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日本の育成年代、指導者への提言。そして「五輪金メダリスト」という夢。 バルトシュ・クレクが語る 後編

田中夕子スポーツライター、フリーライター
ポーランド代表のオポジット、バルトシュ・クレク(写真提供/ウルフドッグス名古屋)

 若年層で未だ消えない勝利至上主義。

 世界のトップ選手たちは、この風潮をどう考えるのか。プロとして世界を渡り歩き、ナショナルチームの柱、軸として世界選手権や五輪で頂点を目指す。その過程における育成年代と呼ばれる頃、何をすべきなのか。

 ポーランド代表のオポジットで、現在は日本のVリーグ、ウルフドッグス名古屋でプレーするバルトシュ・カミル・クレクの前編、後編に及ぶインタビュー。

「何より大切なのは、楽しむこと」。

前編「外国人しか活躍しない、は間違い。日本には素晴らしい選手が多くいる」 バルトシュ・クレクが語る に続き、後編では若き選手たちへ、そして指導者へ向けて。クレクの言葉が熱を帯びた。

「重要なのは情熱を持ち、それを大切に育むこと」

――クレク選手のキャリアについて聞かせて下さい。最初に始めたのはバスケットボールだったそうですが、バレーボールを始めたきっかけを教えて下さい

若い頃は、いろんなスポーツを同時にやっていました。もちろんバスケットボールやバレーボールもそのひとつですが、それ以外にもありましたね。私の父がプロバレーボール選手で、自分の自由時間を父の練習や試合観戦に費やすことが多かった。そうして自然とバレーボールが私の情熱になっていきました。アンダーカテゴリーのキッズやジュニアチームから一歩一歩始まり、その先にバレーボールが仕事となり、家族の生計を立てるための手段となり、毎日取り組むものになりました。私が最も大切にしていることは、好きなことに情熱を持ち、毎日取り組むことができて、疲れを感じないようにすること。それは私のキャラクターの一部であり、性格ですね。

――日本の若年層、特に10歳~12歳などの時期にたくさんの反復練習をします。クレク選手は同じ頃、どのような練習をしていましたか?

これは私の意見ですが、子供の頃や若い頃は、バレーボールがその人にとって楽しいものであるべきだと思います。深刻に取り組ませすぎたり、仕事のように感じさせてしまうのは早すぎるし、大きな間違いです。なぜならそれにより、練習に行くことや繰り返し練習を行うことに疲れてしまうでしょう。必ずあなたの練習やパフォーマンスに対し、プロフェッショナルかつ責任を持って取り組まなければならない日が来ます。だから経験を積んだ今でさえ、私は練習中やプレー中に、常に喜びや楽しみを探すよう心がけています。それができれば、より良く、より簡単に感じることができるはず。若い選手が取り組むべきことは、楽しんで、自分の中に”バレーボール愛”を育むことだと思います。その後、練習を重ねていけば、日本には素晴らしい指導者がたくさんいて、指導の技術も高く、たくさんの素晴らしい選手が持っている優れたテクニックを教えてくれるはずです。最も重要なのは、情熱を持ち、それを大切に育み、殺してしまわないことです。

――「楽しむ」ことよりも日本では早い段階から「勝たなければいけない」と求められてしまいがちです。いかに楽しみ、先につなげるために、日本の若い年代の子たちももっとこうしたら楽しくなるのではないかなど、クレク選手の意見を聞かせて下さい

大会で勝つことはスポーツの一部ですが、競うため、勝つためにこそこのスキルを学ぶべきだと思います。私の今のように、結果が求められ、プロ選手になって責任を負わなければならないまでの道のりはとても長いものです。そして、そこまでにさまざまなフェーズを通り抜けます。まず最初に、基礎的なテクニックを学ばなければならない。そして、体を強くし、また経験を積むことで精神面でも強くならなければならない。このすべてのことを取り組んでいかなければなりませんが、もし情熱や心を持っていなかったら、その道のどこかで疲れてしまい、プロ選手になるまで生き残ることができないでしょう。ですから指導者の方々には、初めの段階では楽しい方法でボールを扱うスキルを教え、結果をさほど気にしない指導をしてほしい。将来、プロとして結果を求めてプレーすることが目標になる時が来ますが、それは最終段階ですので、そこから始める必要はありません。

まず結果を求めるのではなく、最初に育むべきは情熱と楽しい方法でボールを扱うスキル。それがプロとなり活かされる(写真提供/ウルフドッグス名古屋)
まず結果を求めるのではなく、最初に育むべきは情熱と楽しい方法でボールを扱うスキル。それがプロとなり活かされる(写真提供/ウルフドッグス名古屋)

「大会の結果や、次の大会以上に

選手の成長を見てあげてほしい」

――実際にクレク選手は10代の頃、どんな練習をしていましたか?

