありますから。

鉄道会社の広報の姿勢に見る「守りの発想」

このニュースの中で、

JR東海は5月21日のJ-CASTニュースの取材に対し、

「総合的な判断で、(117系とクロ381形の)展示を終了することとしました」

と理由を答えた。

というところが筆者は気にかかります。

「総合的な判断で展示を終了することとしました。」とはどういうことでしょうか。

これは、「いちいち問い合わせてくるな」ということです。

「総合的な判断」というのは、「会社としてあらゆる方面から検討した結果」ということになります。

つまり、マニアが「貴重な車両を残せ」とか「文化財を何と考えているのか」と言うようなことを含めて、「会社としては十分に検討した結果である。」と言い切っているのが「総合的な判断」ということですから、つまりは「取りつく島もない」ということですね。

会社を代表する広報室が、こういうコメントを発表するということは、法律で認められているように法人に人格があるとすれば、つまりこの会社はこういう人格だということです。

じゃなければ取材に対してこんな不親切なコメントはありません。

では、どうしてこういうコメントを出すかというと、担当者ベースでは詳しいことは分からないし、詳しい人間にいちいち聞いて通訳しながら発表するようなことは「業務に支障をきたす」つまり、「面倒くさいから」一切聞いてくるなということなわけです。

博物館の展示品ということは、その価値については大学の先生などの研究者や学芸員が判断したりコメントしたりするものです。

ところが、会社という組織の中では、一人の学芸員に勝手なコメントをしてもらうわけにはいきません。

外部の研究者に会社の見解を左右されたくもありません。

対外的な発表はすべて広報室が仕切るシステムです。

ところが、その広報には学芸員的知識を持った人がいないのでしょう。

大企業の広報は人事異動で担当者が数年ごとに変わりますから、いちいち国鉄時代のことや、文化財としての価値など尋ねられても分かりません。

でも、正式なコメントを出す広報としては「分からない」とは言えないし、だからといって間違ったことを言ったら非難の対象になります。

ということで、こういう紋切型の答えになるのでしょう。

こういう広報の姿勢を「守りの広報」といいますが、最近の大企業は予め不祥事が起きた時の言い訳を考えているようで、このような守りの広報が実に多い。

その守りの広報の最大の攻めが「総合的に判断した結果」ということなのです。

そして、その彼らの言葉を借りると、文化財としての価値が分かる人というのは、イコール「マニア」ということになりますから、「そんな連中にまともに取り合ってどうするんだ。」となるわけで、そういう会社内の構造で、展示が終了した車両は無慈悲にも解体されていくのです。

文明的ではあるけれど文化的ではない日本の企業

新幹線の性能を日夜研究して、昭和39年の登場時に時速210Kmだった電車が、50年で320Kmまで速度を向上させたのは大いなる進歩です。

日本というのは世界から注目される技術を開発する国です。

技術力の革新ですから「文明」です。

この国は「文明」は確かに発達していますが、「文化財としての価値」を理解すること、つまり「文化」に関してはとても弱いですね。

文明というのは例えば時速210kmだった新幹線が320kmになったなど、測るものさしは一つです。

疑いようがありませんし、誰にでも簡単に理解できるものです。

ところが文化となるとその価値を測るものさしは一つではありません。

ある人が「良いね」と言っても、別の人にとっては「何処が良いんでしょうか」と言う。

理解できる人と理解できない人が出てくるのが文化です。

つまり、測るものさしに奥行きが出てくるのが文化だと筆者は考えます。

鉄道会社として、こういうものさしが一つではないような価値判断を、輪番制の広報責任者が共通に理解できないのです。

あるいは、理解すると社内でマニアと思われるから、理解しないようにしているのかも知れません。

そういう点で、日本人は文化的価値が社会的な価値として認められにくいという何らかの構造があるのではないでしょうか。

考えてみれば、今でこそ文化財に指定されてはいるものの、浮世絵だって陶磁器だって、戦前まではその価値を理解する外国人に安く買いたたかれて、貴重なものは皆外国の博物館や収集家の手元にあるというのが、一つの事実なんですから。

鉄道車両の保存を巡る問題点

今の時点で、一番大きな問題は旧型の鉄道車両に含有されていると言われるアスベストです。

昨年国から通達が出されるようになりましたが、鉄道会社はアスベストが含まれる車両を民間個人へ譲渡することに大きな制限が課せられています。現有の保存車両の解体に今後拍車がかかるとすれば、この部分です。

