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ヴォレアス北海道 エド・クラインヘッドコーチインタビュー前編 「万全な準備と、選手への指示は明確に」

田中夕子スポーツライター、フリーライター
ヴォレアス北海道を指揮するエド・クラインヘッドコーチ(写真は20年の天皇杯)(写真:長田洋平/アフロスポーツ)

情報、テクノロジーを駆使した“エド・メソッド”

 バレーボール、Vリーグ取材は通常、試合を終えた直後に記者からのリクエストを受けた監督、選手が応じる。

 勝因、敗因。それぞれにつながったポイント。貢献した選手やプレー。さまざまな視点で語られ、なるほど、と首が痛くなるほどうなずくことも、意外な答えに驚かされることもある。

 振り返ればV1男子でウルフドッグス名古屋やJT広島など、キャリア豊富な外国人指導者が率いた頃から、聞けば聞くほど、戦術や技術、トレーニングの重要性を学び、気づきを得た。

 今季も同様に、いくつもの学びの機会を得る中、シンプルな答えの中に興味を惹かれるワードがいくつも散りばめられていた指揮官がいる。

 V2男子、ヴォレアス北海道を率いるエド・クラインヘッドコーチだ。

 今週末の26、27日には最終節を迎えるV2男子で現在2位。試合数が異なるため、最終順位は最終戦を終えなければ確定しない状況で、27日はホームの北海道、深川市で3位の富士通と優勝をかけた大一番に臨む。

 現在勝利数で首位につけるヴィアティン三重、そして富士通。三つ巴の首位争いを繰り広げてきた両チームとの対戦後、僅差での勝利につながった背景を的確に説明するだけでなく、「万全の準備をして臨んだ結果が奏功した」と胸を張る“知将”はいかなる準備をして、策を練るのか。

 優勝を争う大一番を前に、今季のチームが取り組んだ戦術と、映像やデータを駆使し、選手の成長につながる指導、情報伝達の方法。“エド・メソッド”ともいうべき内容を前編、さらにはこれからのVリーグ、日本バレーボール界に必要な変化へ向けた提言を後編に分けたロングインタビューを掲載する。

昨年末の天皇杯、WD名古屋戦で得た自信と確信

――昨季のチームと比べて戦い方の内容、戦術遂行度が非常に高くなった印象を受けました。実際どのように評価していますか?

 昨シーズンよりもよくなっているのは確かです。コーチとしてはまず、たくさんの情報を一番いい形で出せるように、ということを常に考え、実際に(選手へ)多くの情報を与えますが、その作業に慣れていない選手はうまく活用することができていませんでした。でも少しずつ頭の中に蓄積された情報が増え、活用できるようになった。ブロック、ディグ、ブレイクポイントは昨季の段階でもいいレベルまで行っていたと思いますが、今季はセッター(の浜田翔太)が戦術を遂行できているのも非常に大きいです。セッターは事前の準備に加え、試合の中で相手のブロックを見て、弱点を見つけ、修正をかけることが求められるポジションなので、毎回同じようなプレーをしてほしくはありません。当然ながら相手も我々に対して戦術を用意してきますから、相手がどう対応しているかを見て、我々も対応する。その理解度、遂行度は向上しています。

――昨年末の天皇杯、準々決勝のウルフドッグス名古屋戦は非常に見ごたえがある試合でした(結果は3対2でウルフドッグス名古屋が勝利)。V1チームで、大会を制した相手に対し、うまくいったこと、逆に勝敗を分けた少しの差は何だったと思いますか?

 まずサイドアウトがよかった。そして相手のブロックシステムをかなり細かく見て、その相手に対してどうやってセットを上げるのが効果的か。セッターがしっかりと遂行してくれました。ブロックも効果的で、ウルフドッグスは2人のセッターを使い、彼らの傾向は違いましたが、事前にそれぞれを分析し、準備していたのでディフェンスも非常にいいポジションにいました。相手のエースが(バルトシュ)クレク選手だったとしても、ブロックで止めることができたのはゲームプランを遂行してくれただけでなく、フィジカル面でもトップレベルであることが証明できました。ウルフドッグスは非常にち密な戦術を練って、準備して遂行するチームなので、その相手に対していかに戦うか。準備も含め、あの試合は私も本当に楽しかったです。ああいったハイレベルな試合は何度でも体験したいですね。

主将の佐々木が攻守の軸となり、エドヘッドコーチの戦術を遂行、V1昇格を目指す(写真/ヴォレアス北海道)
主将の佐々木が攻守の軸となり、エドヘッドコーチの戦術を遂行、V1昇格を目指す(写真/ヴォレアス北海道)

徹底した準備と分析で「自信を持って貫き通す」

――たくさんの情報をそのまま伝えるだけでなく、そこから何をセレクトして、どのように伝えるか。その伝え方も指導者に求められるテクニックであり要素だと思います。エドさんが情報伝達をする際、重要な軸とすることは何ですか?

