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Vリーグ開幕へ。女子バレー荒木絵里香「今の自分しかできないことを、体現したい」。

田中夕子スポーツライター、フリーライター
17日に始まるVリーグ。感謝を込め、荒木絵里香はコートに立つ(写真は18年)(写真:松尾/アフロスポーツ)

 長く、豊富なキャリアを持つ選手でも、幾度経験しようと「開幕」は独特の緊張感を伴う。そんな言葉を、何度か聞いたことがある。

 中でも今年は、より一層、そんな思いを抱く選手が多いのではないか。17日に始まるVリーグ、開幕に先駆け、2日に行われた記者会見に出席した荒木絵里香(トヨタ車体クインシーズ)もまさにそんな一人だ。

「今まで経験したことがない日々、いろんなことがありましたが、開幕を迎えられることに感謝の気持ちでいっぱいです。スポーツ、バレーボールの力を今本当に試されている。今はそういう時だと思うので、しっかり自分のパフォーマンスをしていきたいです」

コロナ禍に揺れながらも「やるべきことをやるだけ」

 先のことは何ひとつわからない。

 その言葉が、これ以上ないほど当てはまる1年はおそらくなかったのではないだろうか。

 1月19日のVリーグファイナル8、久光製薬(現・久光)スプリングスに敗れ、セミファイナルへ進出が途絶え、トヨタ車体でのシーズンは終了。間もなく始まった2月からの日本代表合宿に参加するも、ほどなく、新型コロナウイルスの感染拡大に伴い合宿は中止となり、控えていた海外遠征もすべて白紙。3月には東京五輪の延期が決定し、先の見えない不安を抱えながら、1人、自宅周辺でのトレーニングやランニングに日々を費やした。

 あれから半年。

 事態は変わったかと言えば、変わった、とも、変わらない、とも言える。

 プロ野球やJリーグ、多くのプロスポーツが観客数を制限しながらも開催され、3日にはバスケットボールのBリーグも開幕する。バレーボールも日本代表のみならず、多くの公式戦が中止となったが関東大学秋季リーグの代替大会が3日に、そしてVリーグのV1男女、V2男子も17日に開幕を控え、他チームとの練習試合も組まれるなど、少しずつ活気を取り戻しつつあるのは確かだ。

 だが一方では、海の向こうへと目を向ければ感染は収まるどころか拡大の一途で、寒さが増し、乾燥する冬場になれば日本もどうなるのか。未だ全容の見えないウイルスに太刀打ちする、完全なる解決策はない。

 1年延期。その言葉をただ信じるしかない。そう思っても、日々変動する状況や、さまざまな雑音が時に心を乱す。そのたび「自分でどうにもできないこと、仕方のないことに向き合うのではなく、自分がすべきことをやるだけ」。荒木はそう言い続けて来た。

体操教室の一幕。自身も実践する体幹トレーニングに汗を流した
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“ママさん”選手だけで、“パパさん”選手とは言われない社会を変えたい

 では、今できることとは何か。

 1人のバレーボール選手として。日本代表選手として。トヨタ車体に属するプロ選手として。家族を持つ妻、母、36歳の1人の女性として。カテゴリーはさまざまだ。

 Vリーグ開幕に先立ち、9月20日、荒木はステラプリスクール南青山(東京)でオンライン体操教室に講師として参加。オンラインで5歳児までの子どもたちやその親に向け、日本代表でも実践しているという簡単なトレーニングで共に体を動かし、「どうすれば背が伸びるのか」といった質問にも応じた。

 終始笑顔で、その後行われたトークショーでは、周囲より飛びぬけて身長が高く、だからこそバレーボールだけでなくさまざまな競技をやったほうがいい、という両親に基づき、いわゆるスパルタ指導とは異なり、スポーツを「楽しむ」ことを第一にした幼少時代。バレーボール選手としての基礎が築かれた中学、高校時代。日本代表に選出されるも、五輪直前で落選を味わったアテネから「自分のことだけを考えて、とにかくギラギラしていた」という北京五輪までの4年間。そして、イタリアセリエAへの挑戦、主将として臨んだロンドンまでの日々。さらには結婚、出産を経て、なお現役選手として、日本代表では8年ぶりに主将を務める今――。

