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聖光学院と熊本県人吉市の若者が、シリコンバレーで多様性を学ぶ

松村太郎ジャーナリスト/iU 専任教員
異国の地でコラボした日本の高校生が受けた刺激とは?(写真はすべて筆者撮影)

サンフランシスコ、シリコンバレーは、テクノロジーをはじめとする新しいビジネスが盛んに発達するところです。そこで暮らしていると、起業家精神や、社会や都市の問題を自分たちが解決するという当事者意識に数多く触れる事ができます。

その中で、多様性については、常に考えさせられます。

これは私にとっても、日本で30年暮らしていてなかなか触れる事ができない感覚でした。日頃暮らしている習慣や社会の仕組みの中で、自分が「当たり前だ」と思っていたことが、すぐ隣の人にとっては「当たり前ではない」ということです。

例えば、日本で生まれた絵文字は、AppleやGoogleのモバイルOSを通じて世界中の人々の「共通言語」になりました。その過程で、肌の色を変更できるようにしたり、世界中の食べ物や食材が追加されたり、車椅子や手話などのアクセシビリティ絵文字も追加されます。絵文字が日本から外に出なければ、起きなかった進化だったでしょう。

また、共通の認識やそれを共有するための言葉や指標を作り出して流通させたり、多くの場合コンピュータで処理可能なデータとなるため、これを最適化するビジネスが生まれたりしています。多様性は、新しい価値を生み出す源泉にもなっていました。

サンフランシスコ、シリコンバレーを訪れ、見聞し、人と話すことは、どんな世代にとっても非常に価値のあることだと思う理由が、ここにあります。そして、これは個人的後悔でもありますが、できるだけ早くこの感覚に触れることが、どんなに貴重な体験か、思い知らされるのです。

2年ぶり、2回目のコラボレーション

先日、多様性に触れる体験をした高校生たちに出会いました。2018年3月25日、サンフランシスコ市内にある唯一の日系のコワーキングスペース、DG717 (日本のデジタルガレージが運営)で行われたのは、「Rediscover yourself through embracing diversity」(多様性を受け入れて、自分自身を再発見しよう)と題したアイディアソンのイベントでした。

神奈川県にある中高一貫校、聖光学院の中学3年〜高校1年の生徒20名が参加するシリコンバレー研修と、熊本県人吉市の「青雲の志」育成事業に選ばれた6名が、それぞれ異なる目的でシリコンバレーを訪れており、日曜日の夕方、コラボレーションのイベントが行われたのです。このイベントを企画したのは、シリコンバレー生活がもう18年目になるという外村仁さん。

外村さんは、コンサルティングファームを経てAppleに入社後、ヨーロッパでMBAを取得し、2000年にシリコンバレーでストリーミング技術の会社を起業し、Evernoteなどの複数のスタートアップの成長を推し進め、また日本企業の進出もサポートしてきました。そして、人吉がある熊本県出身でもあります。

聖光学院の海外研修は毎年行われており今年で4回目、人吉市の事業は2年に1度で今年が3回目。コラボイベントは2年前に始めて開催され、互いの生徒にとって「最も印象に残るイベントだった」と感想が出たことから、2回目の開催が実現しました。

冒頭では、前回の合同イベントに参加した先輩による ショートビデオの上映から始まりました。

2年前のイベントで聖光学院と人吉高校の生徒として出会った二人が、東京の慶應義塾大学に進学して再会していたのです。聖光学院を卒業した濱村さんは昨夏、2年前のアイディアソンで知り合った溝口然さんと大学のキャンパスで再開。溝口さんの故郷の人吉を実際に訪問したことが報告され、一期一会で終わらせない出会いの現場となったことが、会場の感動を誘いました。

イベントの様子を短いビデオクリップにまとめました。

Hypothesis-Driven

ビデオのあとにアイスブレイクを経て、「近くにあるもので高いタワーを作ろう」というテーマで、常識を疑うセッションが展開されました。この議論をリードしてくれたのは、この日メンターとしてボランティアで参加してくれた橋本智恵さんでした。

彼女は現在入学することが極めて大変なことで有名なオンライン大学、ミネルバ大学の生徒でもあり、 EdTechWomen Tokyoという教育サイトを主宰されています。

ミネルバ大学

EdTechWomen Tokyo

テーブルの上に様々なモノを積み上げて高さを競う競争が展開される中、あるテーブルは平べったいタワーが作られていました。高校生たちが持っていたスマートフォンやタブレット、ノートパソコンなどが重ねられたテーブルにできたのは、最も金額が高いタワーだったのです。

