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連休や全国旅行支援【ホテルが料金を上げる】のは正しいか?料金を上げ下げしないホテルの特徴的すぎる現場

瀧澤信秋ホテル評論家
ホテル ココ・グラン高崎提供

料金変動はホテルの常識

昨年末に掲載された「全国旅行支援と便乗値上げ…うちは絶対やってません!と言い切ったホテルの“実名”と“言い分”」では、ホテル業界で常識となっている“ダイナミックプライシング”をせず、料金変動させないことをプライス・ポリシーとするホテルのケースを紹介しました。

ホテルの多くが一斉に値上げした、観光需要喚起キャンペーン(Go To トラベルや今回の全国旅行支援)では料金を上げず、逆に需要が消失し他のホテルが次々と料金を下げたコロナ禍では料金を一切下げないという特徴的なホテルでした。その理由は「料金を変動させないホテルだから」という単純明快な理由であり、キャンペーンだろうが連休だろうが常に一定の料金設定を堅持しています。

読者のみなさんもご存じのとおり、“(繁忙日に)ホテルが料金を上げるのは正しいか?”というタイトルに対しては、繁忙日にホテルの料金が上がるのは、正しいかどうかは別として、まさに常識といえ非常識な値上げをするホテルもある)、どのくらいまでの値上げや値下げが適切かという問題はあるにしても、ホテルの収益性を高めるためには変動は至極あたり前のこと(になっている)といえます。また、昨今のホテル業界全体としての値上げが必要という理由や動きについても前編で解説しました。

一方、別の視点からまれに料金変動させないホテルもあり、なぜ変動させないのか、その狙いは何か、経営として成立するのかなど、興味深い点がいくつも湧いてきます。今回の問題意識は、全国旅行支援に際してホテル料金が高騰した傾向について、“便乗値上げ”ではないかという批判が出たところにあります。そもそもGo To トラベルキャンペーン時には高価格帯の宿に恩恵があったという批判から、全国旅行支援においては、宿泊特化型ホテルに代表されるような低価格帯のホテルへもという制度設計になりました。

当然というか、低価格帯だけにその変動は金額の多寡という点でも目立ち、前編で述べたような便乗値上げ批判が起こりやすかった土壌があったと筆者は分析しますが、ゆえに変動させないホテルのスタンスはより際立ち注目することになりました。

本記事は文量の問題から一括掲載できなかった続編として、「ホテル ココ・グラン高崎(前編に続き「ココ・グラン」とする)」(群馬県高崎市)について、料金変動させないホテルという点を中心とした引き続きのレポートを内容とします。料金変動するホテルについてどう感じるか、所有のリスクやメリットについても含め、同ホテルの思惑や狙いなどさらに深掘りしていきます。

ダイナミックプライシングと清掃?

前編の最後になりますが、“料金変動させるホテルについてどう思うか”という質問に対しては、「料金変動の管理はオペレーション的には無駄」とココ・グランの牧本統括支配人はバッサリと切りました。数字目標達成のため常に料金変動を注視することについて「画面を見るよりお客様を見たい」という象徴的な話や、さらに業界で問題とされている直前に安くなる傾向が(変動させないので)そもそも無いことや、キャンセル率の低さなども紹介しました。

ホテル ココ・グラン高崎提供
ホテル ココ・グラン高崎提供

さらに、牧本さんは“清掃”も例に話してくれました。ホテルにとって清掃は今後ますますキモになっていくことは、5~6年前から筆者もメディアを通して問題提起してきましたが、そうした問題意識を持つに至ったひとつが、ホテルによってどうしてここまで清掃レベルが違うのかと日々感じていたことでした。

加えて、ホテルが激増していた背景から清掃スタッフの人手不足は必然となること、ココ・グランが清掃スタッフも全て自社雇用している姿を開業当初から見てきたことなどが問題提起の背景としてありました。

ココ・グランの清掃スタッフ自社雇用は、客室のデザイン性やアメニティ数の多さなどもあり、クオリティーを担保した客室清掃という考えが基本にありますが、このホテルに限らず、ホテルの魅力発信的な取材先ホテルを調べていくと、清掃スタッフを自社雇用していたというケースは何度か見てきました。

もう少しわかりやすく説明すると、多くのホテルでは清掃スタッフを専門会社からの派遣で賄っています。他方、業界全体で人手不足が深刻かつ喫緊の課題として叫ばれていますが、特に清掃スタッフの確保は困難、派遣の費用も高騰しているといわれています。

そうした環境とダイナミックプライシングは少なからず関係性があるというのが、一般の(料金変動させる)ビジネスホテルでも長年支配人を務めてきた牧本さんの見立てです。「清掃が派遣になると、稼働が低くても清掃費を稼がなくてはなりません。当日の稼働が低ければ派遣を断ればいいというものではなく、委託会社との間に“客室保証”という約款があり、契約管理そのものも大変ですが稼働の高低にかかわらず一定の委託料が発生する」といいます。

