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“無料リクエストやお願いアピールをする客”はホテルから嫌われるか?

瀧澤信秋ホテル評論家
写真と本文は関係ありません(写真:アフロ)

SNSで興味深い投稿を見た

緊急事態宣言下、筆者個人としてはホテル取材旅が叶わないステイホームという中、書斎での時間が多く普段手を付けないことをやってみたり。SNSでいえば、いつもならあまり閲覧することもないツイッターだが(筆者はフェイスブック中心)、久々にいろいろ流し見していると興味深い投稿を見つけた。

https://twitter.com/genbanohitodesu/status/1348615594501787649

安い部屋を予約して無料アップグレードをリクエストしてくる旅行者へ

あなたはハンバーガーを注文して、タダでビッグマックに変えてもらったことありますか?

あなたたちが求めてるのは、そういうことですよ。

(ツイッターより引用)

といった内容。いわゆる“バズった”といったものではないが、恐らくホテルで働く方の投稿かと思われる。どのようなチャネルや表現で無料アップグレードのリクエストが為されたのか、投稿からは詳細などわからないが、なるほどなぁと思う反面、筆者がこれまで取材等で接してきたホテル現場の声とは印象が異なる部分もあった。良い機会なので利用者の意識喚起という点からも、少々長くなってしまい恐縮であるが多方面から考察してみたいと思う。

アップグレードを方針とするホテル

まず、筆者がこうした件を初めてホテルで意識したのが、ホテル評論家になるかなり前、プライベートで訪れた某高級シティホテルであった。そのホテルは、スタンダードタイプからスイートルームまで多彩な客室を擁するホテルで、ウエディングやバンケットも充実した施設。一方、都心からは少々離れており立地や知名度という点ではマイナスポイントもあるホテルでだった。

初めて訪れたその日は予算も少なく、一番安いツインルームのプランを予約してあったのだが、チェックイン時にスイートルームへアップグレードされて驚いた(特にリクエストなどはしていない)。その後、何度かそのホテルへ出向いたが半分以上の確率でスイートへアップグレードされ、その度にラッキー!と嬉しくなりかなりのリピーター客となった(単純だ)。

その後、何年かしてホテル評論家となり、正式にホテルへ取材に出向いた折に過去の話をしてみた。すると「当ホテルでは方針として、ネットの備考欄などでリクエストいただければもちろんですが、稼働率などタイミングが合えばなるべく無料アップグレードしています」という回答だった。

写真と本文は関係ありません
写真と本文は関係ありません写真:アフロ

※こうした話は、ホテル名を明かしてメディアから情報発信してしまうとホテルへ迷惑を掛けることになるので、以下も含め具体的なホテル名は記さないことをご容赦いただきたい。

運営面から集客という点でみた場合に、無料でリクエストを実現したり(アップグレードしたり)することは、リピーター獲得という面から効果があるのだろうか? 

経営戦略理論的な話はおいておくとして、そのホテルの担当者によると、ホテルの立地など場所柄やエリアの地域性もあると断った上で「特に若いゲストの方ですが、そうしたリクエストやアップグレードがきっかけでリピーターとなり、ウエディングまでご用命いただくような長いお付き合いになったケースも少なくないのです」といくつかのエピソードも聞かせてくれた。一方で「リクエストいただいても出来ない時は別段スルーするだけです」という話もあった。

同じ無料でもリクエストとサプライズは違う!?

ところで、アップグレードをはじめとしたサービスの提供という点からいうと、こうした話の対象となるのは、フルサービスタイプのシティホテルそれなりの旅館といった多様なサービスを提供する施設と思われるが(シングルルーム主体のビジネスホテルでは稼働の関係でツインルームへアップグレード?アサインされることはよくある)、筆者の取材でこのような話が話題になるのはやはり高級ホテルである(たとえばビジネスホテルと誕生日サプライズの親和性は高くない)。

写真:アフロ

話は逸れるが、ホテルでのシーンに限らず(無料リクエストをするしないは別として)、思ったことをなかなか口に出せないという人は筆者の周りにもいる。こんなことお願いしたら悪いかな?卑しい人間に見えてしまうかな?といった思いだろうか。コンプレインは別、という話もあるが、そんな苦情を口に出せず持ち帰った経験は筆者にもある(とはいえ口コミには書きません(笑))。

都心の外資系高級シティホテルの担当者は、外国人のお客様に比べて日本人のお客様のリクエストはかなり控えめといい、もちろんケース・バイ・ケースと前置きした上で「事前の(無料)リクエストの希望も含め、備考欄でもその場でもいいのでどんどん意思表示していただければ(できないものはできないが)こちらも対応できるチャンスができる」「お客様の意思表示がきっかけで、何かできることも何かがはじまることもある」という話をしてくれた。

別のホテルスタッフは、ゲストからのリクエスト以前に「ホテルからのよかれと思って考える一方的な(無料)サプライズもなかなか難しい」と話す。「お客様によっては“そんなの望んでもいない”と思われるなど逆効果というケースもある」とし、どうしても萎縮してしまうホテルスタッフもいて、当たり障りのない受け身的なサービスになってしまうと語った。そういえば、ホテルの厚意でシングルルームから広々したツインへアップグレードしたところ「オレはシングルがいいんだ」と拒否された話を聞いたことがある。

話を戻して、前述の無料アップグレードのような話を高級ホテルを中心に複数のホテルスタッフから聞いたこともあり、とあるラジオ番組出演の際、ホテルとゲストのコミュニケーションという側面も鑑みつつ「予算はないが何か思いや希望があったらダメ元で正直に伝えてみるのもどうだろうか」と何回か話したこともある。一方で、サービスとはあくまでも有償で成り立っていることの確認も機会があるたびに発信してきた。

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(Yahoo!ニュース個人)

ゲストは“ダメ元”なお願いでも宿は苦悩?