「高い」というと物理的な高さを思い浮かべるかもしれませんが、他にも高さの尺度はあります。それを発見して実現させると、他の人とは異なるアイディアが作られていきます。会場で生まれた異なる価値観によるタワーに、会場中がハッとさせられました。

新しいアイディアを生み出すには、知識や経験、発見から得られる仮説が必要となります。この考え方は「Hypothesis-Driven」(仮説主導型)と言われています。

教育現場ではしばしば、日本と欧米の対比の際に耳にする言葉で、日本ではデータや学習したことを元に研究を作り出す傾向があるのに対して、欧米では作られた仮説を元に研究が計画されるといいます。

あらかじめ「ストーリー」を仮定して研究しますが、その仮説が外れていれば、仮説から作り直すことになります。一方、データが得られてからそこにストーリーを見出すことが難しく、結果的に仮説を持った行動が最短ルートとなることが多いのです。

日本の教育で重視されなかった仮説作りに、多くの人は臆病になりがちでしたが、タワー作りを通じて、勇気を持って仮説を作って良い、という意識が浸透していきました。

人吉について考える

共通認識を得るため、人吉、横浜(聖光学院所在地)についてプレゼンをしました。
共通認識を得るため、人吉、横浜(聖光学院所在地)についてプレゼンをしました。

イベントの後半は、お互いの地域の良いところ、問題点について議論し、未来に向けた提案をしようというアイディアソンになりました。人数の比もあり、6チーム全てが人吉の未来について考えるテーマを選びました。

各チームには、サンフランシスコやシリコンバレーの企業などで働くメンターが参加しました。たった20分で議論し、良いアイディアをまとめ、スライドまで作るというスピードには、メンターをはじめ取材していた私もとても驚かされました。

しかも、出てきたアイディアがどれも非常に面白い提案でした。人吉市にある若者流出と過疎化、文化財の保全といった問題点を、様々な角度から解決に導こうとしていたからです。

20分という短い時間に、議論をしてアイディアをまとめ、スライドまで完成させるリテラシーの高さには驚かされる。
20分という短い時間に、議論をしてアイディアをまとめ、スライドまで完成させるリテラシーの高さには驚かされる。

例えば街おこしの2つのアイディアは、アニメによる聖地化やマラソン以外の競技大会開催が提案されました。また観光業の促進をテーマとした2グループは、古都鎌倉を例にしたり、課題となっている『新幹線駅からの移動』を逆手に取るアイディアは鮮やかでした。

また教育にフォーカスしたグループは、通信高校のキャンパス作りや、そこでしか学べない特色ある学部を持つ大学創設といった案が出てきました。繰り返しになりますが、こうした自治体も実際に検討しうるアイディアが、高校生の20分という短い時間から生み出されたのです。

発表はグループごとに行われましたが、皆堂々と、またハキハキと自分たちのプランを紹介していた姿は、頼もしいばかりでした。

それぞれの目的が交わる

聖光学院と人吉市の事業は、それぞれ別の目的を持っています。

聖光学院では、シリコンバレーでの起業家精神を学ぶ事とともに、海外の大学の視察というもう一つの目的がありました。これまで日本の受験、言ってしまえば東大合格が最大の進学におけるゴールだった同校においては、生徒にとっても、教員にとっても大きなチャレンジだったそうです。

聖光学院のシリコンバレー研修を引率する佐藤貴明さん(左)、 百武沙紀さん(右)
聖光学院のシリコンバレー研修を引率する佐藤貴明さん(左)、 百武沙紀さん(右)

引率に来ていた聖光学院の教諭、佐藤貴明さんは、「研修を始めてから海外大学志望者が初めて現れ、どのように生徒をサポートするのか、教員側も学びながら変化した」とふりかえります。海外の学校にいるような進学をサポートするカレッジカウンセラーのような役職もなく、視野を広げて体制を整えるべく、動き始めたと言います。

また同じく聖光学院の教諭、百武沙紀さんは、「リーダーシップやプロジェクトを作る能力を生かす生徒が増えています。3年連続で研修参加者から生徒会長が生まれました。またアイディアソンを学校内でもやりたいと企画し、他校とも連携した学外のイベントに発展させています」と学校内外に体験を伝え拡げていく生徒たちの活動も現れていると言います。

街の将来を担う人材を

一方人吉市の「青雲の志」育成事業は、人吉出身でサンフランシスコに渡り、日米で活躍した初めての歯科医師となった一井正典氏の足取りと学びを追いかけることを目的にしていました。

倉吉市「青雲の志」育成事業を引率する源島梢さん(左)、立山まき子さん(右)
倉吉市「青雲の志」育成事業を引率する源島梢さん(左)、立山まき子さん(右)

