「このままでは地域コミュニティー維持できない」 益城町の区画整理事業、住民たちの訴え

区画整理事業の当初案で示された道路の場所を示す津山栄治さん(田中森士撮影)

熊本地震で極めて大きな被害を受けた熊本県益城町。その中心部では、復興土地区画整理事業が進む。事業完了まで10年という大型事業。県は今月、地権者らと土地の交換などの交渉を始めた。街区単位で合意が取れるまでは、原則として、その街区に建物を建てることはできない。住民からは「早く落ち着いた生活を送りたい」との声が聞かれる。

目的は「災害に強いまちづくり」

県が主体となって進める区画整理事業は、益城町の木山、宮園、寺迫地区の一部、28・3ヘクタールが対象。対象地域の一部では、熊本地震の直後、倒壊家屋によって緊急車両の通行が妨げられる事例があった。こうしたことを教訓に、県は、災害に強いまちづくりの実現を事業目的の一つと位置付ける。

区画整理事業の流れを説明した図(益城復興事務所提供)
区画整理事業の流れを説明した図(益城復興事務所提供)

益城復興事務所は昨年、当初案を発表した。その後、住民へのアンケートや個別訪問による聞き取り、現地測量などを実施。それらの結果を踏まえ、今年3月15日、変更案の説明会を開いた。

「道路が消えとる」

「敷地を通るはずだった道路が消えとる」。説明会で配布された資料を見た津山栄治さん(69)は、目を疑った。当初案の時点では、津山さんの敷地内を道路が通る計画。津山さんは、区画整理地区内の別の場所に引っ越すことを決めていた。しかし、変更案では道路の位置が北側に移動している。「引越しを覚悟しとったのに、なんでこぎゃんことに」。

当初案(左)から道路の場所などが大きく変わった変更案(益城復興事務所提供)
当初案(左)から道路の場所などが大きく変わった変更案(益城復興事務所提供)

津山さんは20代で結婚したのを機に、今の地区に移った。自宅はおよそ10年前に新築。災害に強いつくりにしようと、長さ10メートルの杭を岩盤に38本打ち込んだ。その結果、自宅は2度の震度7でも倒壊しなかった。地震後、地面と建物の間に30センチほどの隙間を見つけた。揺れの大きさを物語るその空間。「背筋が凍った」と当時の心境を振り返る。

そのまま自宅に住もうと考えたが、上下水道が使用できなくなっていたため、熊本市東区のみなし仮設に身を寄せた。とにかく早く生活を立て直したい。その一心で、地面との隙間を埋めたり、システムキッチンを修理したりと、生活再建に向けて取り組んできた。多額の費用がかかったが、ようやく元の暮らしを取り戻すことができた。復旧に時間がかかっていた上下水道も、地震から1年ほどで元に戻った。そんな折、区画整理の話が持ち上がった。

当初案とは大きく異なる変更案

昨年示された当初案では、自宅敷地内を道路が通ることになっていた。この案のまま進めば、引っ越さざるを得ない。夫婦の思い出が詰まった大切な家。解体されると思うと胸が痛んだ。

長い間悩んだ。何度も夫婦で話し合った。最終的にはその案を受け入れることにした。決め手は自宅からほど近い土地に建設予定の、災害公営住宅の存在。当初案のルートで道路が通れば、入居者が幹線道路に出やすくなる。「地元のためなら」と考え、「腹をくくった」。

区画整理地区内は、地震発生から手付かずの場所も多い=2019年4月、熊本県益城町(田中森士撮影)
区画整理地区内は、地震発生から手付かずの場所も多い=2019年4月、熊本県益城町(田中森士撮影)

今年に入ってから、自宅や周辺の測量が始まった。転居先は区画整理地区内の通り沿いにしよう。自宅が解体されるのは悲しいが、もう前を向いて進もう。変更案が示されたのは、次の生活を現実のものとして考え始めた、まさにそんなタイミングだった。まさに寝耳に水。津山さんは「県は経緯をもっと丁寧に説明すべきでは」と憤る。

今年4月から宮園地区の区長を務める津田秀雄さん(69)も、区画整理に全面的に納得しているわけではない住民の一人だ。区画整理では、拡張予定の道路に自宅敷地が重なった。県に土地を提供する「減歩」で自宅敷地が2メートル分、減る。当初は計画自体に反対したが、「早く落ち着いた生活が送りたい」と、受け入れた。しかし、10年という途方もない長さの計画には「そんなに時間がかかるもんかね」と疑問を呈する。

「スピーディーに進めてほしい」と訴える津田秀雄さん=2019年4月、熊本県益城町(田中森士撮影)
「スピーディーに進めてほしい」と訴える津田秀雄さん=2019年4月、熊本県益城町(田中森士撮影)

「スピーディーに進めてほしい」

復興事務所によると、2017年3月の復興推進地域の都市計画決定を皮切りに、審議会や協議会、戸別訪問による説明などを経て、昨年7月、当初案を住民側に示した。

その後、郵送アンケートや個別訪問によって、約410人(当時)の地権者らの「土地利用意向」を調査。その結果、「現在の生活を維持したい」「早く生活再建したい」という声が多く聞かれたという。同時に、測量も実施。復興事務所は「測量の結果、道路や公園の配置を変更する必要が生じた」としている。

地震によって擁壁が破壊されていた。挟まった自転車が地震の強さを物語る=2019年4月、熊本県益城町(田中森士撮影)
地震によって擁壁が破壊されていた。挟まった自転車が地震の強さを物語る=2019年4月、熊本県益城町(田中森士撮影)

県は今月、地権者らと土地の交換などの交渉を始めた。街区単位で合意が取れたところから、「仮換地」が指定される。復興事務所によると、早ければ今年6月ごろに住宅再建できる地区が出る可能性もあるというが、事業完了までは10年を予定している。復興事務所は「何らかの事情がある場合は個別に相談に乗る」としているが、基盤整備が終わるまでは、原則として整理区画地区内での新築や増築はできない。

津山さんは、「時間がかかり過ぎれば、仮住まいを続ける住民たちはもう戻ってこない」と指摘。その上で「このままでは地域コミュニティーが維持できない。県はこのことを理解しているのか」と投げかける。

津田さんは、「誰もが願うのは地域の早期の復興だ。まずは事業のモデル地区を作るなどしてスピーディーに進めてほしい」と訴える。

復興事務所は「我々は地区の将来と住民の生活再建を第一に考えている。住民には個別に丁寧に説明していく。一刻も早く住民に土地を引き渡したい」としている。