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全国旅行支援と便乗値上げ…うちは絶対やってません!と言い切ったホテルの“実名”と“言い分”

瀧澤信秋ホテル評論家
(筆者撮影)

全国旅行支援と便乗値上げ

2022年を振り返ると、水際対策緩和による訪日外国人旅行者の増加や全国旅行支援(以下「旅行支援」とする)など、特に後半の観光需要の高まりは注目すべきものがありました。ホテルの稼働でいえば、やはり旅行支援による好影響も指摘できます。一方、兼々指摘してきたGo To トラベルをはじめとした観光需要喚起キャンペーンにおける現場の混乱などネガティブな影響については、今回の旅行支援も含め宿泊施設側の損失数値化という観点から、ホテル単位や業界としても追って検証されるべきでしょう。

思い起こしてみると、旅行支援のスタートと共に際だったのが大幅な値上げをしたホテルのケースで、SNSでも便乗値上げというワードがトレンドになるほどでした。これに対して、業界側から“便乗値上げには該らない”等の主張はありましたが、はて何パーセント上げれば便乗値上げ? 便乗値上げの厳密な要件は?・・・便乗値上げという言葉の難しい面を感じる機会にもなりました。

値上げという点でいえば、コロナ禍で大打撃を受けてきた業界にして、(賃金物価水準等々の違いは置くとして)海外のホテル料金水準との比較、様々なコスト増大、コロナ禍収束のフェーズにあって借入金の返済など喫緊の問題もあり、「販売価格引き上げよう」という声が出ていました。「これを(旅行支援)を機に真っ当に料金に戻す」とあるホテル担当者は吐露してくれましたが、そうした声を聞くに旅行支援ムードありきの値上げが一定割合あったことは事実でしょう。

便乗値上げについて消費者庁のホームページには「合理的な理由によって値上げを行う場合は便乗値上げには当たりません」といった記述があります。また先頃とある自治体の「(エリアでの)便乗値上げはなかった」という調査報告の記者会見がありました。これについて当該エリアへのホテルへ確認してみると、「(自治体の)担当部署から便乗値上げをしましたか?」といった問い合わせがあったので「してません」と予定調和的に答えたといいます。

筆者の考えとしては、便乗値上げをしたか否かといった業界側の意思や論理でなく、“全国旅行支援と期を同じくした値上げを消費者が便乗値上げと感じたか否か”という消費者側の心理や感覚によるところが大きい思っています。すなわち期を同じくして値上げをすれば便乗値上げと感じる消費者がいる、というのが騒動の真相と感じました。

話題としては収まってきた便乗値上げ問題を(旅行支援の補助金という性質は別として)蒸し返すようで恐縮ですが、値上げそのものについては過去をを振り返っても、コロナ禍前のインバウンド活況、東京オリンピックなど需要が高まりとホテルの非常識な値上げは大きな話題となってきましたし、このところ都市部のホテルを中心に高騰が話題となりつつあります。海外の話ですが、先般のサッカーワールドカップでも現地のホテルの高騰ぶりが信じられないレベルというニュースもありました。

需要の高まりという機運においての便乗も含めた値上げとそれにまつわる問題は、今後も出てくるだろうホテルジャーナルにおいて定番のテーマであることを鑑みつつ、一方で十把一絡げにはできない様々なホテルがあるという例も今回レポートしておきたいと思います。

便乗値上げは絶対にないというホテルの言い分

一例として、2012年の開業時から約10年間にわたり筆者が定期的に取材を続けてきたのが「ホテル ココ・グラン高崎」(以下「ココ・グラン」とする)。取材を続けてきたひとつの理由が“(基本的に)料金を変動させない(※)”ことをプライス・ポリシーとする珍しいホテルだったという点でした。上述の便乗値上げ問題ではダイナミックプライシングという言葉も話題になりました。ホテルが繁閑に応じて日々料金を変動させることは広く知られた“常識”でありかつ豊富な事例もあり、収益の最大化を目指すという点も含めたメリットをここで改めて説明する必要はないでしょう。

ホテル ココ・グラン高崎(ホテル提供)
ホテル ココ・グラン高崎(ホテル提供)

