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富士通主将、柳田百織。V1昇格の夢を果たし、大学の先輩藤井直伸と「また一緒にバレーがしたい」

田中夕子スポーツライター、フリーライター
主将としてV1昇格に挑む柳田百織(写真/Vリーグ)

週5日フルタイム勤務のサラリーマン主将

 土日の試合を除けば、練習は週に二度。シーズン中はほぼすべての時間をバレーボールに注ごうと思えばそれも可能なV1選手と異なる環境と比べて嘆くのはもうやめた。

 富士通カワサキレッドスピリッツ、主将の柳田百織(もおり)は間もなく迎える16/17シーズン以来となるチャレンジマッチに胸躍らせていた。

「ここ数年を見ても、選手個々の力やチームとしての組織力は一番いい。(S1)ライセンスがある中で迎えたプレッシャーのかかるシーズンでしたが、入れ替え戦の権利を得ることができた。今まではどこかで、負けても仕方ない、と思っていましたが、今回は少し違いますね。勝負にこだわって、勝ちを求めて、いいマインドで臨むことができそうです」

 今年で30歳。チームの主将を務めて4季目となり、チームも四連覇。V1、V2のカテゴリーの違いこそあれ、オポジットとして今季は敢闘賞を初受賞するなど、バレーボール選手としてのキャリアも残してきた。

 一方では人事部で働くサラリーマンでもあり、平日は毎日フルタイムで働くのはもちろん、残業もする。火曜と金曜が練習日だが、勤務状況によっては必ず全員が集まれるわけではない。「折り合いをつけるしかないと割り切ってきた」と言いながらも、入社して3年が過ぎる頃までは、大学時代よりも限られた練習環境に不満を抱くこともあったと振り返る。

 だが、置かれた環境は厳しくとも、社内や学生時代の友人、コロナ禍でリモートマッチも増えはしたが、自分たちの試合にお金を払ってチケットを購入し、駆けつけてくれる人たちもいる。その都度届く応援の力と、共にV2で刺激し合うライバルの存在が柳田を強く、逞しくした。

「仕事が忙しいことを言い訳にしたこともありました。でも、その環境で自分のパフォーマンスが衰えているかというとそうではなくて、大学時代までは打てなかったバックアタックも打てるようになったり、できることは確実に増えているんです。僕らのように企業母体のチームだけでなく、ヴォレアス(北海道)やヴィアティン(三重)というプロクラブ、地域に根付いたクラブチームがどんどん強くなって、1つも負けられない、1セットも落とせないとバチバチしながら戦えることも、選手としては本当に面白い。チーム、クラブとしての在り方は異なるかもしれませんが、V2優勝、そしてV1昇格。目指す場所が同じ仲間として、刺激と元気をもらえる存在です」

同じ小学校で同じ“柳田”「マサとV1で対戦したい」

 チーム数、試合数が増えた今季、ほぼすべての試合に出場し、406得点はチーム最多。富士通は五連覇、ヴォレアス北海道は初優勝がかかった最終戦は「優勝したい。入れ替え戦に連れていきたいという思いが空回りした」と苦笑いを浮かべるように、2セットを先取しながらも、ヴォレアス北海道のサーブ&ブロックの前に逆転でフルセット負けを喫した。

 チームの“個性”として、劣勢でも時におちゃらけて、楽しさを全面に出すのもスタイルの1つではあるのだが、ヴォレアス北海道のホームゲームの雰囲気に圧倒された、と振り返る。

「アウェイであってもあの雰囲気は最高で、最初は(観客を)少しでも自分たちの味方に巻き込みたいと思っていたんです。でも途中から相手に押されて、自分のプレーも全然できない。全く余裕がないまま、最後は圧倒されました」

 V2でしのぎを削った相手がいたように、天皇杯や黒鷲旗に出ればV1のチームと対戦する機会もあり、その都度「自分もこのレベルで勝負してみたい」と憧れを抱くのはごく自然なこと。もっと強い相手と戦ってみたい。そう思う柳田には、具体的に描く相手がいる。

