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「吉野ミユキ率いるトップ女性オールスターズ」 #ゆめりあJAZZ vol.26 レポート

富澤えいち音楽ライター/ジャズ評論家

一浪して入った大学の近くに、井の頭公園があった。

平安時代に弁財天女像を安置するために堂が建てられたことに始まるという、古刹と呼んでもいい有名なスポットではあるものの、実はいまに至るまで一度も、ボクは訪れたことがない。

弁財天のジンクス「カップルに嫉妬して別れさせる」に関係するようなバラ色のキャンパス生活を送っているはずもなかったけれど、入学の祝い金で買ったサックスを携えてジャズ研に顔を出していた時期も短いながらあるのだから、芸能の女神の霊験を信じてもよかっただろうに、しなかった。

そうか、だからものにならななかったのか。

それはともかく、弁財天のオリジナルはヒンドゥー教の女神であるサラスヴァティーという水を司る女神だが、その手にヴィーナという弦楽器を持つ姿で描かれることから、芸事や音楽と関連づけられるようになった。

前述の“嫉妬”に通じるのかもしれないが、音楽の世界は長らく男性優位(女性排除)が続き、シンガーを除いたジャズ演奏家もその例に漏れなかった。

日本の色街では、女性が器楽演奏を生業とすることで成り立っていた面もあったけれど、世界的に見れば職能としての演奏家が女性にも開放されるのは、1960年代のフェミニズム運動以降と言っていいだろう。

と、柄にもなくジェンダー問題について考えを巡らせるようになったのは、井の頭公園から北上すること2km弱、西武池袋線の大泉学園駅前にあるゆめりあホールで開催されたコンサートが“女性だけのジャズ・プレイヤー”で編成されていたから。

♪ 11回を数えるレジェンド起案のコンサート

公演パンフレット(筆者撮影)
公演パンフレット(筆者撮影)

実際には吉祥寺を北上したのではなく、横浜から東急東横線直通の西武池袋線というルートで大泉学園に到着。

駅前の高層ビルの6階にエントランスがある、というのが「ゆめりあホール」だ。

旧正月を前にした週末の午後、ここで開催されたのが、吉野ミユキ・クァルテットによる二部構成のコンサート。

このコンサート・シリーズは、ジャズ評論家として精力的に活動するボクらの大先輩、瀬川昌久氏がプロデュースするもので、練馬区内のホールを使って今回が11回目となる。

戦後日本のジャズのみならずアメリカのレジェンドたちの演奏も観ていた、まさに“生き字引”の氏が、めがねにかなったミュージシャンを選んで企画するとあって、それを楽しみに集まったジャズ・ファンでこの日も満席。

吉野ミユキは日本大学芸術学部出身のアルト・サックス奏者で、ジャッキー・マクリーンとの出逢いがジャズにのめり込むきっかけというから、正統派と言っていいだろう。もちろん、現在のジャズ・シーンでなにが“正統派”なのかは、また別に論じなければならないのだが。

それはともかく、吉野ミユキが頭角を現わしたのは、2004年にリリースされて話題を呼んだブルー・エアロノーツ・オーケストラの『ファースト・フライト』に見られる活動だろう。

ブルー・エアロノーツ・オーケストラは女性16人で構成されたジャズのビッグバンド・スタイルのユニットで、ポピュラーな選曲とアレンジにより人気を博した。この企画のジャズ的な評価はともかく、腕の立つ女性ジャズ・ミュージシャンが世に出る後押しをした実績は大きいと言える。彼女を“正統派”であると位置づけるのは、この実績による。

その後、ソロ活動を活発化された吉野は2010年ごろにこれも女性だけのワン・ホーン・クァルテットを結成。以降、2枚のアルバムをリリースして現在に至っている。

第一部は、結成以来不動のメンバー4人によるステージ。吉野のオリジナルをオープナーとクローザーに置き、ジャズ・スタンダードを3曲挟み込むというプログラムは、オーソドックスではあるがこのクァルテットの実力を披瀝するには絶好だ。ソロ回しもメンバーそれぞれの楽器の個性が発揮され、ステージ上でなにが行なわれているのかを見えやすくする効果を感じた。

こうした“細かい配慮”的なことを、世の中的には“女性らしい”というのかもしれない。

第二部は、女性サックス奏者2名を加えて3管フロントのセクステットに拡張。取り上げる曲はいずれもアルト・サックスの巨人であるチャーリー・パーカーにちなんだ曲と、“攻め”たプログラム。

しかしフロントの3人は、パーカーの演奏すなわち“鳥の囀り”を想起させるような速くてアグレッシヴなフレーズを綴ろうとするのではなく、軽妙ではあるけれど次のソリストの会話を引き出すような“視線”を感じさせる抑揚を含んだフレーズで、テーマとテーマのあいだにその偶発的な発音が生まれた意味を与えていた。

アドリブは往々にして技量を競う“バトル”に例えられるけれど、自己主張だけでは前後の関連性を保つのが難しく、意味性が薄れてしまう。

その点でこの第二部の展開は“女子トークのように盛り上がった”と言えるんじゃないかな。

♪ “らしさ”も“ならでは”に変えるのがジャズ

あえて“女性ジャズ”を冠する時代ではないのかもしれない。

それが“伝統芸能”ではなく、“時代性を反映する気概”を失なおうとしない(はずの)ジャズであるなら、なおさらだ。

しかし、このステージで、“女性ならでは”の“会話”が繰り広げられていた。

それが個性であるなら、このユニットとこのコンサート企画は、「ジャズである」なのだ。

【メンバー】

吉野ミユキ(アルト・サックス)

外山安樹子(ピアノ)

若林美佐(ベース)

鈴木麻緒(ドラム)

ゲスト

高橋里美(アルト・サックス)

ませひろこ(ソプラノ・サックス)

瀬川昌久(企画・解説)

音楽ライター/ジャズ評論家

東京生まれ。学生時代に専門誌「ジャズライフ」などでライター活動を開始、ミュージシャンのインタビューやライヴ取材に明け暮れる。専門誌以外にもファッション誌や一般情報誌のジャズ企画で構成や執筆を担当するなど、トレンドとしてのジャズの紹介や分析にも数多く関わる。2004年『ジャズを読む事典』(NHK出版生活人新書)、2012年『頑張らないジャズの聴き方』(ヤマハミュージックメディア)、を上梓。2012年からYahoo!ニュース個人のオーサーとして記事を提供中。2022年文庫版『ジャズの聴き方を見つける本』(ヤマハミュージックHD)。

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