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月曜ジャズ通信 2014年5月5日 端午の節句はタンゴを踊らんのか号

富澤えいち音楽ライター/ジャズ評論家

もくじ

♪今週のスタンダード〜ビューティフル・ラヴ

♪今週のヴォーカル〜アン・バートン

♪今週の気になる2枚〜サン・ビービー・トリオ『サン・ビービー・トリオ・フィーチャリング・マーク・ジョンソン』/KIYO*SEN『Chocolate Booster』

♪執筆後記〜喜多直毅

「月曜ジャズ通信」のサンプルは、無料公開の準備号(⇒月曜ジャズ通信<テスト版(無料)>2013年12月16日号)をご覧ください。

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ビル・エヴァンス『エクスプロレイションズ』
ビル・エヴァンス『エクスプロレイションズ』

♪今週のスタンダード〜ビューティフル・ラヴ

「ビューティフル・ラヴ」は、1931年にウェイン・キング楽団のレパートリーとして作られた曲で、作曲はヴィクター・ヤング、ウェイン・キング、エグバート・ヴァン・アルスタインの共作。作詞はヘイヴン・ガレスピー。

“ワルツ王”の異名をとったウェイン・キングは、スウィング期(1920〜30年代)に活躍したバンド・リーダーで、もともとポール・ホワイトマン楽団でサックスを吹いていましたが、1927年に独立して自己楽団を結成、一世を風靡しました。

キング楽団で演奏された「ビューティフル・ラヴ」は、時を経て1944年公開のラヴ・コメディ映画「シング・ア・ジングル」でも使用されました。

しかし、この曲を“ジャズの定番”に仕立てたのは、ビル・エヴァンス。

彼が1961年に録音した『エクスプロレイションズ』での演奏で新たな表情を与えられて以降、「ビューティフル・ラヴ」はジャズ・ピアニストにとって特別な存在になったと言っても過言ではないでしょう。

♪Bill Evans- Beautiful Love[Take 2]

これがビル・エヴァンスの『エクスプロレイションズ』です。

♪Anita O'day- Beautiful Love

アニタ・オデイが1955年に制作したアルバム『ジス・イズ・アニタ』収録のヴァージョンです。1950年代はこういう曲調で演奏されていたという見本でしょうか。

♪Jim Hall and Petrucciani live "Beautiful Love"

ビル・エヴァンスが1962年に制作したデュオ・アルバム『アンダーカレント』で、インタープレイの極地を見せたのがギタリストのジム・ホール。このライヴは、ビル・エヴァンスと入れ替わるようにジャズ・シーンに登場した“ピアノの精”ミシェル・ペトルチアーニとのコラボレーションです。

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アン・バートン『ブルー・バートン』
アン・バートン『ブルー・バートン』

♪今週のヴォーカル〜アン・バートン

アメリカの音楽産業の中心が東のブロードウェイから西のハリウッドに移り、ヨーロッパ系白色人種のアイドル性を重視したシンガーがポピュラー音楽シーンの最前線で活躍し、公民権運動の盛り上がりによってアフリカ系黒色人種がよりアフリカらしさを追求するようになった1960年代。

そのヨーロッパ系とアフリカ系のどちらからも薄れてきたと思われた、ジャズにとってきわめて重要な要素である“ブルー”を感じさせるシンガーが、アメリカ以外の場所から出現しました。

彼女の名前はアン・バートン。

1933年に暗雲漂う第二次世界大戦下のオランダ・アムステルダムで生まれた彼女は、ナチスのユダヤ人迫害から逃れるようにして幼少期を過ごすことになります。1945年春のドイツ降伏以降も恵まれた家庭環境とは言えず、母親とうまくやっていけなかったために、福祉家の施設に引き取られて育ちました。

