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【JND】牧山純子『月虹』はヴァイオリンのルーツを未来に架ける吉兆

富澤えいち音楽ライター/ジャズ評論家
牧山純子『月虹』
牧山純子『月虹』

話題の新譜を取り上げて、曲の成り立ちや聴きどころなどを解説するJND(Jazz Navi Disk編)。今回は牧山純子『月虹』。

ジャズ・ヴァイオリニストとして活動する牧山純子のメジャー3枚目。アメリカでその実力を認められ、多くのスーパー・ミュージシャンたちと共演を果たしてからのメジャー・デビューだったこともあり、2008年にはボクも大注目で彼女の登場を迎えた記憶があるが、翌年にセカンド・アルバムをリリースしてからしばらくはライヴで自身のサウンドについてジックリと練っていたのではないだろうか。それが、この4年半ぶりのアルバムに対するファースト・インプレッションだった。

今回の牧山純子の“熟成”の鍵を握るのは、ライヴ活動をともにしてきた横田明紀男だ。横田は1980年代からポピュラー音楽の最前線で活動を続けるスーパー・ギタリスト。2001年にアルバム・デビューを果たした2人組ユニット“Fried Pride(フライド・プライド)”では、ヴォーカルのshihoとともに比類なきテクニックを駆使したパフォーマンスで“声と楽器が生み出す音楽の限界を超えた”と斯界を驚かせた異能の人である。同じ事務所であることが共演のきっかけになったようだが、その関係性を続けて発展させるには、お互いに“一緒に演奏する意味”をそこに見つけていなければならない。

その“意味”をリスナーは、このアルバムの2曲目に収められている「アンダルシアの風」で感じるのではないかと思った。この曲は、横田明紀男と斎藤誠によるフラメンコ・ギターに伊集院史郎のパルマ(手拍子)だけというシンプルにして奥深い異文化を表現しようとした牧山のオリジナル。ヴァイオリンにとってスパニッシュなテイスト、あるいはロマ音楽は“もうひとつのルーツ”とも言うべきものだが、クラシック音楽ベースの教育を受けている演奏家にとってはなかなか文化の壁を越えられないジレンマがある。そうしたリスクをあえてとろうとしていることが牧山純子の“変化”であり、彼女はそこに横田明紀男と“一緒に演奏する意味”を見つけたのではないのだろうか。

3曲目のブレッカー・ブラザーズのカヴァー「サム・スカンク・ファンク」ではFried Prideを彷彿とさせるデュオ・バトルを披露。

もちろん、これまでに彼女が培ってきた叙情を前面に押し出したメロディアスな曲(それは主に日本語のタイトルが付された曲に顕著だ)も充実していることを感じさせるが、それ以上にこのアルバムの間口の広げ方は、彼女が自身の音楽観だけに固執せず、さらに大きな視野でヴァイオリンを響かせようとしている“意欲の表われ”に違いないと思うのだ。

ハワイのマウイ島に伝わる伝説では、月虹は「先祖の霊が橋を渡り祝福を与えに訪れる」という吉兆とか。であるのなら本作は、ジャズ・ヴァイオリンのスピリッツを受け継いだ牧山純子が新たにジャズ・シーンに“なにか”をもたらす前兆であるということになるだろう。

♪【ジャズバイオリニスト 牧山純子】 NEWアルバム「月虹」

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音楽ライター/ジャズ評論家

東京生まれ。学生時代に専門誌「ジャズライフ」などでライター活動を開始、ミュージシャンのインタビューやライヴ取材に明け暮れる。専門誌以外にもファッション誌や一般情報誌のジャズ企画で構成や執筆を担当するなど、トレンドとしてのジャズの紹介や分析にも数多く関わる。2004年『ジャズを読む事典』(NHK出版生活人新書)、2012年『頑張らないジャズの聴き方』(ヤマハミュージックメディア)、を上梓。2012年からYahoo!ニュース個人のオーサーとして記事を提供中。2022年文庫版『ジャズの聴き方を見つける本』(ヤマハミュージックHD)。

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