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<シリア>北部クルド地域 高まる緊張 NATO加盟問題で北欧2国 揺さぶるトルコ(写真9枚+地図)

玉本英子アジアプレス・映像ジャーナリスト
PKK(クルディスタン労働者党)の戦闘員。(2006年・イラク北部・玉本撮影)

◆スウェーデンとフィンランドのNATO加盟にトルコが反対

ロシア軍のウクライナ侵攻をめぐり、スウェーデンとフィンランドがこれまでの中立政策を転換し、NATO(北大西洋条約機構)への加盟を申請した。バイデン米大統領も後押しする意向だ。一方、トルコは両国のNATO加盟に反対を表明、両国がPKK(クルディスタン労働者党)を支援していると主張する。(玉本英子/アジアプレス)

トルコ、シリア、イラク、イランから志願したクルド人からなるPKK戦闘員。トルコ軍と衝突する一方、都市部では爆弾事件も引き起こした。トルコ政府は「分離主義テロ組織」とし、徹底した取り締まりを続けてきた。(2006年・イラク北部・玉本英子撮影)
トルコ、シリア、イラク、イランから志願したクルド人からなるPKK戦闘員。トルコ軍と衝突する一方、都市部では爆弾事件も引き起こした。トルコ政府は「分離主義テロ組織」とし、徹底した取り締まりを続けてきた。(2006年・イラク北部・玉本英子撮影)

◆クルド難民受け入れてきたスウェーデン

かつてトルコでは、クルド人の存在や言語は認められなかった。これに対し1980年代半ばから武装闘争を開始したのがPKKだ。支持する住民もいたが、爆弾事件も引き起こすなどして、一般市民に犠牲も出た。治安部隊はPKKを「テロ組織」とみなし、掃討戦を繰り広げ、数千の村が破壊された。故郷を追われ、難民となってヨーロッパへ逃れた者もあいついだ。

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1990年代、トルコ南東部では治安部隊とPKKの戦闘が激化。トルコ軍に村を破壊されたり、衝突に巻き込まれたりして、多くのクルド住民が避難民に。一部はヨーロッパに難民として受け入れられた。写真はトルコ南東部からイラク、マハムールに逃れたクルド難民。(2006年・イラク・玉本英子撮影)
1990年代、トルコ南東部では治安部隊とPKKの戦闘が激化。トルコ軍に村を破壊されたり、衝突に巻き込まれたりして、多くのクルド住民が避難民に。一部はヨーロッパに難民として受け入れられた。写真はトルコ南東部からイラク、マハムールに逃れたクルド難民。(2006年・イラク・玉本英子撮影)

スウェーデンは多くのクルド難民を受け入れてきた国の一つだ。行政機関で難民の通訳を務めたイラク出身のクルド人、サバハ・ラボ氏(39)は言う。

「クルド人の人権状況に、スウェーデン政府も社会も同情的だ。難民受け入れ政策が変わることはないだろう」

スウェーデンとフィンランドは、ロシア軍によるウクライナ侵攻を受けて、これまでの中立政策を大きく転換し、NATOへの加盟申請を表明。バイデン米大統領もこれを後押しするとした。左からニーニスト・フィンランド大領領、バイデン米大統領、アンデション・スウェーデン首相。(2022年5月・米ホワイトハウス公表映像)
スウェーデンとフィンランドは、ロシア軍によるウクライナ侵攻を受けて、これまでの中立政策を大きく転換し、NATOへの加盟申請を表明。バイデン米大統領もこれを後押しするとした。左からニーニスト・フィンランド大領領、バイデン米大統領、アンデション・スウェーデン首相。(2022年5月・米ホワイトハウス公表映像)

◆トルコがNATO加盟問題を「政治カード」に

スウェーデンのアンデション首相は、「PKKに資金も武器も援助していない」とし、難民支援とは一線を引いている。

ラボ氏は、トルコの意図をこう指摘する。

「エルドアン大統領は、スウェーデンとフィンランドのNATO加盟問題を政治カードに使っている。欧米諸国がトルコの強硬なPKK政策に反発しにくくなると同時に、プーチンには、両国のNATO加盟に反対したと示せる。双方に対し、存在感を高めることができる」

NATO加盟国のトルコは「スウェーデンとフィンランドがPKKを支援している」などとして両国のNATO加盟に拒否の姿勢を示した。写真は、シリア領内を走行するトルコ軍装甲車両。(2019年・シリア北部テル・アビヤッド・玉本英子撮影)
NATO加盟国のトルコは「スウェーデンとフィンランドがPKKを支援している」などとして両国のNATO加盟に拒否の姿勢を示した。写真は、シリア領内を走行するトルコ軍装甲車両。(2019年・シリア北部テル・アビヤッド・玉本英子撮影)

2019年、トルコ軍はシリア反体制派を後押ししてシリアに軍事越境。「PKK・民主軍・人民防衛隊排除」を名目としたが空爆や砲撃で住民に多数の犠牲。他方で民主軍側も砲撃し、住民に被害。写真はトルコ軍機の爆撃で負傷した女性。(2019年・シリア、テル・タームル・玉本英子撮影)
2019年、トルコ軍はシリア反体制派を後押ししてシリアに軍事越境。「PKK・民主軍・人民防衛隊排除」を名目としたが空爆や砲撃で住民に多数の犠牲。他方で民主軍側も砲撃し、住民に被害。写真はトルコ軍機の爆撃で負傷した女性。(2019年・シリア、テル・タームル・玉本英子撮影)