一方、レアケースといえる変動させないホテル。なぜ変動させないのか?どのような手法をもって収益性を高めるのか?長期的視点で見た場合にホテル経営として成立するのか?といったことが気になり取材を続けてきました。今回、ある種の総括的なインタビューに応じてくれたのが、経営・運営会社の専務取締役である木本貴丸さんと統括支配人の牧本祐介さん。

旅行支援で値上げはありましたか?と直撃してみると、開口一番「うちのホテルに限って便乗値上げはもちろん値上げすらありえません。なぜならそもそも料金は一定で固定されており都度変動させることはないからです」と木本専務は断言しました。なるほど、という答えではあります。

料金変動させないことをポリシーとする理由についても尋ねると「2012年にホテルを開業する際に危惧したのが、高崎市が東京から新幹線で完全な日帰り圏であること。足を止めて泊まってもらうには、ホテルの独自性という観点で徹底してリピーターを獲得する必要があり、そのためにも安心・安定というイメージをもってもらうためにも変動させないことをポリシーにした」といいます。

※((基本的に)変動させない、と記述しましたがここでいう変動とは日々の変動という意であり、ココ・グランでは地元のお祭り・花火大会・大晦日・GWには1000円ほど上乗せされることがあります)。

変動させないと決めたホテル-料金設定はどうしたのか

2012年当時、同エリアではシングル5000円が平均的な1泊料金でしたが、エリアにはないハイセンスかつ手厚いサービスを提供するホテルを自負し、シングルルーム8800円という設定でスタート。この価格設定の理由は、駅至近という立地や付帯施設、客室のクオリティーなど勘案すると定価として14000円というのが自らのホテルの価値と考えるものの、まずは手探り状態ということで約35パーセントOFFを指標としてスタートしました。

何年後になるのかはわからないが14000円で納得してもらえるホテルを目指すということで、開業時からホテル運営でシングルルーム14000円は大きく意識されていきました。インバウンド活況のはしりという時期の開業だったとはいえ、高崎市にはインバウンドの恩恵は少なく、ゲストの多くは日本人のビジネスマンと一部観光客でした。

ロビーラウンジとバーカウンター(ホテル提供)
ロビーラウンジとバーカウンター(ホテル提供)

稼働率については、当初エリア平均の70パーセント程度と想定していましたが、実際に開業してみると上述のように平均価格から4000円近い設定にもかかわらず、90パーセントほどの稼働を叩き出しました。調べてみると値段を気にしないゲスト、すなわち会社の出張旅費規程が高水準という例、自分のお金を加算して泊まっているケースなども目立ちました。

そもそもこれら客層のニーズがあったのに取り込むホテルがなかったと分析、ホテル ココ・グランのコアターゲットと認識するに至りました。8800円の設定が2~3年続きリピーター率が高くなると、「8800円のプランに3000円のクオカード付きだったらもっといい」というようなまさに想定ターゲットを物語るゲストからの要望があるなど、(値上げしてもリピーターが定着し続けるべく)サービス、備品などのブラッシュアップと共に10800円へアップしたといいます。

とはいえ変動させないということは他のホテルが安い時に不利ではないですか?と聞くと、「驚くことに値上げにもかかわらず稼働率はさらに上昇し95パーセントをキープし続けました」と牧本さんは教えてくれました。

コロナ禍で予約激減の業界…でも一切値引きしません

ダイナミックな変動させないことと共にココ・グランの掟ともいうべきものが、一度上げた料金は下げないというポリシー。これはブランディングという点も意識されているといいます。実際、コロナ禍で多くのホテルが大幅な値下げする中、ココ・グランは一切値下げをしませんでした。そもそも変動させないことをポリシーにしているわけですが、「下げてしまうとその価値のホテルになってしまう」と木本専務は語ります。

インバウンド消失のコロナ禍で顕著だったのが、インバウンドに頼ってきたホテルの苦戦でしたが、そもそもインバウンドの恩恵が少なかったエリアにあってココ・グランは多くの日本人リピーターに支えられていたことも功を奏し、料金を下げないにもかかわらず、予約激減など業界全体が大変だった時期においても50パーセント近い稼働を保っていたといいます。「コロナ禍であっても出張に行かなくてはならない、どうしても動かなくてはならないという人々、それもこういう時だから応援したいというリピーターのみなさまがこぞって利用してくれた」と牧本さんは振り返ります。

