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【ビジネスホテル】と呼ばないで!! ゲストへ届かぬホテルの本音

瀧澤信秋ホテル評論家
いわゆるビジネスホテル然とした客室(写真:GYRO_PHOTOGRAPHY/イメージマート)

ビジネスホテルという言葉に悩む

ゲスト目線のホテルの評論を生業にしているが、業界のリアルな声との間で時にジレンマに陥ることがある。ビジネスホテル問題も長年抱えてきたジレンマであり、未だ問題解決には至らない大きなテーマのひとつだ。長年といっても評論家歴は10年に満たないのでその程度の期間ということではあるが、そのジレンマは言い換えると自身への反省も含めた“依存”と表せるかもしれない。

ホテル=宿泊は多くの人々が抱くイメージであり、まさに現実もその通りだが(コロナ禍においてフレックスステイなど新たなスタイルも出現しているものの)、枝葉の部分でいえば、特定のスタイルを指す言葉でより多くを括ってきてしまったことにより、その言葉の持つイメージと現実の齟齬をホテル評論家という仕事を通して痛々しくすら感じている。

思い起こせば「ビジネスホテル」という言葉の意味を改めて意識したのがテレビの仕事を通してであった。某局の人気番組から“ビジネスホテル特集”を組むということで取り上げる施設を推挙、その施設へ出向いてロケを行いスタジオ解説というオファーであった。筆者の思いとして、多くの人々が既に知っているホテルやブランドに含め、知名度は高くないものの、小規模や地方にあるようなキラリと光るホテルを広く知ってほしいという部分も強い。

テレビ番組のビジネスホテル特集で紹介されたスイートルーム(筆者撮影)
テレビ番組のビジネスホテル特集で紹介されたスイートルーム(筆者撮影)

その企画でも“ビジネスホテルなのに”スイートルームがあるホテル、“ビジネスホテルなのに”ハイセンスなダイニングがあるホテル、“ビジネスホテルなのに”独特のコンセプトがあるホテルというような、ビジネスホテルなのに的な視聴者がアッと驚くことを期待しつつ施設を選んだ。それはメディアの求めるところと合致するのは言わずもがな。一方、それはホテルの思惑とも重なる部分でもある。

メディアに取り上げられることは知名度の向上に繋がり、集客やステークホルダーからの信頼にも直結するわけで、テレビに限らずより多くの人々に興味を抱いてもらうという点を鑑みると、(本音は別としても)より注目されるキャッチーな言葉で括られることが肝要だからだ。実際に上記のような特色あるホテルを“ビジネスホテル”という括りで紹介、ホテル側からも全面的な協力体制をいただき無事放送され、事実、各ホテルの集客へも絶大な効果を生んだ。

果たしてこれはビジネスホテルなのか?

反面「果たしてこのホテルをビジネスホテルと括るのが正しいのか」「ホテル側は協力してはくれるもののビジネスホテルという言葉で括られることをどう思っているのだろう」という疑問符は、このテレビ企画以降も様々なメディアから“ビジネスホテル企画”が持ち込まれる度に脳裏をよぎった。かくいう筆者であるが、この記事の前に寄稿したテーマは「ビジネスホテルとコンビニエンスストア」についてであるし、“ビジネスホテル”というワードの持つ強さは多くの読者に届く一因ともなる。

ビジホ・コンビニ記事で紹介した「ホテルフォルツァ大阪なんば道頓堀」(筆者撮影)
ビジホ・コンビニ記事で紹介した「ホテルフォルツァ大阪なんば道頓堀」(筆者撮影)

“ビジネスホテル”を、端的に一定ホテルのイメージを表する便利な言葉としていまだ広く用いているが、冒頭に“依存”と書いたのは、こうした意味においてである。そもそもビジネスホテルとは何なのだろう。多くの人が抱くイメージは、リーズナブルで簡素、部屋は狭いけど機能的な宿泊施設といったところだろうか。

