【グラミー賞2020を聴く3】ベスト・ジャズ・インストゥルメンタル・アルバムを味わう方法

♪ 第63回グラミー賞について

2019年9月1日から2020年8月31日までに発表された作品が受賞対象。ジャズ・カテゴリーには「インプロヴァイズド・ジャズ・ソロ」「ジャズ・ヴォーカル・アルバム」「ジャズ・インストゥルメンタル・アルバム」「ラージ・ジャズ・アンサンブル・アルバム」「ラテン・ジャズ・アルバム」の5部門があり、それぞれで最優秀賞が選ばれます。

参照:https://www.grammy.com/grammys/awards/63rd-annual-grammy-awards-2020

♪ ベスト・ジャズ・インストゥルメンタル・アルバム

チック・コリア、クリスチャン・マクブライド&ブライアン・ブレイド名義の『トリロジー2』が最優秀賞を受賞しました。

チック・コリア、クリスチャン・マクブライド&ブライアン・ブレイド『トリロジー2』ジャケット写真(著者撮影)
チック・コリア、クリスチャン・マクブライド&ブライアン・ブレイド『トリロジー2』ジャケット写真(著者撮影)

♪ 『トリロジー2』

“2”というタイトルが示すとおり、このアルバムは2013年にリリースされた『トリロジー』の続編。

『トリロジー2』アルバム・トレイラー(宣伝動画)

『トリロジー』は、2010年の北米ツアーと札幌公演、2012年秋から冬にかけてのヨーロッパ・ツアーの音源から17曲をCD3枚に収録してリリースされました。

『トリロジー』は、第57回グラミー賞のベスト・ジャズ・インストゥルメンタル・アルバムと、「フィンガープリンツ」がベスト・インプロヴァイズド・ジャズ・ソロを受賞しています。

つまり、2作続いてのダブル受賞(今回は本作と収録曲「オール・ブルース」が対象)となったわけです。

『トリロジー2』は、2010年および2012年に加えて2016年の世界ツアー音源からの12曲をCD2枚に収録しています。

ちなみに『トリロジー』にはホルへ・パルド(フルート)、ニーニョ・ホセレ(ギター)、ゲイル・モラン・コリア(ヴォーカル)のゲスト参加がありましたが、『トリロジー2』は全曲トリオのみです。

チック・コリア、クリスチャン・マクブライド&ブライアン・ブレイド「500マイルズ・ハイ」

チック・コリア、クリスチャン・マクブライド&ブライアン・ブレイド「ナウ・ヒー・シングス・ナウ・ヒー・ソブス」

チック・コリア、クリスチャン・マクブライド&ブライアン・ブレイド「ハウ・ディープ・イズ・ジ・オーシャン」

♪ クリスチャン・マクブライド&ブライアン・ブレイド

チック・コリアについては、【グラミー賞2020を聴く1】ベスト・インプロヴァイズド・ジャズ・ソロを味わう方法」を参照してください。

https://news.yahoo.co.jp/byline/tomizawaeichi/20210505-00236328/

クリスチャン・マクブライドは、1972年生まれ、米ペンシルベニア州フィラデルフィア出身のベーシスト、作曲家。

1989年にジュリアード音楽院入学のためにニューヨークへ移り、すぐにボビー・ワトソン(サックス)のツアー・メンバーに抜擢されます。

それからは何百ものレコーディング・セッションをこなし、2000年以降は自己プロジェクトをいくつも立ち上げるなど、まさに八面六臂の活躍を続ける、ジャズ&ポピュラー音楽界のトップランナーです。

ブライアン・ブレイドは、1970年生まれ、米ルイジアナ州出身のドラマー、作曲家。

ゴスペル音楽に触れて育った彼は、小学校のころから打楽器に興味を示し、兄の影響でドラムを叩くようになります。

高校時代にはジャズに親しみ、大学のためにニューオーリンズへ移るとエリス・マルサリス(ピアノ)といったミュージシャンと親交を深め、プロ活動をスタートさせます。

1997年にリーダー・バンド“フェロウシップ”結成、2000年にウェイン・ショーター・クァルテット加入と活動を充実させる一方で、レコーディングやライヴにも引っぱりだこという、超人気のドラマーなのです。

♪ あわせて聴きたい

リターン・トゥ・フォーエヴァー「500マイルズ・ハイ」

1972年にノルウェーで開催されたモルデ・ジャズ・フェスティヴァルでの映像です。

♪ まとめると……

図らずもチック・コリアの逝去と重なるタイミングでの受賞。

グラミー賞が“現在を映す鏡”であることを忘れずにいたのであれば、この受賞はストレートに“21世紀初頭のジャズ・インプロヴィゼーションを先導したアーティストたち”にスポットライトをあてたその慧眼として大いに評価すべきでしょう。

オリジナル・アルバムとして制作されたものではなく、残っていたライヴ音源からの“蔵出し”的な企画で、しかも“第2弾”だったというところに釈然としない想いはあったりするのですが、それだけチック・コリアの遺産は大きかった──ということなのです。