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ウクライナ停戦仲介 中国の腰が重い理由を考える

富坂聰拓殖大学海外事情研究所教授
(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

 ウクライナでいま何が起きているのか。もはや混沌とし過ぎて本当のことは見え辛い。

 ロシアの侵攻に対しウクライナ軍が予想外の抵抗を示したと報じられる一方、ロシアのプーチン大統領はNATO(北大西洋条約機構)の動きを牽制するため「戦略抑止力の特別な段階への移行」を命じ、原子力発電所でも激しい戦闘が起きている。

 事態の泥沼化が進むにつれ世界には仲裁を求める声が高まり、にわかに注目を集めたのが中国の存在だ。3月8日、EU(ヨーロッパ連合)のボレル外相は中国の王毅外相と電話会談し、ウクライナ情勢を巡り「中国が停戦に向けて役割を果たすよう」求めた。その1週間前にはウクライナのクレバ外相が「ウクライナは中国が停戦実現のために仲裁してくれると期待している」と王毅外相との電話会談で述べ、世界を驚かせた。

 ロシア・ウクライナ戦争(ロ烏戦争)を停戦に導くことができれば、習近平国家主席の存在感はいよいよ高まるだろう。コロナ禍や米中対立で傷ついたイメージも一気に挽回できる千載一遇のチャンスだ。しかもロシアとの良好な関係を維持している大国は中国だけという条件下だ。本来であれば中国自身が前のめりになっても不思議ではない。

 だが、中国への期待が高まるのとは裏腹に習近平政権の腰はなぜか重い。話し合いによる解決に向け「積極的な役割を果たす」と繰り返すものの仲裁への動きは緩慢だ。

 いったい、どうしてなのか。中国の視点に立って考えてみたい。

アメリカは中国の仲裁を望んでいない

 まず仲裁者・中国にとって、最大の障害となっているのがアメリカの存在だ。そもそもアメリカは、本音では中国の仲裁など望んでいない。そのことで国際社会における中国の存在感が増すのであればなおさらだ。バイデン政権の当初の動きからみても、狙いはむしろ「中ロ」を一括りにして「悪」のイメージに放り込むことだった。

 実際、ロシアがウクライナに侵攻して以降「中国がロシアの後ろ盾」とか「裏でロシアに武器を提供している」、「侵攻を事前に知っていた」(米紙『ニューヨーク・タイムズ』電子版)といった根拠不明の情報を発信し続け、中国を苛立たせていた。

 今年2月24日には定例会見に臨んだ中国外交部の華春瑩報道官が「中国は後ろ盾か」と質した記者に「ロシアが聞けば不機嫌になる」と冷笑を浮かべ、「中ロ共同声明(以下、声明)を細かく読むことをお勧めします」と強烈に皮肉った。声明を理解していれば必要ない低俗な質問だという意味だ。

 同じ会見で華は、ロシアへの武器提供について、「中国のやり方はアメリカとは質的に異なる。(中略)衝突の危険を前に、アメリカはウクライナに大量の軍事装備を提供したが、我々はしない」と当てつけている。

 中国が仲裁に慎重なのは、こうした背景があるためだ。アメリカが非協力的ならばロシアが提示する条件、「NATOの東方への拡大停止」に歩み寄りは期待できないからだ。

 こんな環境下で「停戦」のミッションを負えば、ロシアに対し一方的かつ大幅な譲歩を求める以外に道はない。待っているのは、仲裁の失敗か、「中ロの良好な関係」の終焉である。どちらも中国には得がなく、逆にアメリカはどちらに転んでもメリットを得られる。

アメリカが望んだ小規模な侵攻

 だが、たとえ損な役回りであったとしても中国が動かなければ、国際社会の目は厳しくなる。アメリカの仕掛けは巧妙だ。

 例えば、ロシアのウクライナ侵攻直後に出された「ウクライナ危機の回避に向け、ロシアを説得するよう中国に再三要請したにもかかわらず、中国は応じなかった」(米紙『ニューヨーク・タイムズ』電子版2月25日)という報道だ。外交部の報道官は鼻で笑ったが情弱な世界は真に受けかねないのだ。

 中国はロ烏戦争が始まる前から、この裏側にあるアメリカの思惑について、ロシアの力を西方に釘付け長期にわたり消耗させながらロ欧の経済関係を破壊――とくにロ独を結ぶ天然ガスパイプラインの阻止――し、ロシアの国際社会でのイメージを失墜させ、同時にNATOの存在意義をヨーロッパに再認識させることだ、と見ていた。

 その意味では侵攻が小規模に収まり、問題が長引くことが理想だという解説がメディアにもあふれていた。事実、バイデン大統領も、「ロシアによるウクライナ侵攻が『小規模』なら西側諸国の対応も小規模にとどまる」(2月19日)と口を滑らせた。あたかも、侵攻するなら小規模で、と促しているようだと話題になり、翌日、ウクライナのゼレンスキー大統領が「侵攻に小規模なものなどない」と噛みついたことは記憶に新しい。

 つまり、この時点でロ烏戦争に中国が介入することは、そのままアメリカの思惑に一役買うことであり、中国には抵抗があるのだ。

 一方のロシアは国際社会で孤立し、厳しい制裁にさらされている。ヨーロッパとの貿易関係も大きく傷つき、回復も簡単ではないと予測される。そんななか、ロシアがさらに安全保障面でも譲歩するとは考えにくい。つまり仲裁には、それが不発に終わる要素ばかりが目立つのだ。

ノルマンディー方式の解決

 それでもウクライナで戦闘が激化し民間人の犠牲が増え続けているのであれば、人道上の観点から中国は動かざるを得ない。

 では、どうすることが最良の選択となるのだろうか。ここからは少し想像力を働かせてみたい。

 おそらく中国は、一国ではなく多国間の枠組みを目指すのではないだろうか。北朝鮮の核開発問題を解決するために生まれた六カ国協議のような話し合いのプラットフォームを築くという役割だ。このときアメリカ抜き、もしくはアメリカの発言権が薄められる枠組みにできれば中国は満足だろう。

 ただNATOの実質がアメリカであれば、新たな枠組みをつくっても権威不足は否定できない。だが、それを補うためにウクライナに一つの決断を促すのではないだろうか。

 それはウクライナにNATO加盟を諦めさせ、「中立」の見返りとして同国の安全を多国間で保障するという考え方だ。

 モデルとなるのはミンスク合意。またはフランスのマクロン大統領がロ烏戦争勃発前に目指していたノルマンディー方式での解決だ。良好な中仏関係を考えれば抵抗のない選択だ。

 ゼレンスキーには大きな決断となるが、ロシアの侵攻という目の前の脅威に対しNATOがなおロシアとの直接対峙を避けているのであれば、中国の仲裁が奏功する余地は残されているのかもしれない。

拓殖大学海外事情研究所教授

1964年愛知県生まれ。北京大学中文系中退後、『週刊ポスト』記者、『週刊文春』記者を経て独立。ジャーナリストとして紙誌への寄稿、著作を発表。2014年より拓殖大学教授。

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