「スポーツの価値、バレーボールの魅力を伝えるためには、まずオリンピックでいい成果を出すことだと思っているので、そこにベストを尽くしたい、というのが一番です。でも結果以外のところで言えば、バレーボールの現場だけでなく、自分の行動、言動が誰かに届いて受け取ってもらえるような機会をつくっていくこともすごく大事だと思うし、今の自分しか体現できないことがすごくあると思って。たとえば、女性アスリート、という点で言えば、“ママさんアスリート”と言われることはあっても、子どもがいる男性選手を“パパさんアスリート”とは言わないですよね。仕事をしながら子育てをするということに関しても、保育園やベビーシッターへ支払うお金は必要経費として認められなかったり、そういうところも、女性にとってなかなか優しい社会ではないというか、生きづらさもたくさんある。少しずつ、自分が発信したり、できることで変えられることもあるかもしれないし、そういう姿を見て、『この人も頑張っているから、自分ももうちょっと頑張ろう』と思ってくれる人もいるかもしれない。いろんな人が、それぞれの立場で、いろんな受け取り方をしてくれると思うので、私は私、今の自分でできることを果たせるように頑張りたいです」

ぬいぐるみを使って遊び感覚でできるトレーニングを紹介。参加する子どもたちに向け、画面越しに母の顔ものぞかせた
ぬいぐるみを使って遊び感覚でできるトレーニングを紹介。参加する子どもたちに向け、画面越しに母の顔ものぞかせた

大好きなバレーボールを今の自分でやり尽す

 間もなく始まるVリーグ。勝敗の行方や、トヨタ車体にとっては悲願でもあるVリーグ制覇。結果にも期待は高まるが、取材をする中で、10代や20代の若い選手たちからは、さまざまなシーンで荒木の名前が上がる。

 たとえば。

 とにかく思い切り打とう、と打ったスパイクを、自分以上に思い切り、躊躇なく手を出した荒木さんのブロックに完璧に止められた。

 もう間に合わない、と自分が諦めるボールも、絵里香さんは諦めずに最後まで追いかけてブロックでワンタッチを取った。

 振り返る状況も、その言葉を述べた選手も違えど、最後の結びは同じだ。

「だから、私も荒木さんみたいに頑張らなきゃダメだ。もっともっと、必死でやらなきゃ永遠に追いつけない、って思うんです」

 自宅に戻れば、6歳の娘から「どうしてママはそんなにバレーボールが好きなの?」と責められる母も、コートに立つ選手としては今なお第一線どころか、日本が誇るべきミドルブロッカーとして戦う姿は多くの選手にとって、目指すべき場所であり、追うべき背中、「ああなりたい」と思わせてくれる道標。

 これから先、何があるかはわからない。でも、だからこそ。

「チームとしてはVリーグ初優勝が最大の目標なので、そこに向かって頑張りたいし、そこからさらに東京オリンピックへつなげていけるように頑張りたいです」

 不器用に、まっすぐに。来るシーズン、その1つ1つを大切に、戦い続けて行くだけだ。

スポーツライター、フリーライター

神奈川県生まれ。神奈川新聞運動部でのアルバイトを経て、月刊トレーニングジャーナル編集部勤務。2004年にフリーとなり、バレーボール、水泳、フェンシング、レスリングなど五輪競技を取材。著書に「高校バレーは頭脳が9割」(日本文化出版)。共著に「海と、がれきと、ボールと、絆」(講談社)、「青春サプリ」(ポプラ社)。「SAORI」(日本文化出版)、「夢を泳ぐ」(徳間書店)、「絆があれば何度でもやり直せる」(カンゼン)など女子アスリートの著書や、前橋育英高校硬式野球部の荒井直樹監督が記した「当たり前の積み重ねが本物になる」(カンゼン)などで構成を担当。

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