日本バレーに大きな功績を残した「2人の愛すべき外国人」

7シーズンに渡り日本でプレーしたイゴール。圧倒的な存在感でチームを初優勝に導いた(写真:松尾/アフロスポーツ)

 

会場中に掲げられた背番号「15」

 何が起きたのか。最初は事態が飲み込めなかった。

 何せ得点を取った後、ベンチから選手やスタッフが一斉にコートになだれ込み、まるで優勝したかのように大騒ぎをする。

 3月24日。ファイナル6最終戦。JTサンダースが2セットを取り、迎えた第3セット、豊田合成トレフェルサが4点目を挙げた場面だった。

 喜んだのはその時点でファイナル3を決めていたJTではなく、2セットを取られた豊田合成で、前日の東レ戦に敗れた豊田合成はJT戦に勝利してもファイナル3へ進出することはできない。

 それでも、審判に注意をうながされても、その1点は全員で喜ばずにいられなかった。

 理由は1つ。

 イゴール・オムルチェンが獲った、最後の1点だったからだ。

 試合開始前、チームのHPでイゴール、そしてシニアヘッドコーチのアンデッシュ・クリスティアンソンの退団が発表された。

 Vリーグ終了をもってチームを去るため、2人にとってはこのJT戦が最後の試合になることはわかっていた。

 チームにとって、かけがえない功績や勇気、自信を与えてくれた2人への感謝を伝えたい。それが試合中に全員が駆け寄って、全員で1点を喜び合うこと。そして試合後にイゴール、アンデッシュへコート上で感謝を伝えるセレモニーを行うことだった。

 3-1でJTが勝利した試合後、スタンドへの挨拶を終え、豊田合成の選手、スタッフがコートに並ぶ。そして、スタンドからはイゴールの背番号「15」が書かれた紙がいたるところで掲げられ、2人に花束と温かな拍手が送られる。

 イゴールは試合後の会見で「アメイジングな瞬間だった」とセレモニーへの感謝を示し、監督としてベンチに入っていた頃は、怒ってばかりいたアンデッシュは目を潤ませて言った。

「日本で6年。とても長い時間だ。そして、とても幸せな時間だった」

「日本人に愛された特別な存在の外国人」

 お世辞にも優勝候補には挙げられなかった豊田合成が著しい進化と成長を遂げたのは、13年にアンデッシュが監督に就任してからであり、翌年イゴールがオポジットとして加わってからだ。

 誰が点を取り、誰がこのボールを取りに行き、どこへつなげるか。細かな役割が明確で、自分本位ではなくチームとしてどう戦うか、コンセプトを提示し、掲げられたシステムや戦術を遂行する。実に細やかに計算されたバレーボールではあるのだが、決して派手さはない。チーム内で最も得点能力が高いイゴールに打数が集まるため、「イゴールが打って勝っている」と見られることも少なくなかった。

 だが、そんな見方を真っ向から否定したのがイゴール自身だった。

 15/16シーズンに悲願の初優勝を果たした後の記者会見で、記者からイゴールの打数の多さを勝因と指摘されると通訳を遮り「それは違う」と述べた。

「バレーボールは1人でできるスポーツではありません。それぞれがとても高いクオリティの仕事をしたから、私がフィニッシュを決める、という役割を遂行できた。それは間違ってほしくない」

 得点を取るだけでなく、当たり前だがディフェンス時には体勢を崩しながら、大きな体で自分の拾うべきボールは時にはフライングをしながらでもつなぐ。なかなか決まらず、苛立ちを露わにする外国人選手が少なくない中でも、いつも「自分のミステイクだ」と声をかけ、周囲に気を配る。それは試合中だけでなく、常日頃から向けられていた、と振り返るのは豊田合成の高松卓矢だ。

 自らが腰痛で思うようなトレーニングができず、パフォーマンスが落ちていた時期にイゴールからかけられた言葉を今も忘れられない、と高松は振り返る。

「『お前はチームの元気印で太陽みたいな存在だ。お前が下を向くとチームが暗くなってしまうから、つらいのはわかるけれど、その分俺が頑張ってカバーするから、声を出して頑張ってくれ』と。イゴールは人間性も、プレーも素晴らしい僕にとっては兄貴のような存在でした」

