なぜジャズはアジアをつなげられると思えるのか?~ユキ・アリマサ&吉田智恵美interview

今年の5月、大型連休明けぐらいのことだったと思う。ネットで流れてきたニュースのなかに、「アジアでジャズをやっているミュージシャンを日本に呼んでライヴを開催する」という趣旨のクラウドファンディングがあるという内容のものがあった。

リンクをたどっていくと、「ジャズでアジアをつなげよう!」(https://readyfor.jp/projects/opp2019)と題した募集ページを見つけ、おもしろそうなので参加してみることにした。

3,000円の投資で、「お礼のメール+eチケット1枚」というのを選ぶと、「イヴェント開催中にライブを1回鑑賞できる」というリターンを受け取ることができた。

イヴェントというのは、7月19日から21日の3日間で3ヵ所の都内のライヴハウス(大塚・Live Jazz Bar DONFUN、田園調布・LITTLE GIANT、小川町・Lydian)で予定されている「One People Project 2019 in Tokyo」のこと。

2019年7月19日、大塚・ドンファン(筆者撮影)
2019年7月19日、大塚・ドンファン(筆者撮影)

アルトン・ウォング(p, マレーシア)若井俊也(b, 日本)ナタキット・タナプーンスワット(ts, タイ)足立純菜(ds, 日本)

2019年7月19日、大塚・ドンファン(筆者撮影)
2019年7月19日、大塚・ドンファン(筆者撮影)

チピン・シエ(vln, 台湾)カイヤ・チャング(p, 台湾)若井俊也(b, 日本)アルナンド・プトラ(g, インドネシア)アドリエル・ウォング(ds, マレーシア)

ボクはそのうちの1つを観に行って、窓口となっていた吉田智恵美と連絡をとるようになった。

彼女は東京を中心に活動しているピアニストで、「建築系大学、大学院を卒業後、建材メーカーにて勤務。そのあと縁があってアートの世界へ。横浜トリエンナーレ2014、横浜美術館での勤務の後に、洗足学園音楽大学へ入学」というユニークな経歴の持ち主だった。

アジアとジャズの関係について興味をもっていたボクは、その活動についてもう少し詳しく知りたいと、取材を申し出た。すると、会を立ち上げた人に話を聞いたほうがいいでしょうと、ある人を紹介してくれることになった。

実は、7月の「One People Project 2019 in Tokyo」のときに“ある人”とも挨拶を交わしていたのだけれど、彼のスケジュールの都合でインタヴューの日程が秋へずれ込むことになった。

“ある人”とは、ユキ・アリマサ。バークリー音楽大学でピアノ科助教授として8年勤務ののち帰国。ピアニスト、プロデューサーとして活動するほか、洗足学園音楽大学ジャズコース教授も務めているという人物。

迂闊だったが、「ジャズでアジアをつなげよう!」のクラウドファンディング募集ページには彼が写り込んでいる写真も掲載されていて、もちろんボクは日本のジャズ・シーンでも著名な彼を知っていたから、本来はユキ・アリマサに「なぜアナタがアジアとジャズを結びつけようとしているのか」というストレートな問いを投げかけるべきだった。

というのも、ユキ・アリマサは“バークリー音楽大学のピアノ科助教授”というポジションにあったのだから、“アメリカのジャズ”を教えるべき象徴であって、その彼が“アメリカのジャズ”と反対に位置するようなアジアのジャズ、すなわち“ジャズのローカライズ”に興味をもっているということこそを問題としなければならなかったのに、ピンとこなかったのだ。

と、反省はこのぐらいにして、実現したこのインタヴュー。さて、“アリマサ先生”はなにを考えて「ジャズでアジアをつなげよう!」としていたのかを解き明かそうというのがテーマとなった次第。

♪ せめぎ合う個人とジャズの“アイデンティティ”

ユキ・アリマサさん(筆者撮影)
ユキ・アリマサさん(筆者撮影)

──まず、アリマサさんがアジアに興味をもったきっかけからおうかがいしたいのですが。

アリマサ  それはやっぱり、アイデンティティが関係しているかな。芸術的なアイデンティティがきっかけだったと思う。

アメリカにいるといろいろな国の人がいて、それぞれが“自分の音”や“自分のヴォイス”を見つけていくわけじゃないですか。その“音”とか“ヴォイス”というのは、むやみやたらに「見つけた!」と言えるものじゃないでしょ? それぞれの音楽の拠って立つべきものを身につけたうえでの話なわけです。

