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AIフェイクニュースで破壊される民主主義

田代真人編集執筆者
(写真:ロイター/アフロ)

 米マーケティング会社Miniwatts Marketing Groupによると、2017年末時点で世界の人口約76億人のうちネットに接続している人々は約41億人、世界人口の54.4 %がネットに接続しているという。これは2000年と比べると1,052%の増加、約10倍である。これは、シンギュラリティといわれる指数級数的伸びを考慮すると、ここ数年で世界中のほとんどの成人がネットにつながることを意味する。

世界各地域のネット浸透率 (https://www.internetworldstats.com/stats.htm copyright:Miniwatts Marketing Group)
世界各地域のネット浸透率 (https://www.internetworldstats.com/stats.htm copyright:Miniwatts Marketing Group)

 そのような状況下、近年ネットでは“フェイクニュース”という言葉が世間一般に認知されている。これは言わずと知れたトランプ効果であることは疑いの余地がない。以前から大手メディアには“誤報”はあった。ただ今回のフェイクニュースには、誤報とは異なり「目的」がある。大手メディアによる誤報は意図せずして起こるもので目的はない。もちろん誤報が判明したときは速やかに訂正をすることがルールである。

 フェイクニュースの目的の、その多くは単純にアクセスを集中させること、と同時に、ある言説を流布することにある。

 アクセスを集中させる理由は手っ取り早く稼げるからである。インターネットは、登場当初からECサイトなどを除けば、ネット内で稼ぐためには広告収入を得ることが最有力だった。とくに情報が商材となるコンテンツ産業は、ネットユーザーの「情報は無料」という感覚を拭うことができず、いまだに大きなビジネスにはなっていない。であれば情報を無料で掲載して、広告でマネタイズしていくことが重要になってくる。

 とくにGoogleが2003年にAdSense(アドセンス)を開始してからは、企業のみならず個人のブログにも手軽に広告を貼ることができるようになった。個人でさえもアクセスを集めれば、簡単に広告収入を稼ぐことができるようになったのだ。であれば、とにかくアクセスを集めるためにウェブサイトは“アクセス至上主義”にならざるをえない。

 そのようにして大手企業でさえも“アクセス至上主義”に陥った結果、2016年には大手IT企業であるDeNA(ディー・エヌ・エー)が開設していた医療系サイト『WELQ(ウェルク)』に掲載されている情報がフェイク記事だらけだと多くのユーザーから非難され、DeNAが運営していた同様のサイトとともに閉鎖に至った。これはまさしく広告収入のみに頼る情報サイトが陥る末路であった。この場合、運営主体が上場企業ということで“社会的責任”を問われて閉鎖に至ったわけではあるが、同様のサイトは個人サイトなど含めると、実はいまだに数多く存在している。そして毎日のように量産されているのだ。

 一方、ある言説を流布することが目的のフェイクニュースの出現は、2016年の米大統領選が発端になった。ウェブを利用した米大統領選は、2008年のオバマ前大統領がソーシャルメディアをうまく活用して当選したと話題になった。このときは、自身の選挙運動を有利に進めるためのウェブ活用であり、相手を貶めるためのものではなかった。

 しかし2016年のそれは、選挙戦の最中から“フェイクニュース”という言葉が飛び交い、ウェブはトランプが民主党およびヒラリー・クリントンを貶めるための情報戦のツールとなった。それに加え、最近判明したのが米上院司法委員会が今年1月に公開した文書である。ここにはTwitter社の調べで、ロシアが関与するボット(ロボット)が2016年9月1日〜11月15日の間、トランプのツイートを約47万回リツイートしたと報告している。

 Twitterでは、例えばトランプがツイートした内容が、彼をフォローしている人のタイムラインにいつも自動的に表示される。たとえそのツイートがタイムラインから見えなくなってしまっても彼のツィートをだれかがリツイートすればまたトップに表示される。そのツイートはリツイートした人のフォロワーにも表示され、多くの人々に情報が拡散される。

 今回、大統領選最中に、それをボットが自動的におこなったというものだ。彼のツイートが拡散され、頻繁に多くの人々のタイムラインに表示された。いつもいつもトランプ礼賛のツイートが表示されると意識せずとも人々の意識内に刷り込まれることは想像にかたくない。その結果の大統領選だったわけである。

 このように近年のボットによる自動化はすでに我々の想像以上のスピードで進化し、また、あらゆるネット上の行為が自動化されている。最近では、興行チケット購入の9割がボットによるものであったという報道もあった。超高速での売買は、もはや人間には不可能だ。しかしボットはそれをやってのける。この行為により、多くのチケットが転売業者に渡り、一般のユーザーは正規チケットを購入できないという問題が起こっている。

 先の大統領選では、一方で、事実と異なるフェイクニュースがネットで流され、その情報が拡散されるということも起こっている。その情報を信じた人による発砲事件にまで発展していったこの事象は悪意をもったフェイクニュースメイカーの手によるものだった。

 近年、人工知能(AI)の進化で、ニュース記事の“生産”もコンピュータにより行われるようになっている。となれば、我々の社会は、シンギュラリティを間近にして、AIによってフェイクニュースが大量生産される日々がやってくることは容易に想像できる。いや、すでに我々の知らないところでそうなっているのかもしれない。

 はたして我々はそれに立ち向かえるのだろうか? つまりネットに流れ、日々目にする情報の真贋を見極めることができるのであろうか。もし「できない」という答えを出すのであれば、それは民主主義の敗北にもなりかねない。

 メディアの進化は人々の思想を変えていく。グーテンベルクの活版印刷技術の登場によって、ルターの宗教革命が導かれたように。そしてそれは、その後の歴史を振り返るまでもなく、社会を変えていくのである。今後、世界の民主諸国では真贋ない交ぜになった情報により、我々民の考えが変えられていき、その事象は“民主主義”の旗印の下、社会を変えていく可能性が高い。

 そこにはもはや仮想と現実が区別されることなく、暗澹たる現実のみが横たわることになる。そのような社会を避けるために我々がいまなすべきことはなにか。いまこそ深く考えていかなければならないのである。

編集執筆者

1963年福岡県出身。86年九州大学工学部卒業後、朝日新聞社入社。その後、学習研究社にてファッション女性誌編集者、ダイヤモンド社にてWebマスター、雑誌編集長、書籍編集などを経て、2007年メディア・ナレッジ設立。代表に就任。出版&電子出版、Webプロデューサー、PRコンサルタントとして活動。現在は、駒沢女子大学教授、桜美林大学非常勤講師を務める。専門は「コミュニケーション」「編集論」。

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