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“始まりのための終わり”はピアノ・トリオ変容の瞬間なのか?<北川とわinterview>

富澤えいち音楽ライター/ジャズ評論家
北川とわ演奏風景(撮影:はらまいこ)

独自の音楽観にあふれるオリジナル曲を、高度なテクニックを駆使したインタープレイによって再構築。そんな圧倒的な音源とライヴ・パフォーマンスでリスナーを魅了するTrussonic-towa kitagawa trio-が5作目のアルバムを完成させた。

普段は音源を聴いてレヴュー原稿を書くと、それが媒体に掲載(アップロード)されるという経路をたどり、レヴューの対象である演奏者本人からの感想は記事公開後となって、読者に知られることはほとんどない。

今回は、書いたレヴュー原稿を先に本人に読んでもらい、そこから話を展開するという方法をとってみた。

音楽ライターは“書きっぱなし”の案件も多く、実際はいかにピントのずれた聴き方・とらえ方をしているかを知る機会も少ない。唯我独尊にならないようにという自戒を込めたアイデアではあったものの、やはり「聞いてみなければわからないこと」は多いというのが実感。

では、北川とわさんにレヴュー原稿のダメ出しと、自らのプロジェクトに関する“未来”を語っていただくとしよう。

♪ なぜこのアルバムが“ラスト”になったのか?

──北川とわさんに、自己のピアノ・トリオ・ユニット“トラスソニック”のアルバム『アース・プレイヤー』についてお話をうかがいたいと思います。

とわ よろしくお願いいたします。

──今回は、先にボクがこのアルバムを聴いて書いたレヴュー原稿をお送りして、読んでいただいています。それをネタに、本人にダメ出しをしていただこうという企画です。

とわ はい(笑)。

Trussonic-towa kitagawa trio-『Earth Prayer』評/富澤えいち

国立音楽大学卒業後に桐朋学園大学研究科で作曲を学んだ北川とわ。そのジャンルを超越した音楽観を具現するためのリーダー・ピアノ・トリオとして2015年に始動した“Trussonic(トラスソニック)”の、5作目にして“ラスト”と銘打たれた新作だ。

これまでの、断片的な幾何学的イメージのつながりによって醸し出されるホログラムのような幻想的世界(例えるなら“万華鏡のような”だろうか)から、前作『Echoes Forever』では組曲形式の楽曲による多重的な視座を取り入れることで、よりストーリー性を増した彼女がこのアルバムで挑んだのは、5つの主題的なキーワードに対して音楽的なテーマをどのように収束させていくかという、ある意味でこれまでのトリオのベクトルとは真逆な方法論を必要とするものだったように感じられる。

岡田治郎と岩瀬立飛という日本のトップ・オブ・ザ・トップのミュージシャンをレギュラーに活動を続けてきたこのトリオだからこそ、「逆もまた真なり」と取り組めるのだとすればそうなのだろうが、これまでのトリオ・サウンドを180度変 えるイメチェンではなく、トリオとしての熟成したアイデンティティを維持したまま別人格へとトランスフォームしようとするのだから、常軌を逸しているとさえ思ってしまう。

それほどのアプローチだからこそ「これが(トラスソニックの)最後」としたのかもしれないが、であればなおさら、この“最後”を聴き逃すわけにはいかず、見逃すわけにはいかない。

──早速ですが、2015年に始動したトラスソニックの5作目。“ラスト”というインフォメーションを、ボクはネットで知ったのですが……(笑)。

とわ はい。“ラスト”です。

──この“ラスト”は最初から、つまり5年計画とかで決まっていたんですか?

とわ 昨年の夏ごろから、そろそろ違う方向のサウンドづくりをしたいなという想いは強まっていました。つまり、このトラスソニックというスタイルでのサウンドは、もう完成したというか……。

 それで、新しいメンバーでトリオを組みたいと思い始めていたということもあって、2020年の秋にこのトラスソニックのレコーディングをしたんですが、作りながら「このトラスソニックでの活動でできることはやり終えたな……」と思えるようになったので、これで“ラスト”にしようと思いました。

──ということは、記念碑的な気持ちが入った内容ということでしょうか?

