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釜石スタジアムの木製座席は「第2の釜石の奇跡」だった

田中淳夫森林ジャーナリスト
釜石で開かれたラグビー・ワールドカップではスタジアムにも注目(写真:ロイター/アフロ)

 岩手県釜石市の釜石鵜住居(うのすまい)復興スタジアム。通称「ウノスタ」と呼ばれるスタジアムは、ラグビー・ワールドカップの釜石会場となった。国内で唯一、今回のワールドカップのために新設されたスタジアムである。

 10月13日に開かれる予定だったカナダ-ナミビア戦は、台風19号接近のため中止になった。その後、カナダ代表が被災地でボランティア活動を、ナミビア代表は宮古市でファン交流会を開いたことが知られて感動を呼んだが、その陰にあるスタジアムを巡る裏話を紹介したい。

 まず知ってほしいのは、ウノスタの座席のうち約7割、4990席は木製シートであることだ。さらにベンチ108基、トイレ2棟、日よけのためのルーバーも木製。ほかに使い捨ての木皿などもつくったという。使われたスギは約800本になった。

 これだけなら、さほど驚くことではないかもしれない。昨今、木質化は建築界のブームとなっている。しかし使われたのは、ただの木材ではなかった。実は2年前に釜石市内の尾崎半島で起きた大規模な森林火災で焼けた山から運び出したものだったのである。413ヘクタールにも及ぶ山林が焼けたのだが、ウノスタで使われた木材すべてをこの被災したスギで賄った。しかも通常より1割以上高い価格で買い取ったという。

 焼けた木を使えるのか、と思われる方もいるかもしれないが、火災に遭ったといっても芯まで燃えた樹木ばかりではない。樹皮があぶられた程度なら内部は無事だ。そもそも「焼き杉」という木材加工方法も古くからあるのだ。表面を焦がして木材を腐朽しづらくする手法であり、硬く締めることで木材の質を上げるのである。今回は表面に炭化層を残したわけではないが、ちゃんと木を選んで製材も工夫すれば十分に使える。

 ちなみに木製の座席は暑い日も温度が上がりにくいので座りやすい。光の反射も弱くなり見た目も美しくなった。表面には天然性の塗料を塗ったそうだ。

 こうした事例を示せたことは、火災で「もう林業は無理」と思いかけた森林所有者にとって、一つの希望となるだろう。

 思えば2011年の東日本大震災で、釜石は大津波によって甚大な被害を受けた。その中でほとんどの小中学生が事前の災害教育のおかげで助かったことは「釜石の奇跡」と呼ばれた。しかし街全体では多くの死者行方不明者を出し、市内の施設も大きな損傷を受けた。だから今回のスタジアム建設は、復興のシンボルとしての役割も担っていたのだ。そこに釜石産の木材を使う計画は、市民にとって大きな意味があった。

 その最中に山火事が起きたのである。しかし計画は覆らなかった。むしろ焼けたスギでも十分に活かせることを示し、「火災に遭った山」という悪いイメージを払拭しようと企てたのである。

 その立役者は、釜石地方森林組合だろう。この組合は、震災で多くの職員が失われ事務所も流されてしまった。そのため組合自体の存続が危ぶまれるほどだったのだが、建て直しの過程で野心的な取組を次々と打ち出してきた。

 将来的な人材育成を考えて「釜石・大槌バークレイズ林業スクール」を開設したほか、バイオマス発電用燃材の利益から基金を立ち上げ、伐採跡地への再造林費用を補助する民間の助成制度もつくった。被災をむしろ改革のきっかけとするたくましさを発揮してきたのである。

 そんな際に起きた森林火災は、釜石にとって2度目の被災だったわけだ。だが、それを逆手にとって焼けたスギを見事に利用してみせた。そう思えば、このスタジアム建設は「第2の釜石の奇跡」と言ってもいいのではなかろうか。

 今回の台風は、釜石にとって3回目の被災になるのかもしれない。ただ危機に陥ったときこそ、人間も組織も真価を発揮する。私はこれまでの歩みを見てきて、むしろ台風の後に何を生み出すか楽しみにしている。

森林ジャーナリスト

日本唯一にして日本一の森林ジャーナリスト。自然の象徴の「森林」から人間社会を眺めたら新たな視点を得られるのではないか、という思いで活動中。森林、林業、そして山村をメインフィールドにしつつ、農業・水産業など一次産業、自然科学(主に生物系)研究の現場を扱う。自然と人間の交わるところに真の社会が見えてくる。著書に『鹿と日本人 野生との共生1000年の知恵』(築地書館)『絶望の林業』『虚構の森』(新泉社)『獣害列島』(イースト新書)など。Yahoo!ブックストアに『ゴルフ場に自然はあるか? つくられた「里山」の真実』。最新刊は明治の社会を揺り動かした林業界の巨人土倉庄三郎を描いた『山林王』(新泉社)。

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