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Dropboxの大学コンペ「Space Race」をなぜやるのか?日本の大学のランクは?

松村太郎ジャーナリスト/iU 専任教員
卒業生向けアドレスで筆者も参加。あと300人以上新規ユーザーを集めないと…。

Dropboxは、Appleが買収を検討したこともあるという、クラウドストレージサービスです。現在は無料で3GBの保存領域をもらうことができ、ここに自分の好きなファイルを保存することができます。

Dropboxが優れているのはオンラインの保存領域をWindowsやMacの手元のパソコンのディスクのように利用できる点です。つまり、手元のフォルダに保存すれば、自動的にクラウドに同期され、クラウド利用やバックアップができます。そしてこれらのファイルは、同じDropboxアカウントでログインしているスマートフォンやタブレットのアプリ、あるいは他のパソコンにも自動的に同期されます。

複数のデバイスに分断された作業ファイルを、「意識することなく」引き継げる点で、筆者としては、手放せないサービスとなりました。この「意識することなく」という実装がAppleの求めていたクラウド像に合致していることはいうまでもありません。

そのため、.mac、MobileMeとイマイチ振るわなかったAppleのオンライン、クラウドサービスをテコ入れするためにDropboxを買収しようとしたことが想像できます。ところがDropboxはこれを断ったことから、Appleはユーザー全員に5GBの領域を与え、アプリの書類や写真を保存・共有できるiCloudを立ち上げることになりました。

大学がボーナス記憶容量を競う「Space Race」

Dropboxは無料で3GBの容量が割り当てられ、有料プランにすると100GB、200GB、500GBの容量が利用できる仕組みです。また、例えばスマートフォンの写真のアップロードなど、アプリの新機能を試すと2GBのボーナスを追加、といった記憶容量増加をインセンティブにしてユーザーのアクションを促すマーケティング施策を多彩に用意している点もユニークです。

その中で今回行われていたのが、世界の大学で競う「Space Race」。大学のメールアドレスの友人をDropboxに誘うと2ポイント、その人が新たにDropboxを使い始めたら4ポイント、というルールにし、メールアドレスのドメイン名(=大学名)でポイント数を競うというルールです。ポイントに応じて、最大25GBの追加容量が2年間、学校のDropbox全員に付与されるという仕組み。

ランキングを見てみると、米国時間12月8日現在、National University of Singaporeがトップ。2位がNational Taiwan University、3位がPolitecnico di Milanoというランキング。トップのシンガポール国立大学は2万人ものユーザーが参加し、おそらくこのままゴールするでしょう。米国のトップは筆者が住んでいる街にあるカリフォルニア大学の本校、University of California Berkeleyで世界ランクは5位。

ちなみに、12月上旬までは、まさにセメスターの試験や課題提出のかき入れ時で、学生がコンピュータに張り付いている時間が非常に長くなります。便利で安全なファイル管理手段として学生にDropboxを提案するにはもってこいの時期、ということもあります。

Lean Startup Confferenceにも登場したDropbox、

Space Raceの狙いとは

2012年12月3日、4日の2日間、San Franciscoで開催されたLean Startup Confference。今年で3回目となるイベントは、同名の書籍「Lean Startup」の著者Eric Ries氏と、効率的で持続可能なビジネスをを実践している企業が事例を持ち寄るイベントでした。イベントの構成も、10分ほどの長めのトークと、5分のトークを織り交ぜ、緩急が付いたとても情報量の多いイベントです。

このイベントのエッセンスは、また別途ご紹介します。このイベントにDropboxもQ&Aセッションに登場し1年間のトライ&エラーについて応えていました。

Lean Startup Confferenceの今回のイベントでは終始、「仮説を立て、プロトタイピングをし、効果を計測、フィードバックする」というメソッドを回しながら、大きな戦略の中で確実に成長をつかんでいこうというアイディアでした。そこにDropboxが登場していることと、今回のSpace Raceを眺めていて、こんなことを考えました。

浮かび上がる戦略は「Dropboxは大学のユーザーを増やそうとしている」ということ。その手段として、大学同士で競わせるゲーム要素を取り入れたレースを仕掛けた、ということです。大学生のうちから利用してもらうことによって、BYODならぬBYOC(Bring Your Own Cloud)が進み、企業でもDropbox採用が将来的に促進されるという狙いもあるかも知れません。

しかしDropboxがSpace Raceで得られるのは新規ユーザーと将来のビジネスアカウントだけではありません。どこかの会社に任せてリサーチをする以上のマーケティングデータが得られるのです。