やがて彼女は歌手をめざすようになり、オランダを出て、アン・バートンという芸名で主にヨーロッパの連合軍キャンプを回ります。

歌手活動12周年を迎えたとき、アン・バートンはアルバムを作ることを計画します。1967年9月24日の夕方、アムステルダムのHet Bavohuisという小さな劇場で録音を始めました。これが、当時34歳のアン・バートンのファースト・アルバム『ブルー・バートン』です。

1960年代といえば、世界的なポピュラー音楽の潮流はロックに傾き、ジャズへの注目度はめっきり低下してきた時代でしたが、彼女は感情をあらわにして歌うロック系の歌唱に追従せず、歌詞を慎重に扱い、自分の繊細な声を活かした歌唱を磨き上げることに専念します。

こうした努力が『ブルー・バートン』に結びつき、高い評価を受けた彼女の名前は、オランダのみならず世界に広まっていきました。

♪Ann Burton ; Someone to watch over me

『ブルー・バートン』収録の「サムワン・トゥ・ウォッチ・オーヴァー・ミー」です。

♪Ann Burton「Got to get you into my life」

アン・バートンが出演したテレビ・ショーで「Got to get you into my life」を歌っている映像です。

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サン・ビービー・トリオ・フィーチャリング・マーク・ジョンソン
サン・ビービー・トリオ・フィーチャリング・マーク・ジョンソン

♪今週の気になる2枚(その1)〜サン・ビービー・トリオ『サン・ビービー・トリオ・フィーチャリング・マーク・ジョンソン』

《概要》

デンマークの新星ピアニスト、サン・ビービーの4枚目となるリーダー作。ゲストはビル・エヴァンスの最晩年のトリオでベーシストを務めたマーク・ジョンソン。

透明感と田園風景を彷彿とさせるそのサウンドをさらに研ぎ澄ませ、自身の世界観を広げた意欲作に仕上がっている。

《オススメできる人》

  • ビル・エヴァンス系のピアノ・ジャズが好きな人。
  • 北欧系のロマンティックでメロディアスなピアノがいいなぁと思っている人。
  • ピアノ・トリオは鎮静効果があるほうがいいと思っている人、などなど。

《オススメできない人》

  • ジャズ・ピアノは汗と泥臭さがなければいけないと思っている人。
  • メロディアスなピアノはジャズとは呼びたくないと思っている人。
  • ジャズはアメリカ人が演奏しなきゃダメだよと思っている人、などなど。

《富澤えいち的異論》

このアルバムの聴きどころは、やっぱりマーク・ジョンソンとサン・ビービーがどのようなインタープレイを繰り広げるのか、というところでしょう。ただし、これはビル・エヴァンス・トリオという呪縛を引きずっている旧来のジャズ・ピアノ好きの偏屈な聴き方かもしれません。

インタープレイというのは相互作用を意味する英語で、ジャズにおいてはアドリブやインプロヴィゼーションと同じようなニュアンスで使われることが多いようです。ただ、アドリブやインプロヴィゼーションは担当独奏者の内面的な情態に帰結する割合が多いのに対して、インタープレイは外的要因に対する反応の割合が多くなるために、独奏者の柔軟性と環境対応力に左右されることになります。

たとえば同じ「そうですね」という相づちでも、言われたことをどのぐらい理解しているのかがその「そうですね」にはにじみ出てしまうわけで、返された相手はその理解度に応じた次の会話内容をごく自然に調整しているはず。

音楽における“会話”の重要性をほかのジャンルよりも意識しているジャズにとって、発音者がどれだけ相手の音を理解して、より刺激的で創造性のある反応を返してくれるかは、その演奏の正否を決めるほど重要な要素になります。

マーク・ジョンソンというインタープレイのオーソリティを迎え、その胸を借りて、自己の世界観には定評があるサン・ビービーがどのような変革を見せてくれるのか。自己トリオを固めていくのではなく、柔軟性を取り入れて広げていこうというサン・ビービーの“決断”こそが、このアルバムの価値を決める根底にあると言えます。

