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雑草が国土を守る?草刈り前に考えること

田中淳夫森林ジャーナリスト
放置して、一面クズに覆われた空き地。(筆者撮影)

 梅雨入りした。雨が降ると、草がよく伸びる。とくに雑草が。

 町内会でも、町内一斉草刈りの日の通知が回ってきて、自宅だけでなく公園や街路の草取りに汗を流さなくてはならない。草ぼうぼうのまま放置したら街の景観が維持できない。草刈りは、農業や林業、ゴルフ場……などだけでなく、街の生活にも重要な仕事である。

 雑草は嫌われ者だ。樹木を伐ったら「自然破壊」と言われがちだが、草刈りをして文句を言われることはあるまい。放置すると人間の生活圏も浸食してくるからだろう。農地では作物を押し退けて雑草が繁ると収穫できなくなる。さらに庭はもちろん道にも雑草が繁る。アスファルトに覆われているところさえ、蔓や根を伸ばして草に覆われかねない。

 一方で草取り・草刈りは大変な労力だ。時間も体力も疲弊する。

 とはいえ、雑草が常に悪者なわけではない。そこで雑草に関するウンチクを少々。

 はげ山に雨が降ると、表土が流されてしまい水害を発生する心配が起きる。だが山が森に覆われているとある程度防げるとされる。それを森林の大きな役割とされるのだが……この場合、表土を守っているのは樹木と思われがちだ。雨滴を地面に直撃させない効果があるとされる。だが、樹木はむしろ雨水が表土を削る助けをしている可能性がある。

 なぜなら、樹木の枝葉を広げた樹冠部分に雨が降ると、枝葉に雨滴が付く。それは徐々に葉の表面などに溜まって大きな塊となる。そして樹冠から落ちる。これを樹冠雨というが、空から直接落ちてくる雨滴に比べてはるかに大きな水の塊である。高さも数メートルあるだろうから大きなエネルギーを持つ。それだけに表土をえぐる力も強い。だから樹木の下ほど表土が流されがちなのだ。

 もちろん、樹木は雨水を樹幹に伝わらせて静かに下に流す効果もあるからマイナスばかりではないが、樹木が表土を守っているとは必ずしも言えない。むしろ、表土を雨滴の落下から守っているのは、地面を覆うように生えている草である。草の葉はしなって雨滴をゆっくり地面に落とす。高さもない。そして草の根は地面直下を密に伸びて表土をガッチリとつかんでいる。

 だから森林の土壌流出防止機能を支えているのは、樹木より草の方が大きいだろう。国土を守っているのは、そんな雑草である!

 思えば江戸時代に今でいう雑草という概念はなかった。文献に「雑草」という言葉はほとんど登場しないうえ、使っても悪い意味ではなかったのである。

 もちろん農作物の成長を邪魔する草ではあるものの、ほかにさまざまな使い道があったからだ。山菜のように食べられるものもあったし、薬にもなった。さらに牛馬の餌として重要であった。草刈りはそんな産物の収穫作業でもあったのだ。現在世界中で問題となっている日本産の雑草・クズも、蔓の繊維で葛細工や葛布をつくるほか根からは葛粉が採れた。当時は害を成す草というイメージはなかったのだろう。

 もっとも重要なのは、草は肥料になることだ。刈り取った草を堆肥にして農地に漉き込んでいたのである。樹木の枝葉も刈り取って堆肥にすることはあるが、草の方が断然有利だ。

 里山の歴史を調べていると、山の樹木を伐って、草山にする話が出てくる。山に樹木が生えていない方がよいという考え方もあったのだ。草の方が毎年生えて生産力があったからだろう。領主が草山を開墾して農地にしろとお触れを出したところ、草山の肥料がなければ農地にできないと反対した記録も残る。

 おそらく明治以降に西欧から「雑草(ウィード)」の概念が輸入されて、拒否感が強まったのだろう。西欧では、役立つ植物と害を成す植物に分類したからだ。永年の草取りの労務から解放されたいという気持ちが高まったのかもしれない。

 だが、近年は欧米の方が雑草を残す農法も登場している。生物多様性の視点だけでなく、土壌保全のために重要だと認識され始めたのだ。草の生えていない農地では表土が流出して、農耕が営まれなくなるケースが頻発しているからだ。多様な植物が生えていてこそ災害にも強いと主張されるようになってきた。

 ならば日本でも、再び雑草に光を当ててもよいのではないか?

 ……と、草刈りをしないで済ます理屈を考えてみたが、許されないだろうなあ。家の前の道は舗装されているのにアスファルトのひび割れから草が生えている。やっぱりみっともない。でも草抜きは面倒だ。ここには除草剤撒いたろか! と思ってしまうのである。

森林ジャーナリスト

日本唯一にして日本一の森林ジャーナリスト。自然の象徴の「森林」から人間社会を眺めたら新たな視点を得られるのではないか、という思いで活動中。森林、林業、そして山村をメインフィールドにしつつ、農業・水産業など一次産業、自然科学(主に生物系)研究の現場を扱う。自然と人間の交わるところに真の社会が見えてくる。著書に『鹿と日本人 野生との共生1000年の知恵』(築地書館)『絶望の林業』『虚構の森』(新泉社)『獣害列島』(イースト新書)など。Yahoo!ブックストアに『ゴルフ場に自然はあるか? つくられた「里山」の真実』。最新刊は明治の社会を揺り動かした林業界の巨人土倉庄三郎を描いた『山林王』(新泉社)。

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