Great Space Raceの大学ランク。トップはシンガポール、2位台湾。
Great Space Raceの大学ランク。トップはシンガポール、2位台湾。

スコアボードを見てみると、大学内のユーザー数とポイント数の多さが必ずしも比例していない大学があります。例えば世界9位のSumy State University(ウクライナ)と10位のミュンヘン工科大学(ドイツ)は、後者の方がユーザー数が多いのに、Sumy State Universityがポイントで上回る結果を示します。

元々使っているユーザーが多い大学は、ユーザー数は多くなるものの、新規にセットアップしたユーザーは少なくなることから、ポイントが伸び悩みます。新規開拓が効果的に進んだ大学ほど、学生1人あたりのポイントが6に近づくことがわかるのです。

こうした計測結果を分析することで、大学全体、あるいは各地域でのマーケティング施策やローカライズへの取り組みを考え、次の一手を打つことにつながります。何より、大学生は自分の学校を勝たせようと盛り上がりますよね。そうした話題を与えることだけでも、定量以外の定性的な効果、つまりブランディングにつながるはずです。

日本の大学は100位ランク外、考えられる理由は?

日本の大学の順位。東大がトップだが、世界ランクは100位の圏外。
日本の大学の順位。東大がトップだが、世界ランクは100位の圏外。

残念ながら、日本の大学は世界ランクの100位以内には入りませんでした。クラウドサービスの1つのキャンペーンで勝ったから何が偉いか、と問われれば別にどうという話でもないのですが、ランキング上位を見ていると、米国や英国で作られる世界大学ランキングを想起させますし、そこに入っていないながらこのレースの上位に食い込んでくる大学には俄然興味が湧いてきます。考えられる理由は何でしょうか。

・Dropboxを知らなかった

そもそもの問題ですし、これもDropboxにとっては貴重なマーケティングデータになることは間違いないのですが、世界の大学生が積極的に利用しているサービスを日本人が触れていないというのも、デバイスやクラウド活用の習熟度の面で、後々何らかの影響が出てきそうな気がします。大学生向けでも、スマートフォンに入れるべき無料アプリとしてDropboxは筆頭で紹介されています。これは筆者の予想ですが、スマートフォンユーザーの学生のDropbox率と、非スマートフォンユーザーの学生のDropbox率を比較すると相関が出るのではないでしょうか。

・Space Raceを知らなかった

Dropboxは10月からSpace Raceを始めており、いくつかの日本語ブログでは取り上げられていましたが特にメディアが取り上げている記事はありませんでした。またDropboxも自社のウェブサイトとブログ以外に情報を出していないため、誰かが見つけて口コミで広め始めなければ、なかなか爆発的に火が付かなかったのかも知れません。また、ただ単にDropboxを利用してるだけだと、こうしたキャンペーンを目にするチャンスはないので、これはDropboxがユーザーに上手くブログを読ませる工夫をすべきなのかも知れません。

・大学のメールアドレスは卒業と同時になくなる

米国では多くの大学で、卒業生にもメールアドレスを提供していますが、日本では卒業と同時にメールアドレスが使えなくなってしまいます。筆者が通っていた慶應義塾大学湘南藤沢キャンパスでは当時、年間1万円でメールアドレスを残すことができましたが、Gmailなどの無料メールもあることから、割高感は否めません。また大学を卒業するとアドレスがなくなることが分かっていれば、こうしたネットのサービスをあらかじめGmailで登録しておこう、というのも理解できます(筆者も槽でした)。そのため、卒業生の参加が難しい事が考えられます。ちなみに筆者は、慶應大学の卒業生向け転送メールアドレスを取得していたので、このアドレスで参加することができました。

皆さんが考える理由はなんでしょうか。何か思いついたら、ぜひ教えて下さい。こうした情報が出てくると、Dropboxほど生の情報でないにしても、考えるきっかけになりますよね。これがフィードバックの力、ということでしょうか。

ジャーナリスト/iU 専任教員

1980年東京生まれ。モバイル・ソーシャルを中心とした新しいメディアとライフスタイル・ワークスタイルの関係をテーマに取材・執筆を行う他、企業のアドバイザリーや企画を手がける。2020年よりiU 情報経営イノベーション専門職大学で、デザイン思考、ビジネスフレームワーク、ケーススタディ、クリエイティブの教鞭を執る。

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米国カリフォルニア州バークレー在住の松村太郎が、東京・米国西海岸の2つの視点から、テクノロジーやカルチャーの今とこれからを分かりやすく読み解きます。毎回のテーマは、モバイル、ソーシャルなどのテクノロジービジネス、日本と米国西海岸が関係するカルチャー、これらが多面的に関連するライフスタイルなど、双方の生活者の視点でご紹介します。テーマのリクエストも受け付けています。

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