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流木も街路樹も資源。生み出すのは100万円のキャットタワーに20万円の木製イヤホン

田中淳夫森林ジャーナリスト
流木で作られた無印良品店舗の外壁 (オークヴィレッジ提供)

 飛騨高山の山間部にあるオークヴィレッジ本社。その倉庫を見せてもらった。

たくさんの板が見上げる高さまで積まれてある。その多くの棚の中の一つに、くすんで汚れた木肌を見せる板があった。

「これはダム湖に溜まった流木を引き取ったものです。ダム湖には、大雨が降ると上流の沢などから大木が倒れて流れ込んでくるんです」(佐々木一弘・商品開発部部長)

 さらに隣は、某有名神社の鎮守の森の木。他に街路樹もあった。いずれも理由あって伐採されたり倒れたもので処分致し方ないのだが、直径数十センチある大木だけに、そのまま焼却処分されるにはもったいない代物だ。それらを引き取ってきたのである。

0.1ミリ単位の精密加工で生み出すイヤホン

 オークヴィレッジは家具メーカーとして知られるが、ほかにも玩具や建築、さらに樹の精油(アロマ)までグループ会社で生産する。重要なのは、そこで使われる木材はすべて国産材であること。しかも多様な広葉樹材が多い。なかなか手に入らない国産広葉樹材の調達の秘密がここにあった。

最高級木製イヤホンは精密加工で生まれる
最高級木製イヤホンは精密加工で生まれる

 そんな多様な木を、さまざまな商品に生まれ変わらせるのだ。家具あり、木工玩具あり、インテリアあり。先の流木の一部は、無印良品の石川県「野々市明倫通り店」に使われたそうだ。(冒頭の写真)

「流木でも木質は、商品にしてまったく問題なしです。むしろ味を出せます」

 驚くのは素材の調達方法だけではない。製作している中にJVCケンウッドと共同開発した木製イヤホンもある。価格はなんと20万円! 徹底的に音質を追求した結果、木製になったという。木はもっとも音響特性がよいのだ。ただし、0.1ミリ単位という超高精度の加工が必要となる。使われたのは国産イタヤカエデだが、それに漆塗りを施している。いずれも自前の職人を抱えているのだ。

社名は、飛騨の森でクマは踊る

「日本の森は宝の山」。一時期、日本の林業を指して、こんなフレーズが流行ったことがある。だが内実を見ると厳しい。単にスギやヒノキを大量に伐採するだけなのだ。数十年かけて育てた樹木を十把一絡げに扱い、しかも安い。宝どころか投げ売り状態だ。結果的に山間地域にはげ山が増えるのに金は落ちず、疲弊していくばかりだった。

 本当の森の資源とは何か。木を資源にするために必要な条件は何か。それを考えて飛騨高山を訪れて、目にしたのが流木にイヤホンだったのである。

 次に訪れたのは、飛騨古川町の古い街並みの一角である。改装された昔の町家に入っているのが、株式会社飛騨の森でクマは踊る(通称・ヒダクマ)だった。

 このとぼけた?社名も気になるが、何をする会社なのか。イマイチ業態がわからない。入口にはカフェの看板があるのだが……。

古い町屋を改装したヒダクマの社屋
古い町屋を改装したヒダクマの社屋

「一部は飲食のできるカフェにしていますが、日本の木工や伝統建築の技術を学べるようにしています。2階は宿泊できるようになっていて、長期滞在や合宿も可能です。そしていろいろなデジタル工作機械を備えており、ものづくり(ファブリケーション)できる場ということでファブカフェと呼んでいます」

 と、やっぱりよくわからないことをいうのは、ヒダクマ代表取締役の松本剛さん。どうやら、ものづくりのワークショップを開いているらしい。建築系の学生や外国の職人もよく来るという。飛騨と言えば「飛騨の匠」で知られる大工の技が知られる土地。そんな場所だけに、ものづくりの技を学びたいと考える人が訪れるのか。

 だが、カフェやワークショップはメインの事業ではないという。むしろ本業は商品開発だ。それも木材を扱う。企業などに依頼されて、まったく新しい木質商品を試作製造する場なのだ。