 同じ“柳田”で小学校の同級生。柳田将洋だ。

「マサは昔からずば抜けていて、高校1年の春高で強豪ぞろいの地獄のブロックをバンバン勝ち抜いて、あっという間にスターになった(笑)。大学から日本代表に選ばれたのも当然だと思っていました。子供の頃は同じレベルでバレーをしていたのに、急に手が届かない場所へ行ってしまって、今も“マサはすごいな”と見上げているかもしれないですけど、いつかマサと同じ場所、ステージで試合をしてみたいな、と思いますね」

「高校時代からスーパースター」と仰ぐ同じ“柳田”とのV1での対戦も目指す目標だ
「高校時代からスーパースター」と仰ぐ同じ“柳田”とのV1での対戦も目指す目標だ写真:築田純/アフロスポーツ

「藤井さん、来年は同じステージで戦いますよ」

 社内の人たちや学生時代の友人、チャレンジマッチが近づくにつれ「頑張れよ」と声をかけられ、連絡をもらう機会も増えた。その1つ1つに励まされる、と笑い、少し伸びた坊主頭を触り、柳田自身が抱く、特別な思いも口にする。

「僕のモットーはどんなことも最大限楽しむこと。だから入れ替え戦もめいっぱい楽しみたいし、見て、応援してくださる人にも楽しんでほしい。それから、藤井さんにも試合を見てほしいし、笑ってほしいです」

 2月27日に胃がんを公表した藤井直伸は、順天堂大の1つ上の先輩で、学生時代から気心の知れた「一番長い時間を過ごした」大事な先輩であり、大切な友人だ。病状を伝える知らせを受け「言葉にならなかった」と言うが、藤井が自らのインスタグラムで発表する前夜、川崎でのホームゲームを終えたその足で三島を訪れた。

 しかも、頂点だけを長く残したままの坊主頭で。

「藤井さん、ここ、バリカンで刈ってもらえませんか?」

 互いに病気のことなど触れず、笑いながら髪を刈る藤井の姿を見て安堵し、翌日も試合へ。前触れもなく坊主頭になった柳田に「何かやらかしたのではないかと、チームメイトもざわついていた」と笑うが、事情を説明するうち、涙がこぼれた。

「バレーボールができることは当たり前じゃない。たくさんのことに気づかせてもらったし、何よりまた、藤井さんと一緒にバレーがしたいです」

 9、10日の両日、小田原アリーナで開催されるチャレンジマッチでは大分三好ヴァイセアドラーと対戦する。V1で9位とはいえ、格上の相手で強さは承知の上。だがそれでも、楽しく、やるべきことをやりきれば勝機はあると信じている。そして、どうしても勝って、やりたいことがある。

「藤井さんにLINEして、言いたいんです。“来年は同じステージで戦いますよ”って」

 これまでとは異なる、V1昇格に向けた、特別なチャレンジマッチが間もなく始まる。

学生時代からのよき仲間、先輩である藤井(写真左)のためにも、勝利を信じ、思いを背負って戦う(写真/本人提供)
学生時代からのよき仲間、先輩である藤井(写真左)のためにも、勝利を信じ、思いを背負って戦う(写真/本人提供)

スポーツライター、フリーライター

神奈川県生まれ。神奈川新聞運動部でのアルバイトを経て、月刊トレーニングジャーナル編集部勤務。2004年にフリーとなり、バレーボール、水泳、フェンシング、レスリングなど五輪競技を取材。著書に「高校バレーは頭脳が9割」(日本文化出版)。共著に「海と、がれきと、ボールと、絆」(講談社)、「青春サプリ」(ポプラ社)。「SAORI」(日本文化出版)、「夢を泳ぐ」(徳間書店)、「絆があれば何度でもやり直せる」(カンゼン)など女子アスリートの著書や、前橋育英高校硬式野球部の荒井直樹監督が記した「当たり前の積み重ねが本物になる」(カンゼン)などで構成を担当。

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