天守閣再建ブームが巨木の森を破壊する!

300年生の木曽檜の森。江戸初期に伐り尽くした後に、ようやく育ったのだが……。

江戸城の天守閣の再建が話題になっている。東京オリンピック開催も後押ししているようだが、観光立国をめざす中で、今こそ日本文化の象徴として壮大な木造の天守閣(姫路城の3倍の体積!)を復元しようというものだ。

実は、同じような天守閣再建をめざす動きは各地にある。本丸御殿を復元中の名古屋城は、次に現在のコンクリート製天守閣の木造化をめざしている。同じく北海道の松前城も、コンクリート製天守閣が耐震性の問題から建て替えが課題となっており、その際に木造の天守閣にする構想が模索されている。小田原城も木造化構想を描いているし、静岡県は駿府城の天守閣復元構想を知事が披露した。すでにいくつかの櫓や御門の復元が行われた流れに沿っている。何かと城郭の復元ブームなのである。

こうした動きが起きたのは、戦後建てられたコンクリート造りの復元天守閣の耐用年限が近づいているものの、再び再建する場合、コンクリートでは認められないからだ。歴史的建造物は、可能な限り当時と同じ建築法をとることが求められるとされている。そして「本物」を求める市民の声も強い。

一方で、神社仏閣の再建・修復なども増えてきた。東本願寺、西本願寺の修復に加えて、奈良の興福寺も金堂の建設が進められている。これらには大径木で長大な木材が使われるのだ。

だが、これら巨大建築物の再建には重大な問題が潜んでいる。それは大径・長大材資源の枯渇である。

世間には、日本の森は飽和状態で、木が生えすぎていることが荒れる元だという認識が広がってきた。だから間伐推進、「木づかい運動」も起こされ、国産材を使うことが日本の森を守るという声も強まっている。

たしかに総蓄積としての木材は増えている。だが、実は長大材は枯渇している事実に目をつぶっている。とくに数百年生の巨木が眠る天然林資源は減少の一途なのだ。

長大材は、古代より宮殿や神社寺院、そして城郭など権力者の巨大建築に使われてきた。もちろんその資源は、天然林にある。都が建設される度に近隣の山が禿山になって行ったのだ。

その変遷をたどると、古代より使われたのはヒノキ材が多く、奈良時代には近江の国の田上山にあったヒノキの巨木林が伐り尽くされた。その後も各地の山が伐られ続け、江戸時代初期には枯渇する。木曽檜も伐り尽くした時期があるのだ。

そこで目をつけたのが、広葉樹のケヤキ材である。江戸期の寺院建築では、ケヤキの大木が多用されるようになった。だが、それも尽きてくる。明治以降は領有した台湾からタイワンヒノキを輸送して使われ出したのの、戦後はそれも失われる。そこでベイヒバなどアメリカのオールドグロス(天然林の大径木)を狙う。さらにアフリカ材も求められるようになった……という流れがある。

そこから浮かび上がるのは、一つの長大材資源が枯渇する度に別の樹種に移り、それも遠隔地の材を求めてきた事実だ。

戦後は、木材に頼らずコンクリート造りや鉄骨造りも増えてきた。しかし今になって木造回帰が始まっても、長大木は底をついているのだ。森林資源そのものは充実してきたと言っても、まだ戦後植えられた木は、樹齢がせいぜい60年程度。高さ40メートル、太さも直径1メートル以上ある木は200年300年ものでない無理だから、とても間に合わない。

しかし「創建当時と同じ」建築を求める限り、無垢の大木を求める。この調子だと、国内どころか世界的に少なくなった長大材を、日本が根こそぎ伐り尽くしかねない……。

そこで考えてもらいたい。歴史的建築物の再現(実際は、細部の設計図は残されていないケースが多く、推定に基づく“創造”である)に日本のみならず世界の森林を破壊してもよいのだろうか。

そもそも実用ではない天守閣を、どうしても再建する必要があるのか。するにしても創建時と同じような大径木・長大材を使わねばならないのだろうか。

私は、現代ならではの技術を用いて、細い木を寄せて利用する集成材や合板を使えばよいと考える。あるいはコンクリートや鉄骨製でも内装と外装に木を使うことで、見た目は木造になる。観光用に日本文化を見せたければ、それでも十分可能だ。

実は現在の法隆寺には、創建時にはなかった貫が入っている。幾度も時代の節目で修理される際に新たな技法が採用されたのだ。また東大寺の大仏殿は屋根裏にイギリス製の鉄骨が入れられている。明治の大修理で入れられたものだが、当時は鉄骨の小屋組こそ自慢できる最新技術だったのだろう。平城京跡に復元された大極殿も、ゴム製の免震基盤を備え、裏には合板による壁構造を設えている。時代とともに建築も変化するのである。

長い歴史の中で、現代の流行に乗って行う「復元」のために、後世に残すべき希少な巨木の森を失うことのないよう考えてもらいたい。