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廃業時代に失われる? 日本の森が生み出した宝の行方

田中淳夫森林ジャーナリスト
なかなか手に入らない長大材がびっしり並ぶ倉庫 (筆者撮影)

 それは田園風景の中にひっそりとあった。ただ思っていたより広い倉庫だ。中を覗くと、木材が山積みだった。

 ざっと見て歩く。内部は2階建てになっていて、整然と木材が仕分けされて積まれている。角材、板、丸太と形状は多彩だが、いずれも長大材だ。なかにはケヤキの7メートルを超える材なんてのもある。厚さは30センチ級か。さらに現在は滅多に見かけない屋久杉の4・5メートル材や木曽檜の幅1メートルを超す一枚板も。こんなもの、今や市場では絶対に手に入らないだろうと思わせる逸品揃いだ。

 多くは柱や梁材、板材だが、フローリング用なども目にする。また敷居や鴨居用の広葉樹材、そして北山杉の天然絞床柱も並ぶ。

屋久杉、木曽檜、大欅の逸品揃い

 樹種を確認すると、ヒノキやマツの大材のほか、ケヤキ、ヤマザクラ、クス、クリなど広葉樹材も多い。

「全体では、マツが一番多く、次がケヤキです。サクラもかなりあるかな。これだけ集めている工務店はほかにないでしょう」

 そういうのは、所有者である83歳の工務店店主。

 どれも樹齢200年から300年ものの原木を何十年もかけて買い求め、それを製材して20年以上天然乾燥させたもので、全部で約1300立方メートルもあるという。しかも毎年材を動かして、反りやひずみが出ないようにしているのだそうだ。完璧な木材管理だ。

幅1mを超える木曽檜の板
幅1mを超える木曽檜の板

 所有者は、若い頃から大工として活躍し工務店を立ち上げた。主に住宅を建ててきたが、ときには神社や仏閣も手がけたという。住宅も、数寄屋づくりの純和風建築を得意としてきた。

 その建材として、早くから逸品を選んで集め続けてきた。もう銘木が手に入らなくなるという思いと、木は時間をかけて乾燥させないと使えないからと在庫を積み増しておいたのだ。倉庫も木材の保管に最適になるように設計して建てたという。

 だが、これらの木材を手放そうとしている。最近は純和風の家は好まれなくなり、使う目途がなかった。自分も年だし、建築はしなくなった。娘しかいず、工務店の後継者もいない。だから今のうちに処分したいという。しかし、これらの銘木はどうしたらいい?

廃業・相続で行き場失う森の隠れ資産

 今、日本では中小企業の廃業が増えている。目立つのは赤字を抱えての倒産ではなく、黒字なのに事業継続を諦めて廃業するケースだ。中小企業庁によると2016年の休廃業・解散件数は過去最高で2万9583件。倒産件数の3・5倍である。多いのは建設業や製造業だが、近年はサービス業も増加中だ。2025年には中小企業の半数が消滅するとさえ言われている。

 理由は、やはり経営者の高齢化と後継者難が多い。いくら黒字と言っても、人材がいないと事業は継続できない。

 この大量廃業時代の到来で問題となるのは、一般には雇用の受け皿の減少、そして中小企業が持つ特殊な技術・細かなノウハウの消失だろう。だが、意外な盲点として工務店や材木店などが抱える隠れた資産に気がついた。今回縁あって見せていただいた在庫などは、もう二度と手に入らないような大径木・長大材の銘木である。同じような資産は、全国に眠っているのではないか。それらが廃業時に、二束三文で処分されてしまわないか心配になる。

 工務店・材木店だけではない。森林所有者の代替わりに伴い、相続者は先代が育てた森林を伐採して安く処分しようとする話を聞く。相続税の支払いや複数の相続者への分配のため、山の木を十把一絡げに全部伐って金に替えようとするのだ。しかし、山を知らずに処分してしまうと、貴重な材となる樹木も一緒に伐られるかもしれない。樹齢何百年の大木も、家具用に出荷すれば高額になる大径の広葉樹も、知らずに出せばパルプ用のチップにされてしまう。

 現在の日本では、安くて大量に供給できる木材ばかりを求めている。需要も安いものばかり。大径木材は製材機を通らないから嫌われるし、高級銘木も売り先がわからないので手を出さないのだ。私は、これらの木材こそ日本の隠れた資産、森が数百年かけて生み出した宝だと思うのだが、それを活かす知恵がないと投げ売りされてしまう。下手するとバイオマス燃料? まさか……。

中国人の方が銘木の価値を知る?

「この木材のことを仕事先の中国人に知らせたら、凄い逸品だと喜んでくれました。中国人の方が価値をわかってくれます。中国の富豪の間では日本風建築が流行っているんですよ」

 というのは、倉庫の木材の処分を頼まれて、つてのある中国人に声をかけた人の声だ。まだ成約には至っていないが、日本の銘木は海外に渡ってしまうのだろうか。

 惜しい、と思う反面、今の日本が中国に輸出している木材は、梱包材などの安物ばかりだから、こんな高級木材だってあるんだぞと見せつけるのもいいかな、と思ってしまう。

 しかし日本でも近年は城郭の天守閣や本丸の復元や、寺院が本堂を建て直すケースが話題に上がる。そこでは純和風建築の建材が必要なはずだ。先に火災で焼けた首里城も再建が計画されている。ところが、そこでも国内に使える木材がないと言われてしまう。そして、外材に頼ろうという声が出てくる。実は、外材の方が調達に手間がかからず楽という建設担当者の思惑もあるようだ。しかし、それが海外の森林破壊を助長していると国際的な批判にさらされている。

 日本の木材流通は複雑で、しかも情報が十分に流れていない。林業家は自分の山の木の価値もわからず、エンドユーザーも知らない。消費者はどこに自分の望む木材があるのかを知らない。こんなミスマッチが続くと、廃業や相続を機に失われる貴重な木材もたくさん出てきてしまいそうだ。

森林ジャーナリスト

日本唯一にして日本一の森林ジャーナリスト。自然の象徴の「森林」から人間社会を眺めたら新たな視点を得られるのではないか、という思いで活動中。森林、林業、そして山村をメインフィールドにしつつ、農業・水産業など一次産業、自然科学(主に生物系)研究の現場を扱う。自然と人間の交わるところに真の社会が見えてくる。著書に『鹿と日本人 野生との共生1000年の知恵』(築地書館)『絶望の林業』『虚構の森』(新泉社)『獣害列島』(イースト新書)など。Yahoo!ブックストアに『ゴルフ場に自然はあるか? つくられた「里山」の真実』。最新刊は明治の社会を揺り動かした林業界の巨人土倉庄三郎を描いた『山林王』(新泉社)。

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