収録曲11曲中、2曲はドラムのモーンセンのもので、しかもアルバムの1曲目と2曲目に配置という点も興味深いですね。サン・ビービーが作品性の高いモーンセンの曲を最初に置いて自分たち=ビービーとモーンセンの世界観、すなわちこのトリオの基準を示し、3曲目以降ではマーク・ジョンソンを迎えた本格的なインタープレイのために作曲者の意図しない演奏になってもいいという自作曲を用いていると考えると、その対比や展開がさらにおもしろく聴けるのではないでしょうか。

♪"One Man Band" from "Eva" by Soren Bebe Trio featuring Marc Johnson

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KIYO*SEN『Chocolate Booster』
KIYO*SEN『Chocolate Booster』

♪今週の気になる2枚(その2)〜KIYO*SEN『Chocolate Booster』

《概要》

オルガンを引っさげてハードでプログレッシヴなコンテンポラリー・ジャズのシーンに殴り込みをかけただけでなく、2012年からはCASIOPEA 3rdのメンバーとしてJフュージョンの新たな歴史づくりにも参画している大高清美と、1997年生まれの女子高生ドラマー川口千里によるユニット、KIYO*SEN(キヨセン)のファースト・アルバム。

《オススメできる人》

  • 日本が世界に誇るハード系Jフュージョンが好きな人。
  • ファンキーなオルガンは趣味じゃないけど、タイトでゴリゴリ押してくるタイプなら「もーたまらんっ!」という人。
  • ドラムはやっぱり手数が多くなくっちゃという人。

《オススメできない人》

  • 女性ミュージシャンは邪道だし、ましてや女子高生なんが論外と思っている人。
  • 電気楽器やバチバチいうドラムはどうも苦手という人。
  • 変拍子になると落ち着いて音楽を聴いていられないという人。

《富澤えいち的異論》

1990年代後半、クラブ・ジャズのムーヴメントによって日本にもオルガン・ジャズを再評価する気運が高まりました。

オルガンは不思議な立ち位置の楽器で、ピアノの代替品として活用されながら、ピアノには出すことのできない音色やダイナミクスを備えていたため、独自の発展を遂げていました。

1970年代から80年代にかけてのフュージョン・ブームでは、電子鍵盤楽器の発達によってオルガンが孤立感を深めます。もう少し細かく言えば、それまで音楽シーンで使われていたオルガンがハモンド・オルガン、とくにB-3のようなアナログなメカニズムであったのに対し、1970年以降は電気的な発音を合成することでさまざまな音色を生み出すデジタルなシンセサイザーが主流になり、両者は別の種類の楽器であるという認識が広まります。つまり、クラブ・ジャズによる1960年代から70年代にかけてのジャズ再発掘と、時代に取り残された楽器であるオルガンには共通点が多く、それゆえに注目されたことは否めません。

こうした背景をもつオルガンですが、21世紀を迎えて活動を本格化させた大高清美には、こうしたオルガン・レジェンドな要素が少ないことも特徴のひとつです。彼女の評価がハード系コンテンポラリー・ジャズで高いのも、彼女のオルガンがノスタルジーではないからです。

さらに、シンセサイザーの発展とともにユニークなサウンドを確立していった代表的なバンドのひとつに1977年結成のCACIOPEAがあります。そのバンドが2012年に活動を再開するにあたって大高清美を迎えたこともまた、彼女がオルガン・レジェンドなサウンドをもつのではなく、コンテンポラリーでメタリックな近未来指向のサウンドを発している証拠になるでしょう。

相方の川口千里は小学生時代からFRAGILEのセッションに参加してDVD『HOROSCOPE』を発表するなど、世界からも注目されるスーパー・キッズのひとりでした。ボクも、彼女の師匠である菅沼孝三のライヴで彼女のプレイを観たことがありましたが、正直言って評価するには年齢的にまだ幼すぎ、「将来が楽しみ」という言葉でそのときの“圧倒され感”を濁すしかなかったのですが、今回は本格的にユニットを組んでの活動ということで、“楽しみ”にしていた“将来”が早くも到来してしまったわけです。