ところで「朝食が美味しいビジネスホテル」という企画もよく持ち上がるが、確かにビジネスホテルは(基本的に)夕食の提供はない。その他、宴会、結婚式といったよく見るホテルサービスも確かにビジネスホテルは(基本的に)提供しない。基本的・基本的と書いたのは、まさにビジネスホテルという言葉の持つイメージの曖昧さであり、メディアでビジネスホテルと括られるホテルにあっても、かようなサービスを手がけるホテルもある。

ビジネスホテルの語源を辿るとあるホテルブランドに行き着く。各地へ展開する「ホテル法華クラブ」だ。大正9年(1920年)京都へお寺参りに訪れるゲストのための旅館として創業、昭和30年代後半にはビジネスホテルに業態転換したという。「今や一般的となったビジネスホテルという言葉は、当社が先駆けとして開発した画期的なもの」とし、2012年からは観光利用のゲスト向けに開発したアルモントホテルも並行して展開している(同ホテル公式サイトより)。

新たな観光向けホテル開発、というように、従前から法華クラブはビジネスホテルとしてその名の通りビジネス需要を取り込んできたわけで、ビジネスホテル=出張族に主眼のおかれたまさにビジネス需要に呼応してきたホテルといえる。法華クラブに限らず、そのようなホテルは「ビジネスホテル」という言葉が広く認知され一般化されることで、言葉の持つ力の恩恵にあずかってきた。

様々なスタイルのホテルが増えた

ところで、前記の“観光向けホテル開発”という言葉は、ホテル業界を取り巻く環境の変化を端的に表している。近年の観光ブーム~インバウンド活況は、宿泊に特化したホテルにおいても新たな需要創出に繋がっている。“高級じゃ無くても便利で機能的”“清潔感があればいい”“リーズナブルに泊まれれば良い”というような増大するゲストニーズと、効率的に開業・運営ができるという事業者の意向は実に多様なスタイルの宿泊に特化したホテルを誕生させてきた。同じ宿泊に特化・宿泊を主体とするホテルが競合すれば差別化は必須となり、他のホテルにない特徴を打ち出そうという動きは当然の成り行きだ。

コンセプト性の高いホテルが増えた(レムプラス神戸三宮/筆者撮影)
コンセプト性の高いホテルが増えた(レムプラス神戸三宮/筆者撮影)

特に昨今、簡素だけど便利で機能的という範疇には収まらない、宿泊に特化・宿泊を主体とするホテルは実に多い。デザイン性やアートを打ち出しコンセプトにするホテル、ハイセンスなラウンジやダイニングレストランを併設するホテル、癒しやリゾートをテーマにするホテルなど様々な態様がある中で、いずれも共通するのは宿泊を主体にしているという点。先ほどから“宿泊に特化”“宿泊を主体”という言い回しをしているが、業界では「宿泊特化型ホテル」「宿泊主体型ホテル」という表現がかなり定着している。

筆者の記憶の域を出ず恐縮であるが、宿泊特化型という表現は業界専門誌が端緒で、ビジネスホテルという慣用的な表現とは一線を画し、より的確に業態を表していることから業界内で定着していった。一方で、前述のように様々な特色を打ち出すホテルは、もはや“宿泊にのみ特化”しているとは言い難いということから「宿泊主体」という表現も広まっている。ただし、いずれも一般的には馴染みのない言葉であろう。いずれにしても、宿泊特化型ホテル/宿泊主体型ホテルがビジネスホテルとイコールでないことはおわかりいただけるであろうか。

少々業界内の難しい話になってしまったが、もはや、ビジネスホテルという言葉の持つイメージにそぐわない、宿泊に特化、あるいは宿泊を主体にしたホテルが増加してきた。一方で、特にメディアを中心とした(結果として一般に根付く)様々なシーンにおいて「ビジネスホテル」という括りで言い表され続けていることについて、冒頭に吐露した筆者自身のジレンマもあり、何か他の表現はないものかと常々考えていた。

