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藤井聡太二冠はなぜ「心の揺れ」が盤上に現れないのか

遠山雄亮将棋プロ棋士 六段
2019年ニコニコ超会議で、木村九段の対局を解説する藤井聡太二冠(写真:森田直樹/アフロ)

 20日に2日目が指し継がれた第61期王位戦七番勝負第4局は、挑戦者の藤井聡太棋聖(18)が木村一基王位(47)に勝って通算4勝0敗とし、王位を獲得した。

 先手番の木村九段が相掛かりを選択し、1日目から力戦に進んだ。

 封じ手で藤井二冠が思い切った飛車切りを決断。2日目は一気に激しい流れとなり、正確な指し手を続けた藤井二冠が制した。

画像作成:筆者
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第4局

 本局に関しては藤井二冠にミスらしいミスのない、完璧な内容だった。

 最強の将棋AIも全くミスがないと分析している。

 一直線の展開では強い棋士ならノーミスでいくこともあるが、本局は決して易しい道のりではなかった。

 その中でも指し手に全くブレがないところに、藤井二冠の実力を感じる。

 七番勝負における4勝0敗という結果は、負けたほうが精彩を欠いたケースが多い。

 しかしシリーズ全体を通して木村九段の調子は悪くなかった。

 第1・3局の粘り腰、第2局での秀逸な構想など、木村九段の持ち味は随所にみられた。

 それだけにこの結果は、本局の内容と併せて藤井二冠のいまの実力を見せつけるものであった。

揺れない心

 筆者は第1局1日目の解説をABEMA将棋チャンネルで務めた。

 藤井二冠が駒を並べる際に何度か駒をこぼすシーンがあり、緊張している感じを受けた。

 いつも落ち着いているように見える藤井二冠といえども人の子なのだ。

 しかし、シリーズを通じて対局内容に心の揺れを感じたことはなかった。

 普通は、対局中であっても「勝てばどうなるか」といったことを考えてしまうものだ。

 実際、第2局は木村九段が優勢から逆転負けを喫したが、勝ちたい気持ちが前に出過ぎていたように感じた。

 それも人間なのだから仕方ない。

 藤井二冠も「勝てばタイトル奪取」という考えが頭をよぎることがあっただろう。

 本局は直線的な分、迷いなく進められるという幸運はあった。

 それでも心の揺れがこれほど感じられないのは信じがたい。

 そしてそれが藤井二冠の大きな強みでもあるのだ。

数字化

 藤井二冠はインタビューで目標について聞かれると、必ず棋力向上をあげる。

 勝っても反省の弁を述べるなど常に実力向上を重視している。

 本局でも周囲が大いに騒いだ封じ手について、「良かったかどうかわからない」と冷静に述べている。

 結果的に勝ちに結びついたのだから、「うまくいった」と考えるのが人情だ。

 しかし、将棋AIの解析と自分の思考を照らし合わせる作業を行う前に安易な結論を出さない。

 将棋AIが示す評価値と読み筋を吟味することで、初めて「良かった」かどうかを判断するのだろう。

 いままで将棋を考えるときは、言語化が一つのキーワードだった。

 「歩のない将棋は負け将棋」といった格言はその典型例だ。

 しかし藤井二冠は言語よりも評価値や符号といった数字で将棋を考えているように見える。

 鉄道が趣味で時刻表を読むのが好きという点からも、数字への親しみを感じる。

 言語で考えるよりも数字で考えることで余計な考えが生じにくいのではないか。

 これが藤井二冠の心の揺れが盤上に現れない一つの要因と考える。

今後

 世間は藤井二冠誕生にわいているが、同時にファンは木村九段の無冠転落に複雑な心境だろう。

「藤井棋聖に勝ってほしいけど、木村王位にも負けてほしくない」

 そんな声もTwitterで見かけた。

 『百折不撓(意味:幾度失敗しても志をまげないこと)』を座右の銘とする木村九段だ。

 きっとまたファンをわかせる活躍を見せてくれることだろう。

 藤井二冠の2020年におけるタイトル戦登場はこれで終了となる。

 次なる注目は、10月頃開幕予定の第70期王将戦挑戦者決定リーグだ。

 藤井二冠以外のメンバーは、

  • 豊島将之竜王(30)
  • 永瀬拓矢二冠(27)
  • 羽生善治九段(49)
  • 広瀬章人八段(33)
  • (木村九段―三浦九段戦の勝者)
  • (佐藤(天)九段ー糸谷八段戦の勝者)

 タイトルを2つ取っても、最年少で八段になっても、藤井二冠の戦いは終わらない。

 それどころかまだ18歳だ。始まったばかりといえよう。

 今後も藤井二冠の活躍にご注目いただきたい。

将棋プロ棋士 六段

1979年東京都生まれ。将棋のプロ棋士。棋士会副会長。2005年、四段(プロ入り)。2018年、六段。2021年竜王戦で2組に昇級するなど、現役のプロ棋士として活躍。普及にも熱心で、ABEMAでのわかりやすい解説も好評だ。2022年9月に初段を目指す級位者向けの上達書「イチから学ぶ将棋のロジック」を上梓。他にも「ゼロからはじめる 大人のための将棋入門」「将棋・ひと目の歩の手筋」「将棋・ひと目の詰み」など著書多数。文春オンラインでも「将棋棋士・遠山雄亮の眼」連載中。2019年3月まで『モバイル編集長』として、将棋連盟のアプリ・AI・Web・ITの運営にも携わっていた。

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