とわ そうですね……、あ、でも、“ラスト・アルバムだからこのようなテーマにした”ということではないんです。

 でも、満足のいくものが最後にできたので、気持ちよく活動終了しようと思えた、という感じですね。

──とわさんにとってのトリオでの満足ということについては、どういうとらえかたをしていると思っていますか?

とわ このメンバー(岡田治郎/b, 岩瀬立飛/ds)で作るサウンドが“こういうもの”というイメージができあがりつつあって、そこにメンバーの持ち味が加わっていくわけですが、そうしたものが自分のなかでは完成形に近くなってしまったという気持ちが強くなってきていたんです。

 それとは別に、“世代の音”を考えたとき、もっと歳が近い人たちと新しい音楽、色々な意味でよりスピード感のある別の方向性のサウンドをつくりたいと思っていた自分がいて、それがトラスソニックのサウンドづくりの完成度と重なったことが大きかったと思います。

 やはり、メンバーが超絶なテクニシャンだったこともあり、インタープレイをどんどん追求するようになって、もうこれ以上はない、というところまで行き着いた感があった、というのが正直なところだと思います。

 それに対して、自分の作りたいサウンドの方向性を考えると、全体のアンサンブルのバランス感やスピード感、そして新しいサウンドの追求、そういうものを重視していく事がよりリスナーの心へ伝わる音楽に繋がるのではと思うようになったんです。

──作品性重視のアプローチに立ち返るために、トラスソニックの活動は休止する、みたいな?

とわ そうですね。テクニックで展開するアプローチは、ここではもう極限まで突き詰められたと思えましたね。

──ボクとしては、とわさんの曲づくりのなかに「断片的な幾何学的イメージ」を感じて、それがバラバラに散りそうになるところで、メンバーの超絶テクニックでグーッと固めて成立させてしまうような“力技”がトラスソニックの魅力のひつとだと思っていたんです。それが、前作ぐらいから組曲を取り入れたりして(『Echoes Forever』収録の7章構成による「Suite"Forest in the dark"」)、曲自体をもう少しガチッと固めたいという意識が強まったと感じていたんですけれど、そういう意識は本人にもあったんでしょうか?

とわ そうですね、あったんだと思います。

♪ きっかけは「次のプレゼントになる」という言葉だった?

アルバム・ジャケットは“プレゼントのリボン”をあしらったデザインが採用された(筆者撮影作成)
アルバム・ジャケットは“プレゼントのリボン”をあしらったデザインが採用された(筆者撮影作成)

──新作『アース・プレイヤー』は5つの主題的なキーワードで構成されています。これらの曲は、いつ作られたものなのでしょうか?

とわ それについては今回、このインタヴューでお話ししたいことがあったんです。

 前回のインタヴュー(「音楽しか作れない私だから、もっと大きな愛を届けられる存在になりたい(北川とわinterview)」https://news.yahoo.co.jp/byline/tomizawaeichi/20200718-00188658/)で、「いま実は、新しい次のアルバムのための楽曲がほとんど完成していて、そのテーマというのが“海”と“賛美歌”、コラールなんです」と答えたときに、えいちさんが「そんな想いの詰まった次のプレゼントになるアルバム」と返してくれましたよね?