では、なぜアスベストが含まれる可能性がある鉄道車両を民間へ譲渡することができないかというと、産業廃棄物を出す側の責任があるわけで、後々何か問題が起こってはたまりませんから、将来問題の種になりそうなものはまかないようにするということです。

かつて国鉄から蒸気機関車を払い下げてもらって展示している各地の自治体が、いまその機関車を持て余している事実を考えると、公務員的発想では「余計なことはしないほうが良い」と考えるのはある意味理解できるとはいえ、じゃあ、日本じゃなければ良いだろうと、その問題の種になりそうな車両をどんどん海外へ輸出している事実もありますから、だとすれば企業としてなんともひどい話だと筆者は考えます。

では、鉄道会社は車両を民間に払い下げることができなければどうするか。

答えは一つです。

鉄道会社は鉄道会社に車両を払い下げるのです。

これなら何の問題もありません。

車両を使用し輸送事業を行っている鉄道会社であれば、堂々と譲渡していただける。

これが一番大きなポイントです。

いすみ鉄道で走る昭和のディーゼルカー

多くの皆様方はいすみ鉄道で昭和の国鉄形ディーゼルカーが走っているのは御存じだと思います。

「ああ、あれはマニアの社長がやったことだよね。」

そう思っている方も多いかもしれません。

でも、ちょっとだけ言い訳をさせていただくとすれば、あのいすみ鉄道の昭和のディーゼルカーは文化財としての価値があるものなのです。

そして、その価値が分かる人たちに乗りにいらしていただき、あるいは沿線を訪ねていただき、鉄道はもとより地域にも効果をもたらしてくれているという仕組みです。

筆者はいすみ鉄道社長時代に3両の国鉄形ディーゼルカーを導入しました。

その3両はすべて意味がある3両で、当時、「今のうちにやっておかなければならない。」と考えて、それぞれの車両を収集したのです。

今となってはもうできませんから、やっておいてよかったと考えています。

1960年代の国鉄は用途を分けて車両の設計をしていました。

通勤用(短距離用)車両、中距離用車両、長距離用として急行用車両、特急用車両といった区別です。

いすみ鉄道に残る3両は、このうちの3種類、大都市近郊通勤用車両(キハ30形)、中距離用一般型車両(キハ52形)、長距離急行用車両(キハ28形)と昭和40年代までの千葉県の鉄道で活躍した3つのタイプを1両ずつ保存しているのです。

特に、キハ30形とキハ28形は実際に千葉県の房総各線で走行した実績がある車両ですが、それが今から数年前の平成の末期にまだ残っていたわけで、それを「今やらなければならないこと」としていすみ鉄道に導入して、会社ですから社長として取締役などの構成員を納得させるために、ノウハウを集約させて観光列車として集客のツールに仕立て上げたのです。

文化財としての保存車両が走るいすみ鉄道。キハ52形(左)とキハ28形(右) 撮影:渡辺新悟氏
文化財としての保存車両が走るいすみ鉄道。キハ52形(左)とキハ28形(右) 撮影:渡辺新悟氏

今、筆者の後を受け継いだ古竹社長さんは、このキハの価値について十分に理解していただいています。

それが皆様方からご支援をいただいたクラウドファンディングで、現在塗装をきれいにするお色直しが行われているところなのです。

今後の鉄道車両の保存を考える

欧米で見られる博物館の姿というのは、国や公的機関が運営するものを除くと、大企業が財団を作って運営しているところがほとんどです。心ある経営者が、公的責任を担うためにCSR(Corporate Social Responsibility)の一環として行っているところが多く見られます。

CSRとは企業の社会的責任ということで、「企業は倫理的観点に基づいて自主的に社会に貢献する責任を負う」という考え方です。

博物館だけではなく、本来営業的観点からでは維持管理するのが難しいような事業などの運営を行うことで、営利追求だけが企業の目的ではないという姿勢を示しています。

企業というのはその規模が大きくなり、社会に対する影響力が大きくなればなるほど、株主だけの持ち物ではなく、社会の所有物としての性格が強くなっていくものです。

株主第一主義ではなく、お客様や職員の利害だけでもなく、さらに地域社会の利益を追求することが求められます。

そういう考えを基に一つの社会貢献の在り方としてCSRというものがあるのですが、日本では一番儲かっていると言われている鉄道会社の一つが、まず第一声に「株主の皆様方のために」と声高に叫び、社会貢献などということはほんのついでに行われているにしかすぎません。

本来であれば、博物館というものは、こういう大儲けしているような会社が、社会貢献活動の一環として行っていくのがあるべき姿だと考えられますが、博物館が文化的価値よりも商業的価値として考えられている姿を見ると、日本ではこういう大企業がCSRの一環として社会貢献をするという考え方が、まだまだ薄弱であり、その点では思考的成熟度が低く、文明的には先進国にはなりましたが、文化的には発展途上国だと筆者は感じています。

