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多様なサクラを守ったのはイギリス人だった。花見はソメイヨシノだけじゃない

田中淳夫森林ジャーナリスト
「さくらの里」の八重桜。さまざまなサクラも魅力的(写真:GYRO PHOTOGRAPHY/アフロイメージマート)

 今年のサクラは例年より早く開花し、すでに満開になっているところも多い。いや、散りかけているところもあるだろう。残念ながら、コロナ禍で花見は自粛ムードなのだが……。

 ただし、ここでいう花見のサクラというのはソメイヨシノのこと。なにしろ日本のサクラは7割がたソメイヨシノなのだ。しかし、サクラには多くの品種がある。そして、その多くが日本でつくられたものだ。ところが、その多くは姿を消しつつある。むしろイギリスに多くあるという。その実情を紹介したい。

 サクラは植物学上、バラ科、サクラ亜科、サクラ属の落葉樹。北半球の温帯に広く分布しているが、とくに日本列島を中心に非常に多くのサクラが存在する。

 まず野生種となるサクラは、2年前、新種のクマノザクラが発見されて日本では10種となった。それに中国原産だが、古くから日本(主に沖縄)にも自生しているカンヒザクラも入れることがある。

 そうしたサクラの原種が交配し、100種以上が野生化している。このような自生種をまとめてヤマザクラと呼んでいるが、さらにこのヤマザクラを人の手で交配して作られた栽培品種(園芸品種)を「サトザクラ」といい、300種類以上にもなる。分類方法によっては600種にもなるそうだ。

 なぜ、これほどの品種があるかと言えば、江戸時代、町人も武士も園芸の育種に熱中し、なかでもサクラはアサガオなどと並んで競って新しい品種づくりが行われたからだ。日本は園芸大国、サクラの王国だったのである。

 だが、今ではそれらを一般人が目にすることはかなり難しい。明治以降、ソメイヨシノが一世風靡し、サクラと言えばソメイヨシノばかりが植えられてきたからだ。ソメイヨシノの誕生については以下の通り。

パッと散るサクラの原点が発見された?

サクラを嫌った?明治の日本人

 ところがイギリスには、日本のサクラの多くの品種が植えられているという。

 この経緯は『チェリー・イングラム 日本の桜を救ったイギリス人』(阿部菜穂子著 岩波書店)に詳しいが、要約すると、20世紀の初めに日本のサクラを熱心にイギリスに紹介したコリングウッド・イングラムという園芸家がいた。彼は日本を3度訪問し,自ら多様なサクラの品種を選んで穂木を持ち帰る。また日本の園芸業者にも頼んで多くの穂木を取り寄せた。当時、船でイギリスまで運ぶのは多大な苦労があったようだが、それらをケント州の自宅の庭で育てたのだ。最盛期には約130種のサクラがあったそうである。

 イギリスでは、戦後サクラブームが起きた。各地に多くのサクラが植えられた。その中には王室の庭園もある。ただし好まれたのは多様なサクラだった。日本のようなソメイヨシノ一辺倒ではない。それはヨーロッパ全土、さらにアメリカにも飛火した。

 イングラムは、消え行く日本の多様なサクラをイギリスに「保存」したのである。その中には、日本では姿を消してしまったものもあり、それを里帰りさせることで再び日本の地に花を咲かせることができた品種もあった。

 日本が生み出した多様なサクラ。それを日本人は捨て、欧米人が多様なサクラを愛している……なにやら皮肉な事態である。

 それでも日本で多くの品種が見られるところを探したところ……。

 大阪の造幣局には、350本の桜が植えられて、その品種の数は134種にもなる。花のシーズンは「造幣局の通り抜け」として開放しているので有名だ。江戸時代に旧藤堂藩の蔵屋敷だったが、藩主が珍しい品種のサクラを育てていたからだ。

 ちなみに広島の造幣局も、約60種のサクラが植えられている。

 東京・新宿御苑も1300本のサクラがあるサクラの名所だが、65種あるという。上野公園も40種ばかりあるようだ。

 本格的なところとしては、多摩森林科学園には、サクラ保存林がある。ここには約250種あるという。

 さらに茨城県結城市の「日本花の会桜蔵見本園」には、国内外のサクラの品種約350種を収集している。

 意外なところとしては、島根大学本庄総合農場には約160品種を集めている。

 ほかにも桜守と呼ばれる人たちが多くの品種を育てている例はあるが、これらの場所のいつでも誰でも入れるわけではない。とくに今年は休園しているところもあるのは残念。

 改めて多様なサクラを愛でる文化を育みたい。一斉に咲くソメイヨシノの魅力とは別に、一本一本のサクラとその花を楽しむ花見もあるのではないか。

森林ジャーナリスト

日本唯一にして日本一の森林ジャーナリスト。自然の象徴の「森林」から人間社会を眺めたら新たな視点を得られるのではないか、という思いで活動中。森林、林業、そして山村をメインフィールドにしつつ、農業・水産業など一次産業、自然科学(主に生物系)研究の現場を扱う。自然と人間の交わるところに真の社会が見えてくる。著書に『鹿と日本人 野生との共生1000年の知恵』(築地書館)『絶望の林業』『虚構の森』(新泉社)『獣害列島』(イースト新書)など。Yahoo!ブックストアに『ゴルフ場に自然はあるか? つくられた「里山」の真実』。最新刊は明治の社会を揺り動かした林業界の巨人土倉庄三郎を描いた『山林王』(新泉社)。

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