 それで思いついたのが、「私が作った作品ってリスナーのみなさんへのプレゼントになるんだ!」ってことだったんです。

 それを聞いたときに、同時に“海”をテーマにしようとしていたけれど、地球をテーマにした、よりスケールの大きな音楽へのインスピレーションが湧いてきたんです。すべての人を包み込む地球の豊かさを、私たちにもたらしてくれる地球からのプレゼントとして作品にまとめようと考えたのは、あのインタヴューがきっかけだったんです。

 それから、どんどん作品を作ろうと思って、あのインタヴューのあとに8月ぐらいまでの1ヵ月ちょっとで、この5曲は作曲しました。

 アルバム・タイトルにもなっている1曲目の「アース・プレイヤー」は“地球への祈り”という言葉の意味と同時に、コロナ禍の世界へ向けて「世界中すべての人に平等にもたらされる地球からのプレゼント」という想いも込められています。

──とわさんの作曲法って、キーワードが先にあってみたいなことがあるんでしょうか?

とわ いえ、というか、イメージとか作りたいものとか、そういうものが一緒じゃないと、音楽が出てこないタイプなんです。

──音で遊んでいるうちに曲になっちゃうとかはない?

とわ そうですね。メロディだけでは曲にならない。気持ちとか、あと、今自分が“作るべきもの”じゃないですけれど、作りたいものとか、そういうものがシンクロしていないと、まとまらないというのがあります。

 だから、自分がいま、この時代に生きていて“作りたい音楽”と“作るべき音楽”はなんなのかということは、すごく考えています。

 今回のアルバムでは、1曲目が“地球への祈り”、2曲目の「Ground」は“輪廻する大地”、3曲目の「Mistical Moon」が“月が見せてくれる神秘”、4曲目の「Choral Sea」が“海の賛美歌”で、5曲目の「Into the Sun」が“太陽の恵み”をテーマに作っています。

──曲想としては、やはりコロナ禍が大きく影響していると思いますか?

とわ そうですね。コロナ禍において、目に見えないものへの不安感からお互いを疑ったり憎んだりという社会的状況が続いていることを感じてます。そのような日々のなか、すべての人を包み込むスケールの大きな地球という存在のなかで生きているということを感じてほしい、そんなメッセージを込めて作品を作りました。

♪ 2個体へ増殖したトリオの遺伝子

──先ほど、“トラスソニック後”の活動のお話が出ましたが、もう少し詳しく聞かせてください。

とわ “同じ世代の人とやってみたら、北川とわの曲から違うサウンドを引き出すことができるのではないか”と指摘されたことがあって、2年前ぐらいから自分でも、トラスソニックで演奏しながらどうしようか考えていたんです。

──それは演奏のスタイルが旧いとか新しいということではなく?

とわ そうですそうです。

──ボクとしては、レヴュー原稿に“別人格のトランスフォーム”と書いたのはトラスソニックのメンバーを想定していたワケですが、とわさんのなかでは新しいユニットのメンバーへのトランスフォームだったということになるのかな?

とわ なるほど(笑)。実は、収録曲を作ったときには違うメンバーで演奏することを想定していなかったんですが、結果的にそういう気持ちが出ていたのかもしれないですね。

──その新たなユニット、次もトリオ編成なんですね?

とわ はい。1つはアコースティックのウッド・ベースのトリオ、もう1つはフレットレス・ベースの織原良次さんをメンバーに迎えたトリオ、2つのトリオを同時進行でスタートさせています。

Morphine Desert(モルフィンデゼルト)-towa kitagawa trio-

北川とわ(ピアノ)、織原良次(フレットレス・ベース)、吉良創太(ドラムス)、岩瀬立飛(ドラムス)

Morphine Desert(モルフィンデゼルト)-trio acoustic -

北川とわ(ピアノ)、小美濃悠太(コントラバス)、岩瀬立飛(ドラムス)

──とわさん自身、曲づくりやピアニストとして“変化”を感じる部分はありますか?

とわ 作曲については、まだ始まったばかりなので、“変化”があるのかどうかはわからないですけれど……。

 2つのトリオでいろいろなメンバーが参加しているからかもしれないですが、ピアノ・トリオ全体のサウンドがどのように鳴っているかをすごく意識するようになったんじゃないかと思います。

 それがまた、すごく良い方向に向かっているというか……。いままでは、その瞬間のプレイの内容とかアイデアのおもしろさを重視していたのが、トリオ全体でどのようなサウンドが“鳴っている”のかにとても興味をもつようになったというのがあります。

──1曲のなかでの起承転結というか、流れみたいなものを意識するということですか?

