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箱根山大噴火への覚悟を かつて首都圏も襲った火砕流と火山灰

巽好幸ジオリブ研究所所長(神戸大学海洋底探査センター客員教授)
噴気をあげる箱根大涌谷(ペイレスイメージズ/アフロ)

 2015年6月、箱根火山で観測史上初めての噴火が起きた。幸い噴火はごく小規模だったが、大涌谷での激しい噴気活動の映像が連日のように報道され、気象庁も噴火警戒レベルを入山規制に引き上げたために世間は騒然となった。

 あれからわずか2年。箱根山は再び静寂な観光地に戻り、人々は温泉という「恩恵」に浴している。

 だが忘れてはいけない。都心からたった80キロメートルしか離れていないこの活火山は、過去に何度も大噴火を繰り返してきた。数十万年〜100万年と言われる火山の「寿命」を考えると、箱根火山が将来大噴火する可能性は極めて高い。

 この火山には「カルデラ」と呼ばれる直径約10キロメートルの凹地がある。芦ノ湖はそこに溜まった湖だ。カルデラは、地下に蓄えられた多量のマグマが一気に噴出してできた空洞の天井部分が陥没したものだ。箱根山では6万年前にもこの大事件が起きた。

6万年前の大噴火で降り積もった「東京軽石」と横浜を襲った火砕流

 関東平野の台地には、いわゆる「関東ローム層」が広く分布している。赤土とも呼ばれるこの地層は、富士山や箱根山、それに浅間山が噴き上げた火山灰が降り積もったものだと思われているが、そうではない。実は、乾いた地面から強風で巻き上げられた「土埃」なのだ。東京西部の武蔵野台地にも関東ローム層が厚く堆積している。その中に正真正銘の火山噴出物である軽石が厚さ10〜20センチほどの層をなす。「東京軽石層」だ。この軽石層は東京だけでなく神奈川県にも広く分する。しかも西へ行くほどに層は厚くなり、軽石のサイズも大きくなる。例えば大磯丘陵西部の大井町付近では、厚さ2メートル、軽石は10センチを超える。このような証拠から、東京軽石層の供給源は箱根火山だと考えられている(図:神奈川県立生命の星・地球博物館のデータを元に作成)。またその噴火は、上下の地層との関係や箱根火山の地質などのから、約6万年前に起きたと推定される。

6万年前の箱根山噴火に伴う「東京軽石」の分布と火砕流の到達範囲。
6万年前の箱根山噴火に伴う「東京軽石」の分布と火砕流の到達範囲。

 東京軽石層は、噴火時に立ち上がった巨大な噴煙柱(灰神楽)から飛び散った軽石が堆積したものだ。噴煙柱は、火口から噴き上げられた軽石や火山灰に火山ガス、それに周囲から取り込まれて膨張した空気のエネルギーが上昇力となって成長する。しかしこのエネルギーが失われると噴煙柱は崩壊し、柱の中の物資が一気に周囲へと広がってゆく。「火砕流」の発生だ。その温度は数百度にも達し、火砕流が覆った所は全てが焼き尽くされる。

 6万年前の箱根大噴火でも大規模な火砕流が発生した。東京軽石層の直上にこの火砕流が堆積しているのだ。火砕流の痕跡は、東は現在の横浜市保土ヶ谷区や三浦半島、西は静岡県沼津市を超えて富士宮市でも確認される(図)。他の火山の例からすると、火砕流は箱根からわずか1〜2時間で横浜に到達した。こんなにも広い地域が一瞬にして焼け野原と化したのだ。

箱根山大噴火への覚悟

 6万年前の大噴火がもし今起きたらどうなるか? 図に示すように、火砕流到達域には500万人近い人口がある。また、すべてのライフラインが停止する10センチ以上の降灰域には2800万人が暮らし、首都機能が集中している。箱根山大噴火は、この国そして日本人に大打撃を与える。

 ここで重要なことは、箱根山がこのクラスの大噴火を過去30万年間に4度も起こしている事実だ。この火山の地下で同じメカニズムでマグマが蓄積して大噴火に至るとすれば、箱根火山は約7万年に1度大噴火を繰り返す「くせ」があると言える。確率で表すと、今後100年間に大噴火が起きる確率は約0.2%。この一見低い確率の災害が、実は明日起きても不思議ではないことを忘れてはならない(「明日にも襲う巨大地震。その覚悟、ありますか?」)。さらに壊滅的な被害を考えると、箱根山大噴火の「危険値(=想定死亡者数×年間発生確率)」は100人近くになり、毎年のように起きる豪雨災害に匹敵する(「日本喪失を防げるか? ギャンブルの還元率から巨大カルデラ噴火を考える」)。

 それでもなおこの世界一の火山大国に暮らす日本人は、「そんなことが起きてもどうしようもないよ」と試練から目を背けるのか? 温泉や和食など火山活動の恩恵だけはちゃっかり享受しながら(詳しくは、「和食はなぜ美味しい:日本列島の贈り物」に)、無策のツケは子々孫々に回すと言うのか? 今すぐにでも、火山の息遣いを科学的に監視する一元的な体制を作り、長期的視点に立った「国土強靭化」を図るべきではなかろうか。

ジオリブ研究所所長(神戸大学海洋底探査センター客員教授)

1954年大阪生まれ。京都大学総合人間学部教授、同大学院理学研究科教授、東京大学海洋研究所教授、海洋研究開発機構プログラムディレクター、神戸大学海洋底探査センター教授などを経て2021年4月から現職。水惑星地球の進化や超巨大噴火のメカニズムを「マグマ学」の視点で考えている。日本地質学会賞、日本火山学会賞、米国地球物理学連合ボーエン賞、井植文化賞などを受賞。主な一般向け著書に、『地球の中心で何が起きているのか』『富士山大噴火と阿蘇山大爆発』(幻冬舎新書)、『地震と噴火は必ず起こる』(新潮選書)、『なぜ地球だけに陸と海があるのか』『和食はなぜ美味しい –日本列島の贈り物』(岩波書店)がある。

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