まず、なるべく多くの回数ボールに触れるように反復練習をしていました。ボールをコントロールするため、トスやパス、正しいスキルを習得しボールに慣れることがとても重要だと思います。私は、これまでの道のりにおいて全ての指導者が何かしらのスキルを教えてくれたので、幸運でした。私が若かった頃の主となる目標は、最適な方法でボールをコントロールすることでした。トスしたい方向へトスする、パスしたい方向へパスする、スパイクも同様。ボールをコントロールしたい方向にコントロールすることが、最初のステージで最も重要なことだと思います。

――当時の指導者からはどのようなことを求められましたか? このくらいまでできるようにしなさいと与えられるのか、それとも割と自由なのか

基本的に、限界は指導者によって発明されるものです。指導者はいろいろな練習やエクササイズを発明する中で、主には彼らが目標を設定してくれますが、その目標はスコアや「10回中9回達成しろ」ということではなく、正しいテクニックでのパス、ボールの感触であるべきで、早い段階では、目標は数字ではなく、最適なテクニックを教えること。結果はその後についてくるものです。私のキャリアにおいて、もしかしたらそれほど重要ではないと思われている練習、たとえば相手と一つのボールを使って行うペッパー(対人レシーブ)ですが、プロ選手として行うのであれば、より正確に、思い1つで、細かく目標を持ってやることができる。練習とはそういうものです。ペッパーの時にも直接相手の手をめがけて打つなど、あなた自身によって基礎的な練習であっても、とても良い練習にすることができる。何かを教えてくれるものになる。その半面、指導者によって考えられたさまざまな複雑な練習でも、心を込めて取り組まなければ、何も習得できないのもこれまで幾度となく見てきました。一番重要なのは、練習のアイデアや構成ではなく、心を込めて真摯に取り組むことです。

――年齢が上がり、中学生や高校生になれば日本一になることが目標にされがちです。将来につながる練習、情熱を育むべき時期にもっとできること、やるべきことは何だと思いますか?

私の経験談しか話せませんが、私が14歳や17歳の頃は、ポーランドにおいて有能な選手だとは考えられていませんでした。私よりもはるかに優れた選手たちがたくさんいました。その頃の優れた選手たちのなかの一人で、当時、私よりも10倍優れていたのがクビアク(ミハウ・ヤロスワフ パナソニックパンサーズ、ポーランド代表主将)でした。それが意味するのは、早かれ遅かれ頂点に到達するまでの成長の道は一本ではないということです。たとえばクビアクのように早く成長して常に1位をキープし、その地位に立ち続けるのもひとつですが、どんな年齢、レベルであっても、自分を信じて、練習に持っている心をすべて注ぎ込めば、絶対に結果が出る。並の選手からでも良きキャリアを持つまでに成長できる。また、頂点に居続けることもそれは大変に困難なことです。たとえチームに属したことがない、試合で優勝したことがない14歳、15歳、16歳、17歳だったとしても心配はいりません。真摯な姿勢と心を持って、自分自身への挑戦を続ければ、自分の望む結果が出ることは間違いありませんし、それはきっと人を感動させるストーリーになることでしょう。

――その年代の指導者に願うことは何ですか?

彼らに期待するのは、もちろん基礎的で正しいテクニックを教えること。体の強化などは後からでもできるので、正しいテクニックを教えることが最も重要です。また、若い年代を指導する指導者は、前向きなフィードバックを与え、自分自身の信じ方を教えるべきです。大会の結果や次の大会のこと以上に、選手個人の成長を見てあげてほしい。私には、一試合の結果ではなく、そういった私個人の成長を重要視してくれる指導者がいてくれたので、とても幸運でした。

若い年代の指導者に望むのは「自分自身の信じ方を教えてあげること」(写真提供/ウルフドッグス名古屋)
若い年代の指導者に望むのは「自分自身の信じ方を教えてあげること」(写真提供/ウルフドッグス名古屋)

 佳境を迎えたVリーグのレギュラーラウンドも残すは2節。3月20、21日にはクビアク擁するパナソニックパンサーズとの連戦が行われ、ファイナルラウンド進出に向け大きな意味を持つのは間違いない。

 Vリーグ、そしてその先の東京五輪へ向けて。クレクが描く「これから」とは――。

「私たちは金メダル獲得の夢を実現するために

必要なすべてのものを持ち合わせていると信じている」

――ポーランド代表チームは世界選手権を連覇、非常に強く素晴らしいチームです。多くの経緯を経て、32歳で迎える東京五輪は、クレク選手にとってどんな位置づけの大会ですか?