 母国のクロアチアだけでなく、イタリアセリエAでも輝かしい記録を残したスーパースターであるにも関わらず、少しも鼻にかけることなく、周囲の選手やファン、そして報道陣に対してもいつも気さくだった。常に「日本選手は真面目で可能性が素晴らしい」と称えながらも、「だからこそ自分が試合に出られる環境を見つけ、もっとプレーヤーとして成長すべきだ」と提言する。大事な1点を取る、というだけでなく、どんな時でもバレーボールと真摯に取り組み、日本の将来をも憂う。そんな姿勢はまさにプロフェッショナルと呼ぶに値するものであり、だからこそ、多くの人に慕われた。

 豊田合成のリベロ、古賀幸一郎はこう言った。

「これだけ愛される外国人選手はなかなかいないんじゃないかな、と。感謝は何回言っても足りない。初めて優勝した時も彼の大きな力のおかげでしたし、言葉よりも何より、最後のセレモニーを見てもらってもわかるように、日本人にこんなに愛された、特別な存在の外国人選手ではなかったかな、と思います」

「和」を重んじた偉大な指導者

 そしてもう1人。豊田合成の躍進はもちろんだが、この数年の日本男子バレーボール界に大きな功績を残したのがアンデッシュだ。

 ほぼ同時期に監督として長く対峙してきた、東レアローズの小林敦監督も「彼から多くのことを学んだ」と振り返る。

「たとえば守備型のアウトサイドヒッターを入れることや、ローテーションをサーブ重視にするのか、ブロックとのマッチアップにするのか、といったバレーボールの戦術面はもちろんですが、彼がごく当たり前に行うアピールなど、“チームを守る”ということはこういうことか、といくつも学ばされました。彼のおかげでVリーグのレベルが上がったのは間違いない。本当に大きな功績を残し、貢献をした偉大な指導者です」

 就任当初から選手やスタッフとの会話は英語。プレーも基本を怠らず、たとえベテランだから、チームにとって不可欠な選手だからといって妥協は許さない。勝ち負けよりもやるべきことをチャレンジしたか。その過程にこだわった。

 当然ながら言うことは言う。試合中も、勝っているのに1本ブロックの判断を間違えたらベンチでミドルブロッカーの選手が怒られる姿は何度も見た。だが単に突っぱねるだけでなく、いいと思えば褒め、レギュラーでもベテランでもルーキーでも接し方は同じ。そんな姿勢を古賀は「日本人以上に和を大切にする人だった」と振り返る。

「外国人ってどちらかというと個を重視したり、自己中心的な発言が多いイメージがありました。でも出ている選手、出ていない選手、とにかく1人1人と一生懸命会話をしてその人の人間性を探り、どうしたらチームのために還元できるのかを常に献身的に考えて、指導してきた。この6年間は間違いなく我々選手のバレーボール人生において大きな宝物となると思います。これからはいないということを自分も受け止められていない現状なので、後々そういう思いがふつふつ沸き上がってくると思いますし、それぐらい、もっと一緒にいたかったな、もっと一緒にやりたかったな、と思わせる存在でした」

 豊田合成の選手に対してはもちろんだが、豊田合成以外の選手に対しても常に関心を寄せていた。たとえば出場機会が少ない選手を見ると「なぜ彼は試合に出るチャンスが与えられないんだ。試合に出なければ何ができるかなどわからないだろう」と純粋な疑問を口にし、メンタル面を課題とされる選手がいれば「彼が試合に臨む時『怖くない』と思えるようにすればいい。1つ1つ、成功体験を描かせる。そうやって自信をつければ、彼はもっといい選手になるじゃないか」とマイナスを咎めるのではなく、プラスにするための策を示す。

 いつもバレーボールに真剣で、情熱に溢れた人だった。

2人が見せた「世界」が与えてくれたもの

 いくつ例を出しても足りないほど、多くの功績や記憶を残した2人は29日、帰国の途につく。

 共にプレーした選手やスタッフ、多くのファンがそうであるように、1人の取材者として筆者も感謝の言葉を尽くしても足りない。素直にそう思う。

 世界のスタンダードを示し、プロとして果たすべき役割や責任と真摯に向き合う。取材陣に対しても当たり障りのない質問をすれば容赦なく「それぐらい自分で考えろ」と言い放つアンデッシュのおかげで、この試合は何がポイントだったのか、なぜこうなったのか、深く見て聞こうと思えば思うほど、バレーボールの魅力の深さを知ることができたからだ。

 今週末には男女共にファイナル3が行われ、来週、再来週にはその勝者がパナソニックパンサーズ、久光製薬スプリングスと対戦するファイナルが行われる。

 ここからが佳境。まだ惜別に浸るのは早いとわかっているが、それでもやはり記しておきたい。

 偉大なる2人に心からの敬意と感謝を込めて。日本に来てくれてありがとう、と。