ジャズであるならば当然、アメリカに由来するものである、と。ジャズはアメリカ発祥の文化だからね。そこを学ぶことから始めるというのが自然ということになる。

だから、ジャズを演奏するにはまずジャズの歴史を知り、ジャズならではの“音”や“ヴォイス”を身につける必要がありますよね。

その一方で、個人のアイデンティティがそこに加わって、その人でなければ表現できない“音”や“ヴォイス”でなければ意味がないというレヴェルの問題もある。アーティストはみんな、そのレヴェルをクリアしなければならないわけですけれど、それと同時にそのアイデンティティのなかには“エスニシティ”や“ナショナリティ”という要素が当然のようにあると思うんですよ。

たまたまそんなことを考えながら日本に帰ってきたときに、日本だと誰もが“アメリカの音がすれば合格”みたいな空気が、まだまだ残っていたことに気づいたわけです。つまり、日本にいる人のほうが、日本人じゃない音をなんとかして出そうとしているわけ。アメリカにいる人が日本人ということを意識してジャズをやろうとしているのにね。「アイツはアメリカっぽい音してるからスゲー」みたいな、そういうくだらないことをまだ日本では言ってた(笑)。

──具体的な行動に移すようになったのは?

アリマサ  この数年、ヴォーカリストのチャリートのツアーやワークショップなんかで、年に何回もフィリピンのマニラへ行くようになったんです。そんなこんなでアジア圏のミュージシャンと関わることが増えてきて、先日も来日してくれた人たちなんかと関係ができていった。

シンガポールでは、コンペティションの審査員も引き受けたりしていたので、そういう意味でも付き合いが深まっていった。なので、そうしたつながりをまとめるコミュニティがあってもいいんじゃないか、と。

当たり前のことですけれど、どの国の人たちもみんなそれぞれ、自分の国のなかで一生懸命やっているわけですよ。だから、それを国の中だけの活動で終わらせてしまうのはもったいないと思った。なにかプラットフォームと呼べるようなものをつくって、それぞれの活動をつなげられないか、ってね。

──アリマサさんは結局、アメリカには何年間滞在していたんですか?

アリマサ  15年。

──そのうちバークリー音楽大学で教える側に立っていたのは……。

アリマサ  8年か9年かな。そのあとに何年か、アメリカで演奏活動だけやってから帰国したからね。

──アメリカ時代には日本を意識して活動していたということなんですね。

アリマサ  というか、自分のなかに“それ”があることに気づくわけですよね。どうしても変えようがない部分、それがつまりアイデンティティということなんだろうけど。だからといって、自分がやるからにはアジアの音楽をジャズに取り入れなければならないという意味ではないんですよ。自分がアジア人であることを受け容れて、ジャズと向き合うというか……。アメリカ人だって、アイリッシュ系とイタリア系では音が違ったりするしね。それは、あえて変えて出そうとしているわけではない。“意識していた”というのは、そういう意味なんですよ。

──ジャズでは、1980年代後半に、個人のアイデンティティよりも“ジャズのアイデンティティ”を重視する風潮が台頭して注目されました。アリマサさんはまさにその時期にアメリカのジャズを教える現場にいたわけですが、どう感じていましたか?

アリマサ  それはウィントン・マルサリスのこと? 彼はジャズが築いてきた歴史的な功績に目を向けさせようとしていたんだと思う。それはオレもすごく必要なことだと思っていましたね。

──彼らにとって必要なことだった?

アリマサ  いやいや、音楽を学ぶ人にとって。

あの時代って、それこそマイルス・デイヴィスがエレクトリックになって、ブレッカー・ブラザーズがセブンス・アベニュー・サウスに拠点を作ってみんながそこに集まってとか、方向性の違ういろいろなことが起きていた時代じゃないですか。だからこそ、軸となるものというか、ジャズの伝統とはなにかという部分へ意識をもっていったというのは、ジャズのなかでは重要なことだったと思う。

アイデンティティという意味でも、どちらがジャズ側に近いとかではなく、両方があって成り立っていくものなんじゃないかな。

──“個人のアイデンティティ”と“ジャズのアイデンティティ”って、両立できるものなんですか? ジャズは共通語としての役割を果たしていて、それが“ジャズのアイデンティティ”になっているとも言えますよね。でも、それと“個人のアイデンティティ”を追求することは、相反しているように見えるのですが。