とわ そういうこともありますし、ロー(低音)がどれくらい出ていて、誰がどれぐらいの音量で鳴っていて、そこにピアノがどういう位置にいて、バンド全体がどうグルーヴしてるかという事です。全体のサウンドを感じながら楽しんで演奏できるようになったということですね。

 ウッドベースの小美濃悠太君もフレットレスベースの織原良次さんも、グルーヴが大きく、音色にとてもこだわっていて、1音出したときの説得力がとにかく凄い。

 もちろん、それぞれの持ち味やアイデアのおもしろさも随所に出ているんですけれど、全体的なアンサンブルのなかでどのようにサウンドしようとしているのか、そして楽曲を重視してくれているように感じていて。そのあたりは“どれだけ凄いインタープレイをやるか“とは違う、“より深く音楽的でスケールの大きなインタープレイの方向性“を感じるし、結果的にそこで作られるサウンドが音楽のスピード感としてリスナーに伝わっていると感じています。

Morphine Desert(モルフィンデゼルト)-trio acoustic - 演奏風景 (c)cafeBeulmans
Morphine Desert(モルフィンデゼルト)-trio acoustic - 演奏風景 (c)cafeBeulmans

──トラスソニックがひと区切りでひと休みなんじゃなくて、もうすでに“次章”が始まっているんですね?

とわ そうですね。実はもうツアーにも出て、ライヴも重ねてきています。

 各所で大好評もいただいていて、コロナ禍の難しい状況での活動スタートでしたが、都内近郊でのライブは、ほとんどのライブが即完売や満席に近いお客さまに来ていただいてる状況が続いてます。

 新しいバンドの音楽の方向性がリスナーに支持され、伝わっていることを感じて、嬉しく思ってますね(笑)。

Information

アルバム『Earth Prayer(アース・プレイヤー)』

ジャケット写真(筆者撮影作成)
ジャケット写真(筆者撮影作成)

TOWA KITAGAWA(Trussonic -Towa Kitagawa Trio-)/北川とわ(トラスソニック)

メンバー:北川とわ(ピアノ)、岡田治郎(ベース)、岩瀬立飛(ドラムス)

1. Earth Prayer

2. Ground

3. Mistical Moon

4. Choral Sea

5. Into the Sun

ライヴ

Morphine Desert -towa kitagawa trio-twin drums special Live!!

8月8日(日)

Open 13:00 / Start 13:30

東京・新宿ピットイン

¥2,750税込 ¥2,500+税(1DRINK付)

メンバー:北川とわ(ピアノ)、織原良次(フレットレス・ベース)、岩瀬立飛(ドラムス)、吉良創太(ドラムス)

http://pit-inn.com/artist_live_info/morphine-desert-towa-kitagawa-trio-twin-drums-special-live%ef%bc%81%ef%bc%81/

このinterviewの音源を音声番組に仕立てました。あわせてお聞きください。

https://note.com/jazzpresentation/n/n08e15b839d85

音楽ライター/ジャズ評論家

東京生まれ。学生時代に専門誌「ジャズライフ」などでライター活動を開始、ミュージシャンのインタビューやライヴ取材に明け暮れる。専門誌以外にもファッション誌や一般情報誌のジャズ企画で構成や執筆を担当するなど、トレンドとしてのジャズの紹介や分析にも数多く関わる。2004年『ジャズを読む事典』(NHK出版生活人新書)、2012年『頑張らないジャズの聴き方』(ヤマハミュージックメディア)、を上梓。2012年からYahoo!ニュース個人のオーサーとして記事を提供中。2022年文庫版『ジャズの聴き方を見つける本』(ヤマハミュージックHD)。

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