業界の声は

少しでも違いを表せればと、一時筆者は「進化系ビジネスホテル」というワードを頻繁に発信、多くのメディアに取り上げていただいたが、それもやはりビジネスホテルというワードの持つパンチ力に依ってのものだ。筆者とビジネスホテルという言葉の関わりについて冗長な話になってしまったが、冒頭で記載した「ビジネスホテル問題」は、業界内でもクローズアップされている。

今回、宿屋大学代表の近藤寛和氏の協力のもと、宿泊に特化・宿泊を主体とする事業者へのアンケートを行った。宿屋大学は、ホテル業界等の人材を育成するためのビジネススクールとして、多くの人材を輩出してきた業界では知られた存在であり、ホテル現場との交流も深い。

●「ビジネスホテルと呼ばれることについて」という質問へは57件の回答を得た。問題ない26.3%/やや違和感を覚える50.9%/非常に違和感を覚える(心外だ)15.8%/その他7%という結果で、やや違和感を覚える・非常に違和感を覚える(心外だ)で約7割という結果になった。この割合の示すところは、まさに従来のビジネスホテルのイメージとは一線を画す、宿泊特化・宿泊主体ホテルの増加傾向を示しているといえる。

●違和感を覚えるという回答者へ「どんなカテゴリー名・呼称が適しているか」についても聞いてみた。以下羅列する。

バジェットタイプホテル

リミテッドサービスホテルまたは宿泊特化型ホテル

ブティックホテル

ライフスタイルホテル

観光ホテル

エコノミーホテル、バジェットホテル

非日常系リゾート満喫ホテル

観光客型宿泊特化型ホテル

カジュアルホテル

コンドミニアムホテル

スマートホテル

シンプルホテル

フォーカスサービスホテル

・・・など様々な表現が登場した

一方で、自らビジネスホテルと呼称するホテル・ブランドはもちろんある。たとえば、有名ブランドホテルの公式サイトをみると「ホテル・ビジネスホテル予約は東横イン」「全国ビジネスホテル・チェーンのスーパーホテル」というように、まさに我々がイメージするビジネスホテルのイメージがあるブランドで、自らをビジネスホテルと称するあたり、ゲストの期待!?も裏切らないホテルブランドといえそうだ。

レフ熊本byベッセルホテルズ(筆者撮影)
レフ熊本byベッセルホテルズ(筆者撮影)

ビジネスホテルというカテゴライズについては別の意見も聞かれた。先日、全国へハイセンスな宿泊へ特化したホテルを展開する株式会社ベッセルホテル開発代表取締役社長の瀬尾吉郎氏との雑談の中で、「自らをビジネスホテルとは呼称しないがビジネスホテルと言われることは問題ないと考える」という話を聞いた。

ビジネスホテルという言葉を通して、ゲストが自らのホテルブランドへの認知を深めてくれるとしたらそれはそれで有り難いことだが、これまでのビジネスホテルの持つイメージと異なるコンセプトでホテルを手がけてきたプライドがある、といったところか。

ビジネスホテルの代わりに皆さんなら何と呼びますか?

ホテル評論家

1971年生まれ。一般社団法人日本旅行作家協会正会員、財団法人宿泊施設活性化機構理事、一般社団法人宿泊施設関連協会アドバイザリーボード。ホテル評論の第一人者としてゲスト目線やコストパフォーマンスを重視する取材を徹底。人気バラエティ番組から報道番組のコメンテーター、新聞、雑誌など利用者目線のわかりやすい解説とメディアからの信頼も厚い。評論対象はラグジュアリー、ビジネス、カプセル、レジャー等の各ホテルから旅館、民泊など宿泊施設全般、多業態に渡る。著書に「ホテルに騙されるな」(光文社新書)「最強のホテル100」(イーストプレス)「辛口評論家 星野リゾートに泊まってみた」(光文社新書)など。

ホテル評論家の辛口取材裏現場

税込330円/月初月無料投稿頻度:月1回程度(不定期)

忌憚なきホテル批評で知られる筆者が、日々のホテル取材で出合ったリアルな現場から発信する辛口コラム。時にとっておきのホテル情報も織り交ぜながらホテルを斬っていく。

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