アリマサ  その2つは相いれないものじゃないと思いますよ。例えば、言葉はそれを喋る人がいるから存在するわけであって、当然そのどちらにもアイデンティティは存在する。個体差に重きを置くから、ジャズはクラシックよりも“個人のアイデンティティ”を重視しているように見えるかもしれないけれど、程度の差はあれ“ジャズのアイデンティティ”も成り立ってるうえでの“個人のアイデンティティ”ということなんですよ。

──個体差を重視しすぎると、“ジャズのアイデンティティ”が薄まってしまうのではないでしょうか。

アリマサ  いや、最終的に音楽に限らずなにかを表現するということは“個人のアイデンティティ”に行き着くと思うけど、そこに至るプロセスで例えばウィントン・マルサリスが言っていたような“ジャズの歴史でこれまで起きてきたこと”をものすごく勉強していく必要があるんだと思う。ただ、この両立は難しいよね。“個人のアイデンティティ”に傾きすぎると自分勝手な音楽になるだろうし、反対に“ジャズのアイデンティティ”ばかりに気を取られていると「誰の音楽?」「なにをやりたいの?」ということになるだろうし。そのバランスをどうやって取るのかは、たぶん音楽をやっていくうえでいちばん難しい課題になるだろうね。というか、どの芸術でもそうだと思うんだけど。

ユキ・アリマサさん(筆者撮影)
ユキ・アリマサさん(筆者撮影)

♪ “つながりやすい”という音楽の特性を活用

──アリマサさんが立ち上げたArtist GreenのOne People Project(http://artistgreen.org/one-people-project/?lang=ja)という活動は、先ほど言っていた“アジアにジャズのプラットフォームをつくる”ことの具体策のひとつですよね。ということは、そこにマーケットをつくらなければならないということでもある?

アリマサ  そうですね。そのあたりがこの組織の課題だと思っています。ただ、各地でワークショップなんかを実施してみた感触では、“つながりやすい”という意味でハードルが低いミッションではないと思っています。

やっぱり音楽という手段自体が“つながりやすい”という特性をもっているものであることが大きいと思うけど、その一方で国ごとに問題意識が当然違っている。7月のOne People Project in Tokyo 2019でも簡単なディスカッションを実施したんだけど、参加した各国のプレイヤーそれぞれで考えていることや感じていることがぜんぜん違う。

そうした違いを“ジャズが一緒にできるから”と安易に括ってしまわないようにすることも、今後の課題だと思っています。

──マーケットをつくることがそうした課題を解決することに役立つと?

アリマサ  それはどうかな……。そもそもジャズにマーケットがつくれる力が残っているのかという話になってくるかもしれないし(笑)。

──確かに(笑)。

アリマサ  ただ、マーケットと呼べるものをつくれなくても、少なくとも“つながり”はつくれるという感触は、この活動を始めてもてるようになっているから、つながることで若い人たちがクリエイティヴになることができれば、自然とマーケットができてくるんじゃないかと期待はしているんですよ。だからいまは、どちらかというと“基盤づくり”の段階だと思っているんです。

──でも、現実的には、マーケット化に不安があるジャズを軸にプロジェクトを展開していくのは難しいですよね。ということは、先ほど触れていた“ジャズのアイデンティティ”にあまり関心がない人たちとつながることもアリだと?

アリマサ  それは未知数ですね。Artist Greenのプロデューサーとしては、アジアのいろいろな国の人たちが集まってなにができるのか、どういう音楽をつくっていくのかというのは、その人たちがチョイスすべき問題だと思っているんです。そこでジャズのトラディショナルな流れから離れたものが生まれて、それを良しとするかしないかは、みんなで考えていくものなんじゃないかな。

──ただ、マーケットに不安のあるジャズよりは、ポップスに傾いていくんじゃないかという気もするんですが……。

アリマサ  やっているとわかるんだけど、実はミュージシャンって、お客さん側から考えるほどジャンルにはこだわっていないんだよね。それよりも、どうすれば演奏者同士のコミュニケーションが成り立って、自分だけではできないもっとおもしろいことができるかのほうに関心がある。だから、共通語の多いジャズに興味をもってくれるミュージシャンがどの国にもいるんだと思う。

──Artist Greenを立ち上げる時点で、“アジアのジャズは遅れている”という意識はありましたか?

アリマサ  バークリー音楽大学にいたときにはアジア各国から学生が来ていて、その水準は決して低くはなかったんだけど、実際にアジアへ足を運ぶようになると、ジャズを教える大学がない国もあるし、極端に人材の少ないパートがある国もあったり。例えばベースとドラムスがぜんぜんいないとかね。タイは比較的バランスの取れた教育環境が整っているみたいだけどね。

吉田智恵美さん(筆者撮影)
吉田智恵美さん(筆者撮影)

──吉田さんはどうしてこの活動に参加しようと思ったのですか?

