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地震大国の日本 地震予知は本当にできるのか?

巽好幸ジオリブ研究所所長(神戸大学海洋底探査センター客員教授)
(写真:ロイター/アフロ)

 新型コロナウィルスの感染拡大で、あの東日本大震災を忘れないための活動も縮小ムードだ。しかしたとえみんなであの大惨劇を振り返ることはできなくとも、地震大国に暮らす私たちには常に地震に対する覚悟と備えが必要である。一方で、3・11以降も熊本地震、大阪府北部地震などの被害地震が発生し、南海トラフ、首都直下地震などに対する切迫度も増している。そんな中マスコミ報道などでは、「地震予知」や「地震予測」が盛んに取り上げられている。

地震予知とは何か

 いわゆる「地震予知」とは、将来起きる地震または地震による揺れの場所、時期、そして大きさなどを知らせることだ。しかし地震予知と呼ばれるものには、少なくとも3つの異なった性質のものが含まれる(図1)。

図1 いわゆる「地震予知」の分類(巽原図)
図1 いわゆる「地震予知」の分類(巽原図)

 1つ目は、携帯電話やテレビで配信される「緊急地震速報(直前予報)」だ。日本全国に多数配置された地震計で観測した第一波(P波)の解析を行い、地震の位置と規模を瞬時に決定する。大きな揺れを起こす第二波(S波)はP波に比べて遅れて伝わるために、揺れの予報を出すことができるのだ。だから震源から離れた場所では「猶予時間」が生じ、心の準備や火元確認、それに最低限の避難に大いに役立つ。もちろん速報の配信が揺れの到達に間に合わないこともあるし、落雷などで誤報となる場合もある。しかし、このわが国が世界に誇るべきシステムは、相当信頼性の高い予報であることは確かだ。

 もう1つのカテゴリーが「短期予知」、いわゆる「地震予知」である。短期予知は地震の前兆現象を検知し、それに基づいて比較的近い将来に発生する地震の日時、場所、規模をある程度正確に、かつ比較的高い信頼性で予知するものだ。予知情報を発することによる人々の動揺や社会経済活動への影響を考えると、発生時期の誤差は数日以下、場所については概ね50キロメートル以内、規模についてはエネルギーが2倍になるマグニチュード0.2程度の誤差が許容範囲であろう。また信頼性に関しては、9割以上の確からしさは必要だろう(図1)。

 3番目のカテゴリーは現在政府が行っている「中長期予測」である(図1)。この方法ではまず、特定の活断層や海溝型地震の震源域について過去の活動時期から地震発生周期を求めて、それに基づいて将来の地震の発生時期や規模を確率論的に予想する。次にこの地震波の伝搬する際に通過する地盤の特性を評価して、各地の揺れを推定するものである。これらの結果は「地震ハザードステーション」上に公開され、250mメッシュで確率が示されている。

 このような確率論的地震動予測が行われるようになった背景には、先に述べた短期予知を目指した「地震予知計画」が、1995年に発生した兵庫県南部地震(阪神・淡路大震災)に対して全く無力であった反省に基づくものであった。

地震予知は可能か?

 先に述べたように、地震の短期予知、いわゆる「地震予知」を行うには、地震が起きる時期と規模を相当の正確さで予測できる前兆現象を検知することが前提となる。しかし現状では、十分な科学的根拠のある「前兆現象」は見つかっていない。従って現状では地震予知は不可能である。

 もちろん地震予知に成功したと吹聴する人たちもいる。最近では会員を募って予知情報をメール配信する場合が多いようだ。しかしこれらの情報の根拠となる観測データの取り扱いはとても科学的とは言えない。例えば、国土地理院が公開している「電子基準点」(複数の人工衛星からの電波を受信して、地殻変動を検出する地点)のデータを用いて異常な変動を前兆現象として地震予知を提供する「サービス」では、ノイズや必要な補正を行わないデータを用いて前兆としている。他にも長波長の電波による電離層の擾乱、地震活動の静穏期などを根拠に地震予知を行う「専門家」も存在するが、科学的根拠は極めて乏しく、実際予知は全くと言ってもいいほど的中していない。これらはとても「地震予知」とは呼べるものではなく、「予言」や「まやかし」の類と言ってもよいだろう。新型コロナウィルスとの関連でいえば、花崗岩が免疫力を高めるという話と同程度の「デマ」と認識するのが懸命である。

 では、政府が公開している「確率論的地震動予測」はどのように受け止めれば良いのか? この予測の根幹をなす考え(仮定)は、海溝域や内陸の地震断層域では、限られた場所である程度同じような地震が周期的に繰り返されるというものだ。しかし、3・11の元凶となった東日本太平洋沖地震では、特定の領域だけではなく、南北約500 km、東西約200 kmという広大な範囲でズレが生じた。このような状況は全く想定されていなかったのだ。このことは、2010年度版の地震動予測地図を見れば明らかであろう(図2)。

図2 2010年版確率論的地震動予測地図(巽原図)
図2 2010年版確率論的地震動予測地図(巽原図)

 また、内陸型(直下型)地震は極めて周期性が乏しく、さらには未知の活断層は地震予測に考慮されるべくもない。その結果、それほど地震発生確率が高くなかった(30年間で数%以下)熊本や大阪でも悲劇が起きた。

 従って、この確率論的地震動予測は最低限の目安として認識すべきであり、日本列島ではいつどこで地震に見舞われても不思議ではないという覚悟も持って備えることこそが、「変動帯の民」には必要であろう。

ジオリブ研究所所長(神戸大学海洋底探査センター客員教授)

1954年大阪生まれ。京都大学総合人間学部教授、同大学院理学研究科教授、東京大学海洋研究所教授、海洋研究開発機構プログラムディレクター、神戸大学海洋底探査センター教授などを経て2021年4月から現職。水惑星地球の進化や超巨大噴火のメカニズムを「マグマ学」の視点で考えている。日本地質学会賞、日本火山学会賞、米国地球物理学連合ボーエン賞、井植文化賞などを受賞。主な一般向け著書に、『地球の中心で何が起きているのか』『富士山大噴火と阿蘇山大爆発』(幻冬舎新書)、『地震と噴火は必ず起こる』(新潮選書)、『なぜ地球だけに陸と海があるのか』『和食はなぜ美味しい –日本列島の贈り物』(岩波書店)がある。

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