愛知県田原市で国内最大級(11万2000kW級)のバイオマス専焼発電所が計画されているそうだ。来年6月に着工し、2025年8月末の完工を目指すとか。

 燃料として予定しているのは木質ペレットだから、おそらく全量輸入だろう。

 またバイオマス発電のネックとなる安定的な燃料の調達先の確保に、損保ジャパンが出した供給補償保険付き燃料が話題を呼んでいる。こちらはマレーシアからヤシ殻などを調達するという。

 日本が国際公約とした2030年度までに温室効果ガス(主に二酸化炭素)排出を46%削減(13年度比)を達成し、2050年に排出ゼロにするために、バイオマス発電にも力が入ってきたと感じる。

 事実、政府は2030年度の電力供給のうち再生可能エネルギーの割合を36~38%とし、そのうち5%は木質バイオマス発電を見込んでいる。

 だが、本当にバイオマス発電は二酸化炭素を出さないのだろうか。理論的に正しいのか。改めてよく考えてほしい。

 ここで指摘したいのは、より根本的な問題である。輸入燃料は遠距離輸送に莫大な化石燃料を消費して二酸化炭素を排出する問題もあるが、それ以前に木を燃やしても二酸化炭素が出ないという主張(カーボンニュートラル)がいかにも怪しいと感じるのである。

 先にカーボンニュートラルの理屈をおさらいしておこう。

 燃やせば、石炭であっても木材であっても二酸化炭素は排出する。これは当たり前だ。しかし木材は再生可能であり、再び木が成長する過程で大気中の二酸化炭素を吸収する。燃やした分と同じだけの木材が成長すれば、燃やしたときに排出した二酸化炭素と同じ分を吸収するからプラスマイナスゼロとなる。

 だから排出するだけで再生しない化石燃料の代わりに木材を燃料にすれば、排出するはずだった二酸化炭素が削減できたことになる……これがバイオマス発電による二酸化炭素排出削減の理屈である。

 だが、ここに現実とはかけ離れた欺瞞がある。

「燃やした分と同じだけの木材が成長」するのに何年かかると思っているのか。

 燃料とする木材はどこから調達するのか。天然林はさすがに生物多様性など失うものが多くて自然破壊になってしまうだろう。人工林を計画的に伐採するにしても、日本の場合、通常伐採する樹齢は50年~60年だ。(欧米では樹齢100年ぐらいが多い。)

 つまり9年後の2030年はもちろん、2050年時にもまだ燃やした分だけの成長はしていないのだ。言い換えると、排出量の方が超過する。

 しかも、これは理想的に樹木が成長することが前提だ。現実には、日本の林業地は伐採跡地の7割近くが再造林していない。そんな伐採跡地は20年経っても灌木と草しか生えていないところが多い。はげ山を増やして光合成を行う樹木をなくして、いかに二酸化炭素を吸収してもらうのか。さらに水害や風害、病虫害などもある。木々の成長は人間の思惑どおりには進まない。加えて剥き出しの表土からは、土中に含まれていた有機物が分解されて二酸化炭素やメタンが発生する。

 ちなみに林野庁は、46%削減のうち森林吸収分を2.7%(3800万トン)にすると表明している。これまでより約1000万トン上積みするというのだが、植物の成長を勝手に早めることができるわけはない。

 間伐して森林整備したら二酸化炭素の吸収が増えるという理屈も掲げているが、これも非科学的だ。光合成している木を減らして、吸収を増やせるわけがない。残った木の成長がよくなるとしているが、それも伐った分を補うのが精一杯。それ以上に吸収することは有り得ない。同一面積で行える光合成量の上限は決まっているのだ。森林生態学のイロハだろう。

 一つ一つ指摘していくときりがない。詳しくは拙著『虚構の森』に記したが、まさに虚構のカーボンニュートラルである。

 改めて整理すると、地球の大気中に二酸化炭素を始めとする温室効果ガスが増えたことで温暖化など気候変動が起きている。そこで気候変動を止めるという目的のために、主に二酸化炭素の排出を削減するという手段をとろうとしている。

 ところが手段の目標値を掲げたために、今や手段が目的と化している。しかも手段の方法にも科学的でない理屈をひねり出している。これでは、仮に見かけだけの二酸化炭素削減目標を達成したとしても、実際の大気中の二酸化炭素は減っておらず、気候変動も止まらないのではないか。

 これでは「手術は成功したが、患者は死んだ」状態になりかねない。それこそ脱炭素の手段をゼロから考え直すべきだろう。