清掃は一例としても「(こうした状況下でダイナミックプライシングだと)費用捻出という観点から安くしても埋めようという発想に自然となるし、事実自身がそうでした。また余分な仕事が…大変だったよなぁ」と牧本さんはしみじみ当時を思い返します。これは、料金変動させないことと清掃スタッフを自社雇用していることは何か密接な関係があると感じ、ココ・グランの清掃スタッフについて詳細を尋ねてみました。

現在20数名の清掃スタッフを先述のとおり全て自社雇用、稼働に応じてフレキシブルにシフトを組むといいますが、何より驚いたのは開業当初から勤めている10年選手が6人もいるということ。無論、勤め続けられたのは自社雇用だったという環境はあるわけですが、様々な(詳述はできませんが)手当の出る賃金体系やマネージャークラスからの手厚いフォローなどもあったと牧本さんは分析します。

お客様と共にスタッフへも注力できるのはダイナミックプライシングをとらないひとつの効用なのでしょうか。いずれにしても興味深いテーマであり、料金を変動させないホテルとリピーター率・キャンセル率そして稼働予測、清掃スタッフの自社雇用の関連については今後も考察を続けたいと思う話でした。

ダイナミックプライシングをとらないのはオーナー社長ゆえ?

ここでダイナミックプライシングをとらないココ・グランのプライス・ポリシーについて、オーナー社長が物件の所有も運営も手がけるという点から考えたいと思います。

ココ・グランでは、社長が自ら定期的に全客室をくまなくチェックし修繕するところを次々と指摘、速やかに直すことが求められるといいます。運営として手がけるホテル数が限られる(陣取りゲームのような展開はしないとのこと)からできることでしょうが、これは当事者性やホテル愛という言葉と置き換えられるでしょうか。

まさに、全責任を負う責任者によるチェックで、スタッフも(きっと大変でしょうが)責任感が植え付けられるようになっていったといいます。これを聞いて「直したいところがあって上(運営会社やオーナー)に申し出ても却下される」という、とあるチェーンビジネスホテル支配人の話を思い出しました。

前述した清掃スタッフの10年選手という話に戻りますが、たとえばユニットバスやエアコンの分解清掃までこなすといい、単純に“凄いですね!”と述べると「直ちに対応することが社長から求められるので外注していたら間に合わないのです」「これも自社雇用ならではでしょうか、スタッフ自らこなすことでノウハウが蓄積されていきました」とのこと。

これを財産というかは別として、料金を変動させるホテルの収益/させないホテルの収益をはじめ、変動の管理をするための労務的なコスト、リピーター率・キャンセル率、清掃などなど細かく関連する事象についての定量分析は興味深い結果をもたらすのではないかと思料します。

ここでホテルの運営方式の話も出てきました。所有・運営の分離は日本でもホテル業界の流れとなっています。一方でオーナー(会社)が物件を所有し同時に運営も行うココ・グランのような例もあります。所有と運営の分離という点では、先般オーナーがファンドというホテル関係者の話を聞きました。「結局、投資家はホテル愛という次元ではなく、当然にリターンが目的だからホテルのソフトという部分は理解されにくい」という話でした。

運営会社(スタッフ)の思いとは別次元でホテルは所有され、たとえば物件の価値という点で(リートなどハードに対して一定の基準に基づき修繕などなされるといいますが)ソフトウェア、ヒューマンウェアという点まで所有者と運営者が価値観を共有するというのは確かにうまく想像できません。そもそも共有していくとすれば長きにわたり同様の関係が続いていくことが前提となるでしょうか。

果たして10年前目標に掲げた客室価格は達成したのか?

そろそろスペースも尽きてきました。さて、本来収益の最大化をめざすダイナミックプライシングを取り入れず、料金変動させずに10年間運営されてきたココ・グラン。目標は達成しているのでしょうか?

開業した10年前に14000円(シングルルーム)が自らのホテルの価値とし最終的な目標として掲げたものの、まずは8800円でスタートしたと前編で記しましたが…いまや14000円のホテルとして、開業当時6万円だったプレミアムココスイートもコロナ禍も含め現在では当初の目標だった10万円で販売、高稼働を保っています。 

ホテル ココ・グラン高崎提供
ホテル ココ・グラン高崎提供

ここまで実現できたら変動させないにしても、もっと上げたいのでは?と聞くと、「昨今の運営価格の高騰など上げざるを得ない状況については我慢のしどころ」「上げたい気持ちもあるがやはりそれはホテル側の都合」と牧本さんは話します。とはいえ高崎で14000円という当初ありえなかった高価格帯ホテルを実現、コロナ禍を除けば目標を達成し続けるホテルが実現しました。