吉田  私は洗足学園音楽大学のアリマサ先生の教え子だったのですけれど、自分の演奏家としての将来を考えたときに、先生ぐらいの世代でスキルがある人にとってはまだ活動できるだろうけれど、音楽大学を卒業するような人がジャズを続けていくことは可能なのかがすごく気になっていたんですね。自分の活動に専念して「とにかく稼ぐことを考える」ということも選択肢のひとつだったけれど、でも、それって続けられそうになかった(笑)。

だから、せっかくアートについて学んでいたわけだから、それを続けていけるような環境づくりをするべきなんじゃないか、って。卒業前にそういうことに気づいたんです。

──吉田さんは建築系学科の大学を卒業して、横浜の美術関係の仕事をしたりしてから洗足学園音楽大学へ入学したんですよね?

吉田  はい(笑)。

──組織を運営する側に興味があった?

吉田  ぜんぜん。最初の大学では新たにアートやコミュニティをつくるようなことをメインで研究しているという研究室だったので、職業芸術家として皆さんが苦労されているのを目の当たりにしたりはしていたのですが、そっちに深入りするとたいへんそうだなぁと思っていたので……(笑)。

──One People Project in Tokyo 2019を拝見して、バンド単位ではなく、個人を連れてきて混合バンドを結成して演奏していたじゃないですか。あれはまさに、深入りしないとできない“たいへんそうなこと”だと思ったのですが(笑)。

吉田  確かに、バンドごとだとマネジメントしやすかったでしょうね。でも、それだと規模の小さいジャズ・フェスにしかならない。私たちは別に、すでにあるバンドのプロモーションをしたいわけじゃないんですよ。

もちろん、最終的にはお客さんに完成したものを届けたいという気持ちはあるけれど、そのための手段としてそこに集まったミュージシャン同士が交流することで得たものを出してもらいたかったんです。

──バンドでオファーしちゃうと、あとはバジェットの交渉だけですものね。

吉田  そうなんですよ。しかも、アジア圏では日本に来たがっているバンドがいっぱいいる。日本で演奏したことがあるというのが彼らにとってステータスになっているようなところがありますからね。

♪ ちゃんとしていたらジャズじゃないでしょ?

──Artist Greenとしての目標は最初から決まっていたんですか?

アリマサ  実は立ち上げのときにはなにも具体的なものはなかったんです(笑)。

──一般社団法人なのに?

アリマサ  だって、そんなちゃんとしたことを最初から考えるなんて、ジャズではあり得ないから(笑)。

それは冗談として、よくイヴェントの企画をしている人とミーティングをしていると、最初の1年は企画書とたいして違いなくできるんだけど、2年目からだんだんいろいろなことが変更になってきて、音楽を犠牲にして続けるか中止するかということになってしまうことが多い。

だったら、とりあえずやれることをまずやりましょう、と。そのうえで、次になにができるのかをみつけていけばいいんじゃないかな、って。まぁ、組織と呼べるほどの人員で運営しているわけではないのでね。

ユキ・アリマサさん(右)と吉田智恵美さん(筆者撮影)
ユキ・アリマサさん(右)と吉田智恵美さん(筆者撮影)

吉田  そんな組織なのに、Artist Greenの会員登録数がいま、どんどん増えているんですよ(笑)。

アリマサ  ほとんど日本人ではないんだけどね。逆に、「どこかの場所でイヴェントを開催して終わり」じゃないから、いろいろな地域から興味をもってもらえているんじゃないかと思うんです。もちろん、どういう目的をもって会員登録をしているのか、実際のところはわからないんだけど、なにか行動を起こすことで生まれてくるものがあるんじゃないかと、やっている自分たちだけじゃなくて期待してくれている人たちがいるみたいなんですよ(笑)。

だから、いまはまだ、Artist Greenはこういう団体で、こういうことをするということを明確にする前の段階だと思っているんです。

今後は、One People Project in Tokyo 2019に参加してくれたミュージシャンをもっと世界中に知ってもらうために、YouTubeの発信頻度を上げたり、もっと良い紹介の方法がないかを探したりしているところなので、日本でももっと注目されるように、なにか考えたいと思っていますよ(笑)。

アーティスト・グリーンのホームページ

http://artistgreen.org/?lang=ja