出場がかなえば東京オリンピックは私にとって、3度目のオリンピックとなりますので、どういった雰囲気で行われるのか、どういった大会であるのかについては慣れていると思います。過去2大会は準々決勝で敗退していますが、今、私個人としてもポーランド代表としても、次のステップに進む準備ができています。もちろん金メダルを狙っています。それはとても難しいことですし、さまざまなことに真摯に取り組んでいかなければなりませんが、必ず実現できると信じていますし、私のチームメイトたちもそう思っているはずです。夢を実現させるために、必要なことすべて取り組んでいきます。私たちは、金メダル獲得の夢を実現するために必要なすべてのものを持ち合わせていると信じています。とても長く険しい道のりではありますが、オリンピック後の次の取材のときには、金メダルを首から下げて「ほら、私はこうなることをわかっていたんですよ!」とお伝えできるといいですね(笑)

――1人のアスリートとして五輪は世界選手権とは違う価値のある大会でもあるだと思います。クレク選手のキャリアにおいて、オリンピック金メダルというのはどんな意味を持っていますか?

バレーボールの観点から見れば、世界選手権のほうがより難しい大会です。なぜならチームも試合数も多く、すべての強豪チームが出場するからです。ですが、そんな世界選手権よりもオリンピックは特別な大会だと思います。もし金メダルを獲得すれば歴史に残ります。自身のことをオリンピック金メダリストだと呼ぶことができ、それは世界中において一握りの人しか達成できないものです。金メダルを獲得したら、永遠に歴史の本にも載ります。また、私の国はバレーボール競技において、次の金メダルを長い間待ちわびていますので、その金メダルを自国に持ち帰ることが私の目標なのです。ポーランド代表が前回金メダルを獲得したのが、1976年のモントリオールオリンピックでしたので45年前ですかね。遥か前のことですから、皆が待ち望んでいます。

――日本のファンもポーランド男子代表チームの活躍、金メダルを願っている人も少なくないはずです

ありがとうございます。ポーランド対日本の決勝戦というのが理想でしょうか?(笑)。もし決勝戦で日本に敗れることになったら、チームメイトからいろんなことを言われるだろうと想像がつきます…(笑)。これは大きなプレッシャーを感じますね。

――最後に、今シーズンクレク選手が目指す場所、どんな形でシーズンを締めくくりたいですか?

オリンピックとリーグのお話は全く別の話ですので、リーグにおいては、一試合一試合を最後の戦いのつもりで戦うことが重要と考えます。すべての試合において一生懸命取り組んだ末、最後に私たちにとって最良の結果となることを願っています。まだまだ多くのチームがファイナルステージ進出のチャンスを残していると思いますので、邪魔されることなく可能な限り得られる勝ち星に向けて戦っていかなければなりません。先ほど、オリンピックではポーランド対日本の決勝戦と話しましたが、Vリーグにおいて、私はウルフドッグス名古屋対パナソニックパンサーズのファイナルになれば夢が叶った気分です。もし実現すればとても嬉しいですし、私たちの取り組みに対して誇りに思います。最後にお伝えしたいのは、今このチーム、ウルフドッグス名古屋にいて素晴らしい感触を感じているということ。結果というものはさまざまなことに起因して出てきますが、時に不運であったり、自分ではどうしようもないこともあります。それでもひとつ、私たちが本当に誇りに感じるべきものは、これまでどういう取り組み方をしてきて、毎日どういったことに取り組んできたか。このチーム、ウルフドッグス名古屋でそれを持続することができれば、私自身としてもオリンピックに向けて最善の準備をすることができますし、私たちが今シーズン求めてきたパフォーマンスを実現することができると確信しています。

佳境を迎えたVリーグ、そして東京五輪へ。夢の実現に向けて進化を続けるクレクを、日本で見られる機会はまだある(写真提供/ウルフドッグス名古屋)
佳境を迎えたVリーグ、そして東京五輪へ。夢の実現に向けて進化を続けるクレクを、日本で見られる機会はまだある(写真提供/ウルフドッグス名古屋)

スポーツライター、フリーライター

神奈川県生まれ。神奈川新聞運動部でのアルバイトを経て、月刊トレーニングジャーナル編集部勤務。2004年にフリーとなり、バレーボール、水泳、フェンシング、レスリングなど五輪競技を取材。著書に「高校バレーは頭脳が9割」(日本文化出版)。共著に「海と、がれきと、ボールと、絆」(講談社)、「青春サプリ」(ポプラ社)。「SAORI」(日本文化出版)、「夢を泳ぐ」(徳間書店)、「絆があれば何度でもやり直せる」(カンゼン)など女子アスリートの著書や、前橋育英高校硬式野球部の荒井直樹監督が記した「当たり前の積み重ねが本物になる」(カンゼン)などで構成を担当。

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