人吉市教育委員会で社会教育課生涯学習係を務める源島梢さんは、育成事業のきっかけを次のようにふりかえります。

「同じく人吉出身でシリコンバレーで起業しているPixera Corp.の井手祐二さんが、人吉高校80周年記念の基調講演に立ったことがきっかけで、6年前から2年に1度開催している研修事業です。参加者は1人10万円を自己負担してもらい、残りの費用はふるさと納税の資金を活用させて頂いています」(源島さん)

また引率している人吉市のお茶の老舗、立山商店の立山まき子さんは、研修参加者の活躍にも期待しています。

「参加した生徒たちは人吉の未来について、真剣に考え、行動してくれるようになります。地元のイベントに積極的に参加したり、地元の若者のために大学の情報を提供する会社を高校3年生で起業した生徒もいました。

人吉には大学がなく、毎年400人の若者が進学のために出て行きます。歴史・文化的な遺産が豊富な街が限界集落になることは、既に見えている未来なのです。活躍する人材を育てることは、地元に刺激を与え、また人吉の未来を創るために帰ってきたり、外から影響を与えるようなチームができあがることを期待しています」(立山さん)

問題設定力が重要な時代

外村仁さんの呼びかけで、シリコンバレーで活躍する日本人がメンターとして一堂に会した
外村仁さんの呼びかけで、シリコンバレーで活躍する日本人がメンターとして一堂に会した

今回で4回目を迎える聖光学院のシリコンバレー研修に毎回協力している外村仁さんは、アイディアソンの意味やその進化をこう語ってくれました。

「2年前のイベントでは、生徒たちに日本町を自分で歩いてもらって、高校生の視点から街のかかえる問題点を探し、そして自分たちのアイディアでその問題点を少しでも解決し、世の中を少しだけよくした実感を持つ、という体験をしてもらいました。

これまでの日本では「与えられた課題を解く力」が重要視されてきましたが、これからは「問題解決力」よりも「問題設定力」が重要と考えるからです。

実際このとき短時間で生徒たちが見つけて来た日本町の課題と解決のための提案には、明らかに通常の視点と違うものがあり、日本町に住む日系人の重鎮たちもそのアイディアに感心しつつ、遠い祖国からやってきた若者の活躍に目を細めておられました。

つまり生徒は、問題を発見し、解決の案を作り、それが人に喜びを与えることを実感してくれたわけです。

その前回の経験に加え、たまたま起こった濱村さんと溝口さんの再会、そして、生まれた時から横浜しか知らなかった濱村さんの口からこぼれた「この夏、自分の故郷を見つけました」という言葉。

それが関係者の感動を呼んで、今回の「お互いの町をよくしよう」というアイディアソンにつながったのです」(外村さん)

帰国してからの活動にも期待

生徒たちにとっては春休みの貴重な体験となったシリコンバレー・サンフランシスコ研修と、お互いに刺激を与え合ったアイディアソン。参加した生徒はお互いの親睦を深め、それぞれの旅路を全うすべく分かれていきました。

聖光学院の今回参加した生徒には、日本に戻ってから何かプロジェクトを起こそう、0を1にする経験をしよう、というテーマがあります。

そして人吉から参加した生徒には、自分たちの体験を共有し、人吉をなんとかしたい、という思いを形にするムーブメントを起こして、街を救う大きなミッションがあります。あるいはアイディアソンのように、再び聖光学院と人吉の生徒がコラボレーションをするかもしれません。

研修中に出会った人々や、同じ研修を経験した先輩とのつながりを大切にしながら、1人1人がアクションを起こし羽ばたいてくれる。確信にも近い期待が、会場を満たしていく様子が伝わってくる、そんな力強いイベントでした。

ジャーナリスト/iU 専任教員

1980年東京生まれ。モバイル・ソーシャルを中心とした新しいメディアとライフスタイル・ワークスタイルの関係をテーマに取材・執筆を行う他、企業のアドバイザリーや企画を手がける。2020年よりiU 情報経営イノベーション専門職大学で、デザイン思考、ビジネスフレームワーク、ケーススタディ、クリエイティブの教鞭を執る。

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米国カリフォルニア州バークレー在住の松村太郎が、東京・米国西海岸の2つの視点から、テクノロジーやカルチャーの今とこれからを分かりやすく読み解きます。毎回のテーマは、モバイル、ソーシャルなどのテクノロジービジネス、日本と米国西海岸が関係するカルチャー、これらが多面的に関連するライフスタイルなど、双方の生活者の視点でご紹介します。テーマのリクエストも受け付けています。

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