Yahoo!ニュース

伐る?伐らない?大きくなりすぎたご神木を巡る悩ましい事情

田中淳夫森林ジャーナリスト
奈良県川上村のご神木。幹周り5・2mにもなる

 7月11日深夜、岐阜県瑞浪市大湫町の大湫神明神社で、「ご神木」とされた高さ40メートル超、幹回り11メートルの大スギが倒れる事件があった。続く豪雨で地盤が緩んだためとみられる。近隣の家が巻き込まれたが、幸い怪我人などは出ていない。この木は、推定樹齢1200~1300年で県の天然記念物にも指定されていたという。

 私はニュースで見ただけだが、写真によると根がかなり弱っていたようだ。樹勢の衰えも以前から指摘されて、根の周りの土を入れ替えたりもしていたらしい。なお、樹形からは2本の木の合体木ぽくて、樹齢も半分ぐらいではないか、というのが私の見立て。

 それはともかく、実は私のところに「ご神木」伐採の話が届いている。場所は奈良県川上村東川の烏川神社。この参道にあるスギの推定樹齢500年のご神木を伐採するというのだ。現地に見に行くと、高さは30mを超え、幹周り5・2m、胸高直径は1・7mにもなる。樹勢も旺盛に見える。元気そうなのに、なぜ伐ろうというのか。

 氏子の東辻秀和さんによると、やはり倒伏が心配だからそうだ。もし谷方向に倒れると、神社の前にある人家を直撃しかねないのだ。樹勢はよいが、根が横の参道の石を浮かせている。大風に当たると根返りする恐れがあるらしい。そうなると人の生死に関わるし、賠償問題も起きる。今のうちに処理しておくべきではないかという意見が氏子から出たのである。

 ご神木とは、一般に神社・神宮の境内にある神体としての木や神聖視される木を指す。ときに鎮守の森全体を示す場合もあるが、古神道における神を迎える依代(神籬・ひもろぎ)である。だが近年は、このご神木を伐る話が各地で起きている。正確に言えば、伐らねばならない悩みを持つ神社は数多いのだ。

大きくなりすぎたご神木の悩み

 理由は、あまりに大きくなりすぎたゆえ、いつ倒れるかわからない状態だからだ。ご神木とは、神聖であるがゆえに伐らないのが前提の木だが、その結果、成長が続き大きくなり続ける。枝葉が横に広がって重心が高くなる。根が遠くまで広がり、石垣や建物を破壊することもある。また樹齢を重ねれば、樹勢に衰えが出ることもあるが、枯れてからでは伐採も難しくなり危険極まりない。そのほか、秋になると大量の落葉や実を落とす場合も伐採理由になることがある。

 山中に生えている木なら問題ないのだが、神社の近くは、人家が建ち道路や電線が走る場合が多い。ご神木ゆえの悩みといえるだろう。

 実際に、あまりに成長したご神木の枝葉が、周囲に迷惑をかけるケースも少なくない。ちょうど今年6月に、東京都八王子市の天満社境内とその周辺に生える樹木の枝葉が周囲の国道や市道にはみ出しているため、自治体が強制的に伐採する異例の代執行が行われた。宮司は反対したが、通行の邪魔となり危険すぎると判断されたのだ。 

烏川神社の参道に立つご神木
烏川神社の参道に立つご神木

伐採するのも至難の業

 そこで事故を引き起こす前に処理しようという意見が出てくる。瑞浪市の大湫神明神社の場合は、かろうじて人身事故にはならず、建物の損壊も最小限で済んだようだが、どこも同じような僥倖を期待するわけにはいかないだろう。とくに過疎の進む地域の神社だと、維持管理の負担が重くのしかかってくる。

 もっとも伐採を決めたとしても、悩みはつきない。神社の周りに十分なスペースがあるところは少なく、根元から切り倒すのは難しい。烏川神社のご神木の場合は、近くの建物を傷つけないように伐ろうとすると、櫓を組んで上から少しずつ伐ってクレーンで吊り下ろす必要がある。ただ隣接した建物を取り壊さないと、クレーン車をご神木に近づけられない。

 当然、伐採経費も馬鹿にならない。概算で200~300万円はかかるという。これだけの費用をどうやって工面するのか。

大木は、価格が安いという矛盾

 そこで伐採したご神木の木材が高い価格で売れたら賄えると算段する。ご神木は大木なのだから、十分な価格で売れるのではないか?

 烏川神社のご神木は、私の見たところ、まっすぐで枝も細りのない幹が10m近く伸びている。無節の最高級の材が採れそうに思える。材積も30立方mぐらいはゆうに採れるのではないか。そしてご神木ゆえのブランド価値。川上村は吉野林業の中心地だから吉野杉ブランドもつくだろう。これだけの大径木は、滅多に出ないはずだ。だからよい値がつくのではないか……。

 だが、残念ながら現在の木材市況は悪い。銘木で有名な吉野杉も、価格は今や盛況時の10分の1だ。しかも、現実は大木ほど価格は落ちるという奇妙な現象が広がっている。

 なぜなら太すぎる丸太は、製材機に入らないから。手作業の製材となると、それだけの技術を持つ職人がいなければならない。だから市場でも嫌われてしまうのだ。

 そして最大の問題は、これほどの大径木の使い道がなかなかないという現実だ。

大木ゆえに用途が見つからない

 現在の建築では、柱など木材を見せる部分が減っている。見えないなら立派な無垢の大木を使う必要はなく、外材の集成材でもよい。いや、コンクリートや鉄骨でもわからない。木目も気にされないので、大木を刻んで通常の寸法の角材や板にしても引き合うかどうか。

 なんだか寂しい話になってしまうのである。

 結局、期待できるのは社寺仏閣、あるいは歴史的建造物など無垢の大径木材を必要とする用途に限られる。ちょうど沖縄の首里城再建や、名古屋城の木造天守閣建設計画などもあるのだが、求められる多くがヒノキであり、なかなかスギはお呼びがかからない。これほど太ければ、ヒノキに負けない強度もあるのだが。

「このご神木は以前、明治神宮が建て替えを予定している一の鳥居の用材にならないかという声がかけられたことがあります」(東辻さん)というが、特殊な用途以外になかなか引き合いがないのだ。

 ご神木ゆえに大きくなり、大きいゆえに危険が生じ、伐るにも莫大な費用がかかる。そして伐った木は、大きすぎることで買い手がなかなか現れない……。ご神木の抱える悩みは深いのである。

※写真は、いずれも筆者撮影。

森林ジャーナリスト

日本唯一にして日本一の森林ジャーナリスト。自然の象徴の「森林」から人間社会を眺めたら新たな視点を得られるのではないか、という思いで活動中。森林、林業、そして山村をメインフィールドにしつつ、農業・水産業など一次産業、自然科学(主に生物系)研究の現場を扱う。自然と人間の交わるところに真の社会が見えてくる。著書に『鹿と日本人 野生との共生1000年の知恵』(築地書館)『絶望の林業』『虚構の森』(新泉社)『獣害列島』(イースト新書)など。Yahoo!ブックストアに『ゴルフ場に自然はあるか? つくられた「里山」の真実』。最新刊は明治の社会を揺り動かした林業界の巨人土倉庄三郎を描いた『山林王』(新泉社)。

田中淳夫の最近の記事