◆市民の犠牲が繰り返される懸念

シリア北部にはクルド主導のシリア民主軍が展開している。トルコは民主軍を「PKKと一体のテロ組織」とし、国境をはさんで対峙する。2018年以降、トルコ軍とその支援を受けたシリア反体制派は、民主軍の地域を次々と制圧した。

空爆で夫を亡くし、瓦礫の中から救出された重傷の女性、砲撃で亡くなった住人の血が残る家。戦闘が始まれば、力のない市民にはどうするすべもない現実を、私は取材現場で目の当たりにした。

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IS掃討戦を続けるシリア民主軍戦闘員。「ISとの戦いで多数の犠牲者を出したのに、国際社会はトルコ軍の侵攻に対して沈黙し、見捨てられた」との思いが、当時、クルド住民に広がった。(2019年・シリア、ラッカ・玉本英子撮影)
IS掃討戦を続けるシリア民主軍戦闘員。「ISとの戦いで多数の犠牲者を出したのに、国際社会はトルコ軍の侵攻に対して沈黙し、見捨てられた」との思いが、当時、クルド住民に広がった。(2019年・シリア、ラッカ・玉本英子撮影)

◆ISと戦ったシリア・クルド主導勢力

民主軍は過激派組織「イスラム国」(IS)と最前線で戦った。国際社会の脅威だったIS掃討のため、アメリカは民主軍を支援し、武器を供与した。

民主軍は多大な犠牲を出しながらも、シリアのIS拠点をほぼ壊滅させた。だが民主軍排除を狙ったトルコの越境攻撃では、トランプ政権(当時)は民主軍側との合意を翻し、国境地帯の米軍を撤収させ、結果的に見捨てる形となった。

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「これまで繰り返されたトルコ軍の侵攻ではアメリカにもロシアにも裏切られた。自分たち自身で戦うしかない」と話すイスメット・ハサン、コバニ防衛委員長。(2014年・シリア、コバニ・玉本英子撮影)
「これまで繰り返されたトルコ軍の侵攻ではアメリカにもロシアにも裏切られた。自分たち自身で戦うしかない」と話すイスメット・ハサン、コバニ防衛委員長。(2014年・シリア、コバニ・玉本英子撮影)

◆トルコ軍のシリア再侵攻計画、迫る新たな戦火

今、再びトルコ軍による北部地域への侵攻の可能性が高まっている。シリア北部コバニの防衛委員長、イスメット・ハサン氏(60)は、苦渋をにじませる。

「私たちはアメリカにもロシアにも裏切られた。住民とこの土地を守るには、自分たち自身で戦うしかない」

その言葉は、国がなかったゆえに、後ろ盾を持てなかったクルド人の置かれた状況を映し出す。

ウクライナ侵攻に抗議の意思を示した国際社会は、なぜシリア侵攻には沈黙するのか。自分たちはまた見捨てられるのか。住民に新たな戦火が迫りつつある。

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トルコはクルド主導勢力地域(黄エリア)から「テロ組織排除」を名目に「シリア領内30キロ幅をトルコの国防上の安全保障地帯とする」と主張。戦闘激化の緊張が高まっている。ティル・リファト、アイン・イサ、コバニ、マンビジに侵攻する可能性がある。(地図・アジアプレス)
トルコはクルド主導勢力地域(黄エリア)から「テロ組織排除」を名目に「シリア領内30キロ幅をトルコの国防上の安全保障地帯とする」と主張。戦闘激化の緊張が高まっている。ティル・リファト、アイン・イサ、コバニ、マンビジに侵攻する可能性がある。(地図・アジアプレス)

トルコ政府は「シリア民主軍・人民防衛隊がシリア内戦で鹵獲した武器をPKKに供給」とし、「テロ組織排除は安全保障上の重要課題」とする。写真はイラク北部のPKKが携帯式地対空ミサイルでトルコ軍ヘリを撃墜する様子。(2016年・イラク北部・PKK公表映像)
トルコ政府は「シリア民主軍・人民防衛隊がシリア内戦で鹵獲した武器をPKKに供給」とし、「テロ組織排除は安全保障上の重要課題」とする。写真はイラク北部のPKKが携帯式地対空ミサイルでトルコ軍ヘリを撃墜する様子。(2016年・イラク北部・PKK公表映像)

(※本稿は毎日新聞大阪版の連載「漆黒を照らす」2022年6月14日付記事に加筆したものです)

アジアプレス・映像ジャーナリスト

東京生まれ。デザイン事務所勤務をへて94年よりアジアプレス所属。中東地域を中心に取材。アフガニスタンではタリバン政権下で公開銃殺刑を受けた女性を追い、04年ドキュメンタリー映画「ザルミーナ・公開処刑されたアフガニスタン女性」監督。イラク・シリア取材では、NEWS23(TBS)、報道ステーション(テレビ朝日)、報道特集(TBS)、テレメンタリー(朝日放送)などで報告。「戦火に苦しむ女性や子どもの視点に立った一貫した姿勢」が評価され、第54回ギャラクシー賞報道活動部門優秀賞。「ヤズディ教徒をはじめとするイラク・シリア報告」で第26回坂田記念ジャーナリズム賞特別賞。各地で平和を伝える講演会を続ける。

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