すでにテクニックに驚かされる段階ではないことを断わってからこのユニットの聴きどころを挙げてみましょう。

KIYO*SENの最大の特徴は女性ユニットであることでしょう。一方で、大高清美の評価ではずせないのは“男勝りのハードなプレイ”。であるとすれば、このギャップをどう消化するのかが、このユニットの課題でもあるはずです。

お互いに手数では負けないはずの2人が、このアルバムでは“数を競い合う”のではない場面が多いことからも、それが感じられます。

つまり、大高清美と川口千里の2人とも、それまでのイメージの根幹を成していたハードでパワフルで激しいという要素を抑え、次の段階へと駒を進めたことを表明するサウンドがここに詰め込まれていることになります。

♪Kiyo*Sen- K.S. Pro recording Long version

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富澤えいち『頑張らないジャズの聴き方』
富澤えいち『頑張らないジャズの聴き方』

♪執筆後記

世の中はゴールデン・ウィークとやらですが、皆さんはいかがお過ごしですか?

端午の節句にタンゴとはオヤジギャグにしてもレヴェルが低すぎますが、タンゴとジャズの関係性のレヴェルは低くないので要チェックです。

19世紀中ごろにアルゼンチン・ブエノスアイレスで生まれたとされるタンゴ。ちょうど同じ時期に、北アメリカ大陸の港町ニューオーリンズではジャズが産声を上げようとしていたわけです。

タンゴもジャズも、当初はダンスの伴奏や酒場のBGMとして利用されるばかりだったわけですが、20世紀初頭に変革期が訪れ、それに伴ってそれぞれ黄金期と呼ばれる時代を迎えます。さらに、1950年代になると新たな才能の出現で芸術性を増します。ジャズをモダン・ジャズのレヴェルに引き上げたビバップのトップ・プレイヤーたちに匹敵する存在をタンゴで挙げるならば、アストル・ピアソラでしょう。

このように相似形のような発展を示していた両者ですが、お互いを取り入れたかといえば、必ずしもそうではなかったようです。それぞれが独立性を保持できた理由はいろいろありますが、要するに“タンゴをタンゴたらしめているもの”が“ジャズをジャズたらしめているもの”と相容れないことに原因があるわけです。

それがなにかを考えながらそれぞれの音楽に触れることもまた、その音楽の魅力を掘り下げるきっかけになると思います。

♪ラストタンゴ・イン・パリ Ultimo tango a Parigi

タンゴ奏法をマスターしてポスト・コンチネンタル・タンゴのシーンでも注目され、さらに即興演奏との融合によって新たなサウンドを生み出しているヴァイオリン奏者・喜多直毅のプロジェクトPVです。ジャズ・ヴァイオリンとはひと味違う彼の弓遣いは、エキゾチックという形容を超えて表現の可能性がそこに潜んでいることを伝えてくれます。

富澤えいちのジャズブログ⇒http://jazz.e10330.com/

音楽ライター/ジャズ評論家

東京生まれ。学生時代に専門誌「ジャズライフ」などでライター活動を開始、ミュージシャンのインタビューやライヴ取材に明け暮れる。専門誌以外にもファッション誌や一般情報誌のジャズ企画で構成や執筆を担当するなど、トレンドとしてのジャズの紹介や分析にも数多く関わる。2004年『ジャズを読む事典』(NHK出版生活人新書)、2012年『頑張らないジャズの聴き方』(ヤマハミュージックメディア)、を上梓。2012年からYahoo!ニュース個人のオーサーとして記事を提供中。2022年文庫版『ジャズの聴き方を見つける本』(ヤマハミュージックHD)。

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