最後に牧本さんと共に長時間のインタビューに対応してくれた木本貴丸専務へ「ココ・グランだったら欲しいというオーナーはたくさんいるのでは?」と聞いてみました。「確かにありますが…売却?いえ売りません!」ときっぱり言い切った姿が印象的でした。 

*      *      *

以前「ホテルの賞味期限は10年」ということをメディアで書きました。この言葉、実はココ・グランスタッフからの受け売りでした。これに対して、中には何十年経っても人気を保っているホテルもありますよというような読者からの感想もいただきました。

他方、その意味するところはスタッフ曰く「10年も経つと斬新さも薄れハードは老朽化、節々に不具合も出て細かな修繕の日々が続く。だからより人の魅力を価値としていかなくてはならない」という自戒の意味もあるとのこと。

この言葉はホテルの危機感のあらわれでもあると考えます。ダイナミックプライシングはしない、オーナーが運営もするホテル、ゆえにリピーターは定点からホテルを見て、変わればすぐにわかってしまうとこのスタッフは話してくれました。

付加価値や差別化というワードは使いやすく説得力もあります。そもそも差別化戦略については、価格以上の価値を提供できれば勝てるという意と経営学の教科書に書いてありましたが、他方、付加価値の創出とゲストへの定着は一朝一夕で完結できるものではないことを10年間の取材を通し見てきました。

このホテルがやってきたことは10年計画の付加価値と価格の向上でした。まだまだ課題はあるでしょうし考察を深めなければなりませんが、これを筆者はホテル価値の一側面と捉えます。所有と運営、当事者性、ホテル愛、責任の所在というキーワードを鑑みつつ、ダイナミックプライシングとそこから派生する発想/原理的意味合いにおける付加価値向上は決して親和性は高くないという印象も持っています。

いま、ホテル業界は激変の時を迎えています。ホテルの客室単価・収益がコロナ禍前の水準に戻るにはまだ時間を要するとはいえ、コロナ禍の収束、訪日外国人旅行者の再増加、再編やリブランドが進む業界、コロナ禍であぶり出された賃貸方式の齟齬もいまや水面下で新たな動きも見せています。他方、ホテル数も増加しており、物価高騰などの環境はホテル運営の経費にも影響を与えています。

環境の変化と対応という点からも所有と運営のリスク分離は謳われますが、方式にかかわらず、独自のポジションを築いてきたホテルが強いことは数多くの取材を通して実感してきたことです。

このような記事を書くと、所詮特異な例、レアケースと揶揄されることもありますが、“差別化”という点でこれほどの褒め言葉はないでしょう。そんな進化を続けてきたホテルと変化著しい業界…激変するほどにこのホテルが際立っていくことだけは確かなようです。

ホテル ココ・グラン高崎提供
ホテル ココ・グラン高崎提供

今回のテーマは、変動させないホテルについてのレポートでしたが、変動が特徴的なホテルについても機会があれば取材を試みたいと考えています。いずれにせよ、変動させるホテル/させないホテル、どちらが良い悪い正しい間違っているというアプローチではなく、こういうホテルもあるという例を記事として残しておくことはホテルジャーナルという点からも意味あることという点からの執筆でした(変動させないホテルの要素として意識しつつも本稿ではデザイン性やホスピタリティマインドといった部分は文量を鑑み割愛しました)。

少し専門的な内容も出てしまいましたが、前編とあわせて長い記事に最後までお付き合いいただきありがとうございました。何ごとにも長所・短所があります。バイアスがかかると見えにくくなることを改めて肝に銘じつつ、できる限り先入観を排しつつ引き続き“比べてわかる宿泊業界”をテーマに、多様な業態に対して“全方位外交的”に取材を深めて参ります。本年もよろしくお願いします。

ホテル評論家

1971年生まれ。一般社団法人日本旅行作家協会正会員、財団法人宿泊施設活性化機構理事、一般社団法人宿泊施設関連協会アドバイザリーボード。ホテル評論の第一人者としてゲスト目線やコストパフォーマンスを重視する取材を徹底。人気バラエティ番組から報道番組のコメンテーター、新聞、雑誌など利用者目線のわかりやすい解説とメディアからの信頼も厚い。評論対象はラグジュアリー、ビジネス、カプセル、レジャー等の各ホテルから旅館、民泊など宿泊施設全般、多業態に渡る。著書に「ホテルに騙されるな」(光文社新書)「最強のホテル100」(イーストプレス)「辛口評論家 星野リゾートに泊まってみた」(光文社新書)など。

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忌憚なきホテル批評で知られる筆者が、日々のホテル取材で出合ったリアルな現場から発信する辛口コラム。時にとっておきのホテル情報も織り交ぜながらホテルを斬っていく。

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