プレミアムココスイート(ホテル提供)
プレミアムココスイート(ホテル提供)

また、ココ・グランにおいてコロナ禍で顕著だったのがスイートルームといったプレミアムな客室の高稼働でした。宿泊特化型ホテルにしては珍しいのですが、同ホテルはスイートルームをはじめとした特色あるハイクラスの客室を擁します。中でも最上級の客室は11階のプレミアムココスイートという約100平方mの1室ですが、この客室を例にとってもコロナ禍で7~8割の稼働を保っていたといいます。

中には10日以上の連泊もあったといい、コロナ禍で注目された客室でホテルステイの愉しみを完結できる点にもマッチする客室だったのでしょう。こうした特別な客室数は(基本ツインルーム)5パーセントほどですが、全体の20パーセント以上の売り上げを占めているとのこと。

画面を見るよりお客様を見たい

牧本統括支配人は、都心の高級ホテルから全国チェーンのビジネスホテルまで約30年間ホテルに勤めてきた現場経験を持ちます。ココ・グランの前も同エリアにある全国チェーンビジネスホテルの支配人をしていました。まさに“料金変動の真っ只中”で生きてきた人物ですが、ココ・グランの支配人となって10年、料金を変動させないことのメリットについて尋ねてみました。

「お客様に専念できることです」と即答。意味がわからなかったので再度聞き返すと「料金変動の管理はかなりタイムリーな作業で、他のホテルの価格など随時チェック、管理画面と睨めっこという状態です。大規模なホテルならば専任の担当者もいるのでしょうし最近であればAIの活用なども知られていますが、いずれにせよ小規模なホテルにとって実はかなり負担になっているはず」といい、変動させるホテルさせないホテルの両方を体験してきた豊富な現場体験から出てくる話は興味深いものばかりでした。

シングルルーム(ホテル提供)
シングルルーム(ホテル提供)

牧本さんは「料金変動の管理はオペレーション的には無駄」とバッサリ切ります。“あの日に安くしてしまったので数字目標を達成するためにシングルユースをやめて強引に2名利用で売る”“売れ残りを仕方なく当日安くして売るが…早くから予約してくれていたお客様に申し訳ない”・・・本社からの指示と良心との板挟み。「お客様の都合より我々の都合、これではブランディングもへったくれもなく憧れのホテルにはなれない」。これを聞いて“三方よし”という経営理念の言葉を思い出しました。

確かにあとに予約した人が安くなる傾向は業界で問題視されてきました。ココ・グラン高崎に限っていえば、そもそも変動させないのでそうした問題とも無縁、料金についてゲストの納得性も高いからかキャンセル率も業界平均よりはるかに低い。料金変動と無縁になると稼働率に専念できお客様に注力する時間も増え、長期的視野に立つと「お客様を見る人材がホテルに増えていくのです」と牧本さんはいいます。

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年明けに掲載予定の続編では、引き続き変動するホテルについてどう感じるか、清掃スタッフの問題、所有のリスクやメリット、果たして価格の目標と達成できたのかなどについて触れていきます。

ホテル評論家

1971年生まれ。一般社団法人日本旅行作家協会正会員、財団法人宿泊施設活性化機構理事、一般社団法人宿泊施設関連協会アドバイザリーボード。ホテル評論の第一人者としてゲスト目線やコストパフォーマンスを重視する取材を徹底。人気バラエティ番組から報道番組のコメンテーター、新聞、雑誌など利用者目線のわかりやすい解説とメディアからの信頼も厚い。評論対象はラグジュアリー、ビジネス、カプセル、レジャー等の各ホテルから旅館、民泊など宿泊施設全般、多業態に渡る。著書に「ホテルに騙されるな」(光文社新書)「最強のホテル100」(イーストプレス)「辛口評論家 星野リゾートに泊まってみた」(光文社新書)など。

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忌憚なきホテル批評で知られる筆者が、日々のホテル取材で出合ったリアルな現場から発信する辛口コラム。時にとっておきのホテル情報も織り交ぜながらホテルを斬っていく。

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