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日本森林学会が「林業遺産」を選定したけれど…

田中淳夫森林ジャーナリスト
林業遺産の一つ、長野県上松町赤沢の森林鉄道。これは観光用に復元したもの。

今年、(前身の林学会から数えて)創立100周年を迎えた一般社団法人日本森林学会では、「林業遺産」を選定することになった。

第1回目の今年は、10件を公表している。

http://www.forestry.jp/introduction/forestrylegacy%20/

・「太山の佐知」をはじめとした興野家文書(興野喜宣・大田原市黒羽芭蕉の館)

・旧木曾山林学校にかかわる林業教育資料ならびに演習林(長野県木曽青峰高等学校・長野県林務部)

・全国緑化行事発祥の地(関東森林管理局・茨城森林管理署)

・木曾森林鉄道・遺産群(上松町、大桑村、木曽森林管理署)

・四国森林管理局保存の大正~昭和初期の林業関係写真(四国森林管理局)

・飯能の西川材関係用具(飯能市郷土館)

・いの町の森林軌道跡(いの町、いの町雇用創造協議会)

・東京大学樹芸研究所岩樟園クスノキ林(東京大学樹芸研究所)

・大学演習林発祥の地:浅間山・千葉県鴨川市(東京大学千葉演習林)

・猪名川上流域の里山・台場クヌギ林(能勢電鉄株式会社)

どうだろう。このうち知っているのはどれだろうか。

一般にも知られたものはどれかと探すと、せいぜい木曽森林鉄道や台場クヌギ林くらいではなかろうか。(それだって結構マニアックだと思える。)イマイチ光景が「遺産」の姿が目に浮かばない。

ナントカ遺産と聞けば、世界自然遺産、世界文化遺産に始まり、最近は世界記憶遺産も登場している。いずれもユネスコの選定だ。さらに近代化産業遺産とかジオパークのような地質遺産、そして世界農業遺産なども登場した。いずれも、すぐれた景観や記録の価値あるものをリストに加えていくものだ。そして保護保全を推進しつつ認知度を高めることをめざす。ある意味、今回の林業遺産も、そんな「遺産ブーム」に乗って選定に動いたのかもしれない。

日本森林学会では、この「林業遺産」の選定を始めるに際して、次のように記している。

「日本各地の林業は、地域の森林をめぐる人間の営みの中で編み出され、明治期以降は海外の思想・技術も取り入れつつ、大戦期の混乱を経て今日に至るまで、多様な発展を遂げてきました。「林業遺産」は、具体的な対象の選定を通じて、こうした日本各地の林業発展の歴史を、将来にわたって記憶・記録していくための試みです。」

つまり、遺産指定によって、過去の林業に関わる歩みに注目しよう(させよう)という意図があるのだろう。

対象には、

「 林業発展の歴史を示す景観、施設、跡地等、土地に結びついたものを中心に、体系的な技術、特徴的な道具類、古文書等の資料群を、林業遺産として認定します 」とある。

さらに内規もあって、そこには認定対象の分類まで上げられている。

(1)林業景観(用材林、防災林、薪炭林、特用林産物生産林等の森林の利用に関する景観)

(2)林業発祥地(有名・独特な施業体系をもつ林業の発祥地)

(3)林業記念地(記念植樹、旧係争地等の森林利用に関するメルクマール的意味を持つ土地)

(4)林業跡地(施業跡地、土場・炭焼き等の利用跡地)

(5)搬出関連(森林軌道、林道、筏場、木馬道等。現存・跡地を含む)

(6)建造物(林業発展の歴史を示す建造物。現存・跡地を含む)

(7)技術体系(林産物加工技術、施業計画等)

(8)道具類(地域の林業発展を特徴づけるまとまった道具類)

(9)資料群(林業関連のまとまった古文書・近代資料、写真、映像等)

しかし、このように宣言するなら、とくに第1回目は誰もが思い浮かべるようなもの、あるいは初めて聞いても、その価値がピンと来るものを並べてほしかった。そうした林業関係の遺産も必ずあるはずだ。

たとえば私が思いつくのは、吉野の巨木林や京都の北山杉の景観。鳥取県の智頭にある日本でイチバン古いと噂される約400年前に植樹された慶長杉もいいだろう。木曽林業なら、伊勢神宮の遷宮に使う材を伐る三つ紐伐りの切株(代々、神聖なものとして保存されている)も有力だと思う。ほかにも秋田県の海岸林、滋賀県の田上山や栃木県の足尾銅山などの緑化事業地……と、いろいろ思い浮かぶ。

それに比べて、今回はどうもマニアックな「発祥の地」とか写真、道具類が多い。一目で遺産にすべき意図が伝わってくるものがないのだ。

改めて候補に推薦する要件を調べると、

「学会員からの応募推薦に限ります。特定の土地・施設・技術・文物にかかる対象については、所有者・管理者より同意を得ていることを推薦の条件とします。景観・発祥地等の広域にかかる対象については、所有者・管理者が特定できる場合はその同意、特定できない場合は自治会・自治体・管理団体等の同意を推薦の条件とします。また、公的機関や学協会による文化財などの指定を受けていないことを原則とします 」

これは厳しすぎるだろう。推薦を学会員に限っては候補自体があまり揃わないのではないか。しかも所有者・管理者などの同意を取らないと推薦さえできないとなれば、手間隙かけて推す気が失せるだろう。なぜ広く推薦をうけつけて、有力候補になった時点で、同意取り付けにも学会が援助するぐらいの汗をかかないのか。事実、応募は19件だったらしい。選ばれた数の2倍以下である。少し寂しい。

そして選定結果を発表する際には、それぞれの詳しい選定理由を示すとともに写真を添付するとか、もう少しサービス精神があってもいいのではないか。遺産の認知度を上げ、今後の保護保全を推進する、そして林業全体への関心を高める意図があるなら、それが最低条件だ。これでは選んでオシマイということになりかねない。

今からでも遅くない。ぜひ詳しい遺産レビューを付けてほしい。同時に来年度以降の選定に期待する。

森林ジャーナリスト

日本唯一にして日本一の森林ジャーナリスト。自然の象徴の「森林」から人間社会を眺めたら新たな視点を得られるのではないか、という思いで活動中。森林、林業、そして山村をメインフィールドにしつつ、農業・水産業など一次産業、自然科学(主に生物系)研究の現場を扱う。自然と人間の交わるところに真の社会が見えてくる。著書に『鹿と日本人 野生との共生1000年の知恵』(築地書館)『絶望の林業』『虚構の森』(新泉社)『獣害列島』(イースト新書)など。Yahoo!ブックストアに『ゴルフ場に自然はあるか? つくられた「里山」の真実』。最新刊は明治の社会を揺り動かした林業界の巨人土倉庄三郎を描いた『山林王』(新泉社)。

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