 このテーマは非常に興味深い。1時間で話し足りるでしょうか(笑)。セミナーにしないといけないテーマですね(笑)。まず、相手の分析をする時に重要なのが、アタック傾向はどうなのか。選手にはそれぞれ好きなコースや得意、不得意があり、そこを踏まえたうえでそれぞれのアタッカーに対して一番効果的な選手、場所へブロックを設定します。当然ながらアタッカーだけでなく、相手のセッターにも注目しなければなりません。そのセッターが何を好んでいるのか。各ローテーションでどんな傾向でトスを上げるかも知らなければなりません。9mの幅で、前衛にいるのは3人。中には背の低い選手もいますが、重要なのは高い、低いではなく、その選手が相手の傾向に合わせてどこにいるか。もちろんディガーの配置も毎回修正を加えます。

 そして、ブレイクを取るために重要なのがサーブです。ターゲットを見定め、的確にそこへ打つ。レシーブがうまくない選手もいるので、レシーバーの返球率などの数字だけを決定要因とするのではなく、どのレシーバーへ打った時に相手のファーストサイドアウトが低いか。私はそこを見ていますし、すべてのチームのデータを取り、分析して、選択する。どこにサーブを打ってどこでブロックするか。この結果を良いものにするためには、マッチアップもかなり大きな要素であり、組み合わせの良し悪しを考えながら分析結果をもとにしてコートへ立つ6人を決める。サーブがいいチームにはサイドアウトに強い選手を入れるなど、毎年、毎試合、どう戦うかを分析して検討しています。

 情報を伝えるという点では、私が多くの映像を見ることはもちろんですが、その映像をそのまま見せるのではなく、さまざまなソフトを使うことで選手に伝える作業はシンプルにする。今シーズンは新しいソフトを用いて、たとえば2人のセッターがいるならば、それぞれどんな傾向があり、Aベースか、Bベースか。ソフトを通してデータと映像をリンクさせ、情報をつなげる。ヘッドコーチというのは、起こったことに対してすぐ対処するのも大切ですが、それ以上に重要なのは今まで蓄積してきた情報をもとに、どれだけ策を練り、準備ができるか。試合の途中でうまくいかないことも当然生じますが、この相手に対してはサイドアウトよりもブレイクポイントを取るためのマッチアップがいいと考えて臨んだならば、たとえうまくいかない時間帯があっても簡単には変えない。事前の準備があれば、自信を持って貫き通すことができますし、選手たちを納得させることもできるはずです。少し短めに話しましたが、やはり長くなってしまいました(笑)。

相手の傾向を分析し、どのマッチアップが適しているか。万全の準備をして臨み、選手は熱く体現する(写真/ヴォレアス北海道)
相手の傾向を分析し、どのマッチアップが適しているか。万全の準備をして臨み、選手は熱く体現する(写真/ヴォレアス北海道)

指示は明確に「あまりよくない」ではなく「何が」よくないか

――実際に選手の方々からも、エドさんの戦術が面白い、という声を聞きました。ヴォレアスには日本代表経験のあるような選手もいれば、まだ経験が浅い選手もいます。個々に対するアプローチ、チームとして共通する部分など、どのように情報伝達や指導を行っていますか?

 ビデオを活用することで、選手が学ぶことを加速することができます。特に若手選手に対しては、現状の自分と世界のトップ選手を見比べさせることで、「あなたの現状はこうで、この選手のレベルへ到達するために欠けているのはここだから、今はこれに取り組まなければならない」と見せることができるからです。我々は常にハイレベルなバレーボールを追求しているので、見せる姿、映像は日本だけに限らず世界のトップです。東京オリンピックの映像もすべて集め、その映像をもとにライブラリーをつくってすべてのスキルを選手別に見られるように分類しました。その映像を見て、自分の映像を見れば、経験が少ない若い選手でも何が足りないかを目で見ることはできるはずです。

 もちろん映像を見せるだけでなく、何が足りないか。何を求めるか。これを明確に伝えるのが私の仕事です。たとえばブロックがよくない時に、明確ではなく濁った情報で「あなたのブロックはあまりよくない」と言われても、理由はわからない。ですから私はこうしたやり取りは好みません。ブロックがよくない時には必ず何かしらの理由があります。一歩目を出すのが短すぎるのか、スタートポジションで我慢できていないのか、ブロックのジャンプが十分にできていないのか。各選手には練習中、モーションセンサーをつけさせて自分がどれぐらいジャンプしているか測るための一策です。サーブも同様で「遅すぎる」という情報だけでは濁っていてわかりづらい。どれぐらい遅いのかを計測して伝えなければなりません。

 選手に対して明確に伝える。なぜか。私は選手の成長が見たいからです。現時点で、我々のレベルや成長はすぐにトップへ追いつくものではないかもしれませんが、常に同じ場所へ留まっていたくないですし、チーム、スタッフがよりよくなるためにすべてのことをしたい。選手個人個人が成長していければチームとしても成長していける。日本では変わらないことに重きを置くことも多く、中には同じ練習、同じメニューを続けているところもあるかもしれませんが、私はこの5年間毎回メニューを変え、物事がよくなれる方法を探す。それがスポーツの意味だと思っていて、自分のベストを目指すために、ずっと同じレベルにいるべきではない。同じところにい続けることを望むのならば、スポーツの現場にいるべきではないと考えています。

後編へつづく)

スポーツライター、フリーライター

神奈川県生まれ。神奈川新聞運動部でのアルバイトを経て、月刊トレーニングジャーナル編集部勤務。2004年にフリーとなり、バレーボール、水泳、フェンシング、レスリングなど五輪競技を取材。著書に「高校バレーは頭脳が9割」(日本文化出版)。共著に「海と、がれきと、ボールと、絆」(講談社)、「青春サプリ」(ポプラ社)。「SAORI」(日本文化出版)、「夢を泳ぐ」(徳間書店)、「絆があれば何度でもやり直せる」(カンゼン)など女子アスリートの著書や、前橋育英高校硬式野球部の荒井直樹監督が記した「当たり前の積み重ねが本物になる」(カンゼン)などで構成を担当。

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