超豪華キャットツリーを生み出す

 その中でもヒット作?だというのは、「Modern Cat Tree NEKO」。つまりキャットタワーである。珍しくない? ちなみに価格は100万円だ。台座は大理石で、ナラ、ブナ、カエデなどの国産広葉樹と麻縄の爪研ぎ付き。家具として眺めても美しいデザインと品質である。実際、よく売れているという。愛猫のためなら金に糸目をつけない人もいるのだ。

 ほかにも多様な樹種を組み合わせてつくった斬新なデザインのフローリングや遊具、什器、さらにオフィスなどの空間づくりまで提案している。

「ここで行うのは試作までで、量産はやりません。ただファブカフェでは、こちらにある工作機械を使って一点ものを作りたいプロの職人も来られます」

ヒダクマの所有する広葉樹の森。将来的にはここから木材生産を目論む
ヒダクマの所有する広葉樹の森。将来的にはここから木材生産を目論む

 ヒダクマの設立は、4年前。全国にファブカフェを運営するクリエイティブ集団・株式会社ロフトワークと、地域づくりコンサルティングの株式会社トビムシ、そして飛騨市がつくった第3センターの会社である。それぞれの専門性と人材ネットワークを活かしてものづくりの提案を行う。

 また飛騨市の市有林約20ヘクタールをヒダクマに「出資」しており、そこには広葉樹の森もある。この森を整備を進めつつ、多様な木材を産出させる計画だ。

日本の本当の「資源」とは何か

 ものが売れないと言われる現代、どの業界もどうすればいいのか頭を悩ましている。何か画期的な新素材は登場しないか。新しいニーズを見つけられないか……。だが歴史ある業界ほど伝統の枠をなかなか破れず、新たな素材を導入するのを渋ったり斬新な商品ほど生み出しにくいのが実情だ。

 とくに日本の木工業界は閉塞感が漂う。家具は、海外で生産された合板などの安価なフラッシュ家具が席巻している。一方で、高級家具はほとんど外材の広葉樹材を使用してきたが、世界的な資源枯渇と森林保全の広がりからその仕入れが厳しくなってきた。

 ところが林業界では今もスギやヒノキ、カラマツ一辺倒で、広葉樹材は低質資源扱い。広葉樹材を求める声はあるものの、既存の樹種や大木は底をついて、今後どこから調達してよいかわからない。そのうえ、消費者の琴線に触れる商品とは何かつかみかねている。

「広葉樹のまちづくりを標榜している飛騨市でも、出荷される広葉樹のほとんどはパルプ用チップにされています。飛騨にいる多くの大工も、使うのは外材だったり遠くから調達した木材になりがちです。それでは地域振興になりません。地域に根ざしたものづくりを行うきっかけにならないかとヒダクマ設立に参画したんです」(飛騨市の林業振興課の竹田慎二さん)

 オークヴィレッジのグループでは森林たくみ塾という場を設けて木工職人の養成を行っており、そこで腕を磨いた人たちが多くいる。ヒダクマは、全国のクリエーターを結んで斬新な企画とデザインによって試作品を生み出そうとしている。それらが組み合わさって、世間では使えないと思われるものを「資源」に変えていくのだ。

 今の日本に必要な資源とは、他の追随を許さない技術であり、企画力やデザイン力ではないか。加えて、新しいことに挑戦する度胸かもしれない。

 

 果たして彼らは、林業そして木工の世界に風穴を空け、日本の森を本当の宝の山にできるだろうか。

(文中の写真は、すべて筆者撮影)

森林ジャーナリスト

日本唯一にして日本一の森林ジャーナリスト。自然の象徴の「森林」から人間社会を眺めたら新たな視点を得られるのではないか、という思いで活動中。森林、林業、そして山村をメインフィールドにしつつ、農業・水産業など一次産業、自然科学(主に生物系)研究の現場を扱う。自然と人間の交わるところに真の社会が見えてくる。著書に『鹿と日本人 野生との共生1000年の知恵』(築地書館)『絶望の林業』『虚構の森』(新泉社)『獣害列島』(イースト新書)など。Yahoo!ブックストアに『ゴルフ場に自然はあるか? つくられた「里山」の真実』。最新刊は明治の社会を揺り動かした林業界の巨人土倉庄三郎を描いた『山林王』(新泉社)。

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