名古屋も大宮も京都も、以前の秋葉原や弁天町にあった頃から比べるとバックヤードを設けるスペースはたっぷりあるはずですが、それをやっていないということは、実際には博物館ではなくて、博物館という名を借りた商業施設ということははっきりしています。

残念ながら、今の日本ではこれだけ大きな会社ですらその程度の発想ですから、欧米的CSRとしての鉄道博物館は成り立たないということになります。

だとすれば、鉄道会社以外の企業や経営者の皆様方が、共同で一つの組織体を作って、文化財としての価値を認め、それを後世に繋いでいくような活動を行うのはいかがでしょうか。

事実、日本では各地に個人で鉄道車両を保存している方々がいらっしゃいます。

千葉県いすみ市のポッポの丘。たくさんの鉄道車両を心ある経営者の方が私財を投じて保存されています。(筆者撮影)
千葉県いすみ市のポッポの丘。たくさんの鉄道車両を心ある経営者の方が私財を投じて保存されています。(筆者撮影)
北海道網走市卯原内で保存されている昭和の客車。地元の有志の方々が整備しています。(筆者撮影)
北海道網走市卯原内で保存されている昭和の客車。地元の有志の方々が整備しています。(筆者撮影)

ただし、どこも現状個人的な活動の範囲内ですので、将来を考えると保存されている車両はその心ある経営者や地域住民の方々と運命を共にする可能性があります。

後世に繋いでいくという点では不安が残ります。

そこを組織化していくことで、きちんとした博物館運営団体を結成できれば、商業施設ではない文化財保存の本来の意味での博物館ができるのではないか。

筆者はそのように考えます。

「マニアは何でもかんでも貴重だから残せと言う。」

そう言って一刀両断に切り捨てるのではなくて、価値が分かる人たちの集団を作って組織化し、そこに企業がCSRとしてお金を出す仕組みを作ることで、商業施設的博物館が「展示終了」した車両を解体せずに引き受ける母体にもなるのではないか。

鉄道好きな皆様方は「貴重だから残せ」と言うのと同時に、「残すためには何が必要か」ということもお考えいただき、口を出すのであればお金も労力も提供するというような仕組みづくりが急務だと考えます。

先日惜しまれながら解体された秩父鉄道の電気機関車(写真提供:松葉実氏)
先日惜しまれながら解体された秩父鉄道の電気機関車(写真提供:松葉実氏)

今、クラウドファンディングという仕組みができていますが、クラウドは一時的なカンフル剤にはなりますが、永続的にクラウドで維持費を確保するのは困難ですから、やはり企業の協力が必要なのは明らかです。

でも、その博物館の前に、本当にやらなければならないのは、今走っているローカル線を何とかしなければならないというところでしょう。

せっかく今走っている「動く博物館」を、どうやって後世に繋いでいくか。

本当はこちらの方が急務であると筆者は考えています。

ということで、一番簡単なのは、今走っている鉄道会社をそのまま丸ごと引き受けるような団体を設立して、その団体がCSRとして列車を走らせながら、保存だけではなく輸送実体のある博物館を作ることで地域に人を呼びこむ仕組みづくりができれば、地域も鉄道も貴重な車両もすべて残すことができるのではないかと筆者は考えるのであります。

新幹線などの目玉商品は商業施設にやっていただいて、文化施設としての博物館は、幾つものものさしを持つ心ある人々が鉄道そのものとして行っていく。

これが現時点での実現可能な結論です。

資金調達にご賛同をいただける文化度の高い企業経営者の皆様、団体の皆様、個人の皆様。

どうぞご連絡をお待ちいたしております。

えちごトキめき鉄道代表取締役社長。元いすみ鉄道社長。

1960年生まれ東京都出身。元ブリティッシュエアウエイズ旅客運航部長。2009年に公募で千葉県のいすみ鉄道代表取締役社長に就任。ムーミン列車、昭和の国鉄形ディーゼルカー、訓練費用自己負担による自社養成乗務員運転士の募集、レストラン列車などをプロデュースし、いすみ鉄道を一躍全国区にし、地方創生に貢献。2019年9月、新潟県の第3セクターえちごトキめき鉄道社長に就任。NPO法人「おいしいローカル線をつくる会」顧問。地元の鉄道を上手に使って観光客を呼び込むなど、地域の皆様方とともに地域全体が浮上する取り組みを進めています。

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