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NHKのW杯アプリが切り拓くテレビ局とスポーツ中継の新常識

徳力基彦noteプロデューサー/ブロガー
NHKのW杯アプリなら日本のゴールシーンも繰り返し楽しめそう(写真:アフロ)

 いよいよはじまったロシアW杯。

 日本代表サポーターの一人としては、どうしても直前の監督解任騒動の影響でイマイチまだ盛り上がりきれなかったりする中、文句なしに絶賛せざるを得ない取り組みを見せてくれているのがNHKのW杯アプリです。

 開幕戦であるロシア対サウジアラビアの開始直後から、アンテナの高い人は使っていたようですが、とにかく凄いです。

■W杯の全ての試合を見逃し視聴可能に

 アプリのダウンロードページでまず一押しされているのは、ライブ配信機能。

 NHKが地上波で生中継する32試合を、スマホでライブ配信で閲覧することができる上に、全64試合の見逃し視聴も可能。

 まぁ、テレビとネットでの同時ライブ配信自体は平昌オリンピックでも実施していた取り組みですし、見逃し配信に至ってはリオ五輪の頃から実施していたはずなので、アンテナの高い人だとそれほど驚かないかもしれません。

参考:時差なしオリンピック問題を超えるネット同時配信の可能性

 

 特に今回のロシアW杯は時差の関係で深夜放送が多いですから、ライブ配信は自宅のテレビで見れる時間帯が多いはず。

 そういう意味では、「俺はテレビで見るからスマホアプリなんぞいらん」と思う人は多いことでしょう。

 すいません、私もその一人でした。

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参考:スマートフォンアプリ NHK 2018 FIFA ワールドカップ

■本格的なマルチスクリーン視聴時代の到来

 ただ、今回のNHKのW杯アプリが凄いのはここからです。

 私がざっと見ただけで驚いたのはこんな感じ。

■マルチアングルカメラが実装

 今回アプリで見れるのはテレビ放送と同じ画面だけではありません。

 戦術カメラと言われる俯瞰的な視点のカメラ、ワイヤーカメラという鳥のように試合を真上から眺めるカメラ、さらに監督のアップなど複数のカメラを4分割で並べた画面など、自分が好きな構図での中継を選択することができます。

 まさに真のマルチスクリーン時代到来。

 テレビでメインの放送を見ながら、iPadでは戦術カメラを見て、テレビ放送では写っていない選手の動きをチェックしつづけたり、監督の表情の変化を楽しんだり、みたいなことができるわけです。

 もはや一人テレビ局状態です。

■テキスト実況と動画が連動

 これは見せ方のうまさですが、よくあるテキストによる試合実況のページが、スマホアプリの中に実装。

 気になるシーンを選択すると自動的にそのシーンから動画が再生されます。

 従来の見逃し動画というと、ハイライトシーンが一覧で動画が並べてあるケースが多く、サムネイルとタイトルからある程度想像して動画を選択する必要がありましたが、このユーザーインターフェースであれば試合の流れを振り返りながら好きなシーンの動画を見ることができます。

 しかもゴールなどの重要シーンは簡単に別アングルのカメラも選択できるため、ゴールシーンを何度も見直して楽しむことが可能です。

■様々なデータが充実

 さらにアプリの中では、メンバー一覧やシュート数やコーナーキックの数はもちろん、ボール支配率やパスの精度、走行距離の選手別ランキングも見ることができます。

 従来も似たようなデータサービスは様々なウェブサイトで提供されていましたが、やはり動画とデータがシームレスに連動しているのは使い勝手抜群。

 このアプリのデータを見ながら試合を観戦すれば、サッカー知識が自然とレベルアップするのは請け合いです。

 同じような機能はPCサイトでも使うことができますが、個人的にはスマホアプリの方が使い勝手の完成度が高いと感じました。

(出典:NHKスポーツオンライン)
(出典:NHKスポーツオンライン)

参考:2018 FIFA ワールドカップ|NHKスポーツオンライン

■マルチスクリーンで拡がる新たな視聴体験の可能性

 「こんなスマホアプリ作ったら、外でもW杯観戦できちゃうから、家に帰ってテレビ放送見なくなっちゃうじゃないか。」と心配する人が出てくることも容易に想像できますが。

 今回のW杯アプリでは、テレビとスマホやタブレットを複数組み合わせてスポーツを観戦することで、従来の「テレビを通じたスポーツ観戦」という体験が、全く新しい体験に進化する可能性を見せてくれていると言えるでしょう。

 もちろん、NHKはテレビCMの広告収入が事業の中心である民放各局と異なり、受信料に支えられているからこそ、ここまで従来のテレビ放送の概念にとらわれない実験に取り組むことができているので、特殊な存在とは言えます。

 ただ、実は今回NHKのW杯アプリが実現したようなマルチスクリーン視聴が常識になれば、民放各局にとっても新たな収入の可能性が拓けてきます。

 従来のテレビCMを見ただけではわざわざ企業サイトや商品サイトを検索してくれなかったかもしれない視聴者を、スマホアプリからワンクリックで目的のウェブサイトに誘導することも可能でしょう。

 平昌オリンピックの際には、日本選手のメダル獲得後に綾瀬はるかさんが乾杯を促すテレビCMを流していたことが話題になりましたが、今後はマルチスクリーンであればスマホ側が連動して、その瞬間にワンクリックで記念グッズを購入したりすることも可能になるはずです。

参考:綾瀬はるかのコカコーラ乾杯CMで考えるテレビCMの未来

 もちろん、新しい広告や商品販売事業だけでなく、中継を通じたスポーツ事業の可能性も拡がるはずですし、スポーツ中継中にそのスポーツや選手を支援するクラウドファンディングを紹介したりすることも容易になるはず。

参考:カーリング協会の失敗に学ぶクラウドファンディング成功の3つの鍵

 

 いろいろと妄想は拡がります。

 当然ながら、NHKがこの太っ腹な実験に力を入れているのは、2020年のオリンピックを視野に入れているからこその取り組みなんだと思いますから、2020年までにNHKの取り組みが、どれぐらい進化していくのかも楽しみになりますよね。

 そういう意味では、個人的にはせっかくのスマホアプリなのに、今回のアプリでは、ツイッターなどのSNS連動機能が少ない点が少し残念だったりしますが。まぁ、それはそれ。

 長くなりましたので、今日のところはこの辺で。

 

 とにもかくにも、ここまで凄いアプリを開発してくれたNHKさんに感謝です。

 個人的には、なんとなくモヤモヤしたまま始まってしまった今回のロシアW杯ですが、NHKのW杯アプリが拓いてくれた新しいスポーツ観戦のカタチを存分に楽しませていただきたいと思います。

noteプロデューサー/ブロガー

新卒で入社したNTTを若気の至りで飛び出して、仕事が上手くいかずに路頭に迷いかけたところ、ブログを書きはじめたおかげで人生が救われる。現在は書籍「普通の人のためのSNSの教科書」を出版するなど、noteプロデューサーとして、ビジネスパーソンや企業におけるnoteやSNSの活用についてのサポートを行っている。

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