昭和のお茶の間にメランコリーでハートウォームなトランペットを運んでくれた数原晋の偉業を偲んで

(提供:Paylessimages/イメージマート)

数原晋さんを追悼いたします。

“知る人ぞ知る"というのは、“全体的に知っている母数は少ないが”という、条件付きの“有名人”に使われます。

しかし、数原晋さんの場合は、“実は知っている”という人が日本の人口の8〜9割になるのではないかと思うのです。いや、彼が(演奏で)参加した映像作品の海外流布率を考えると、“実は知っている”人はもっと増えるでしょう。

ざっとYouTubeを検索してみても、以下のような動画がゾロゾロと表示されてきます。

♪ 数原晋演奏動画

テーマ曲

金曜ロードショーのテーマ『Friday Night Fantasy』

はぐれ刑事純情派のテーマ

サクラ大戦 主題歌 「檄!帝国華撃団」

挿入曲

銭形マーチ LIVE ver. "Lupin the third"

次元大介のテーマ - トルネイド

Laputa - A Morning of the Slag Ravine (Pazu's Trumpet Solo)

歌謡曲(Jポップ)

いい日旅立ち 山口百恵

恋のブギ・ウギ・トレイン(1979) / アン・ルイス

中山美穂「You're My Only Shinin' Star」

ジャズ/フュージョン

前田憲男 Norio Maeda & Wind-Breakers - I Remember Clifford

Tokyo Ensemble Lab - Breath From The Season (Full Album)

CROSS OVER JAPAN 2004(深町 純、数原 晋、村上 ”ポンタ” 修一、RIP)

♪ 数原晋略歴

1946年生まれ、岡山県出身。中学2年でトランペットに出逢い、高校3年間を吹奏楽部で過ごし卒業&就職するも、会社を辞めて国立音楽大学を受験。

せっかく入学したのに、すぐに学校を飛び出してプロ活動へ。1968年から高橋達也と東京ユニオンを皮切りに、豊岡豊とスイング・フェイス、宮間利之とニューハード、原信夫とシャープス&フラッツと、日本のトップ・バンドで活躍しました。

1970年代後半からは、菊池ひみこグループ、インナー・ギャラクシー・オーケストラ、前田憲男ウィンドブレイカーズなどに参加したほか、リーダー・バンド“トーキョー・アンサンブル・ラボ”では角松敏生サウンドを支えたアンサンブルを全面に発揮して、日本のコンテンポラリー・インストゥルメンタルの記念碑的な作品を残しています。

♪ 弔辞

数原晋さんの演奏は、客席から拝見したり、取材で楽屋辺りをウロウロしていたときにすれ違ったりしたのに、ちゃんとお話をうかがう機会を作れなかったことが悔やまれます。

1970年代後半から90年代にかけて、アメリカのポップス・シーンではミリオンセラーが数多く生まれます。それに伴って、そのサウンドを支える“職人芸”的なスーパー・プロフェッショナル人材へのニーズも高まりました。

高い演奏テクニックと流行を先取りするセンスを備えた人材は“ファースト・コール”と呼ばれ、別格の扱いを受けることになります。レコーディングが決まって締切までの短期間に、無駄なく最高の演奏をしてくれるミュージシャンはリスト化されて、上から順番にスケジュールを押さえていくことになります。そのリストの最初に名前があって、問い合わせの電話が真っ先にかかってくる人が“ファースト・コール”というわけです。

数原晋さんは紛れもなく日本の“ファースト・コール”であったのみならず、その後の活動においてブラス・アンサンブルの発展に多大な功績を残してくれました。

近年の日本のシティポップに対する世界的な人気(“「真夜中のドア」現象”)も、数原晋さんのような才能が、演奏のみならず緻密で斬新なアンサンブルを創出したからこその再評価。

日本のバブル経済は残念ながら21世紀を待たずにはじけてしまいましたが、ポピュラー音楽のバブルは数原晋さんをはじめとしたスタジオもステージもマルチにこなしてしまう“日本のファースト・コール”たちのおかげで、例えば100万人と言われる吹奏楽人口に脈々と受け継がれていると思います。

さて今夜、ボクはトーキョー・アンサンブル・ラボを聴くことにしようかな。