他方、客はダメ元のリクエストとして記入しても、宿側としてはスルーしたり対応できない場合に後で口コミなどに悪く書かれてしまうことを憂慮する声も。こうした件に関して、旅館を中心に宿泊業の販売サポートなどを業とする株式会社旅月(大分県)代表の川嶋雄司さんが興味深いブログを投稿されていた。

ネット予約時、備考欄に「誕生日」や「記念日」等、お客様のアピール問題を考える

(川嶋雄司の独り言)より一部抜粋しよう。

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予約しようとしている宿泊施設に「アニバーサリープラン」や「バースデープラン」があるのにも関わらず、普通のスタンダードプランで予約を入れて備考欄に「誕生日&記念日アピール」をされる方が見受けられます。

それを書く事により、相手方の(予約した)宿泊施設に「無償で何かしてくれるのでは無いか?」と言う素振りをチラつかせるアピールを散々見て来ました。思わせぶりに書かれてしまうと、宿泊施設側もついつい「これって何かしないといけないのかな…」って思っちゃいますよね?何も対応しなければクチコミで低い評価をされる可能性も無きにしもあらず。(筆者にて一部修正)

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リクエストされた側の宿としては、せっかく書いていただいても実現できないという申し訳なさに加え、スルーしたり対応できなかったりすることで、レピュテーションマネジメントの点からも問題が生じるといったものだが、リアルな現場の苦悩を物語るエピソードだ。

無料リクエストはチャンス!?

ゲストへ効果的なサービスを提供するチャンスを常にうかがっている、というあるホテルスタッフは「仮にリクエストそのものは実現できなくとも、たとえばレストランでデザート1品サービスしたりというようなゲスト満足充足に効果的な、アドリブの効く対応ができるチャンス(無料リクエストはゲストからの情報提供)とも捉えている」と話してくれた。

前述の外資系ホテルの担当者が「(無料リクエストを)実現できないことも当然あるが、ゲストに差し障りのない断り方ができるかもまたホテルマンの器量」と話していたのも別の意味で印象的だった。

表現は悪いが基本ゲストは“ワガママ”という面もある。確かに、リクエストはスルーされたかもしれないが、“わかってくれていたんだ”というゲストの承認欲求充足に効くサプライズチャンスという捉え方ということか。一瞬残念から~のリクエストしていないサプライズはかなり嬉しいかも知れない。一見非効率な無駄と思われる部分、遠回りと見えるところに実はホテルサービスの神髄があると筆者は業界関係者のセミナーなどで話したりしてきたが、妙に納得できる話であった。

宿泊施設スタッフの共通した思いはお客様に喜んでほしいということ(と信じたい)である。ゆえにせっかく申し出ていただいても、希望を叶えてあげられないことが心苦しいという気持ちは痛いほど理解できる。前項で紹介した川嶋さんのブログなどからは、まさに一貫してそうした思いを感じる。いずれにせよ、現場の第一線で様々なゲストに対応するスタッフの姿をみてきたが、様々なゲストへの対応に苦慮する姿にはいつも頭が下がる思いだ。

宿側がとるべき対応とは

以前、とある旅館に宿泊したゲストの「誕生日だと書いたら花が客室にとどけられていた」という話をネットで見たことがある。このようなサプライズ的体験談は時々目にするが、そんな話を見聞きするとつい“私にも少しでも可能性があるならこちらからお願いしてみようか”という思いにもなるのだろうか。

一方で、宿側としては、よかれと思って提供した無料サービスについてサービスしてもらったよ~と口コミに書かれ、それを見た他のゲストからこっちもやってよ的なリアクションを心配するというさらなる思いも何となく想像できる。

では、実際にそうした無料リクエストに対し、宿はどのような対応をとるべきだろうか。冒頭に書いたような、施設の方針として(表向き公表はしないものの)可能な限りどんどん受け容れる、できない場合は特段何も対応せずスルーすればいいだけの話で、そんな内容の悪い口コミを書かれたとしても、それは書いた側が笑われるだけという考えもあるだろう。高度なレベルかもしれないが、前述の高級ホテルのようなテクニックもひとつの例と捉えられる。

そもそも論として、予約サイトの備考欄を無くすというのも考えられるが、必要な連絡をやりとりするツールという面もあり現実的ではない。ひとつとしては、そうしたリクエストに対して都度「当ホテルではそうしたサービスは有料で提供している」と返答する方法も考えられる(コッチはダメ元で書いているだけなのに…いちいち反応してわざわざ返信してきて何だか挑戦的!と逆ギレされる可能性もなきにしもあらずか?)。

また、事前に「そうしたリクエストは受け付けていません」と公式サイトや予約サイトに表記し注意喚起を促したり、サービス一覧料金表など見やすく掲示しつつ「個別に承ります」という方法もあるだろう。でも何となくイメージが悪いしギスギスした感じもする。

こうして見てみると、宿とゲスト双方の思いの探り合いといった様相もあり、サービス研究という観点からも示唆に富んだテーマと思料できる。

有名な石ノ森章太郎原作のテレビドラマ「HOTEL」で象徴的な話があった。自らホテルへ魚を持ち込んだ宿泊客が料飲へ刺身に捌くよう依頼、調理代を請求すると「自分は特別な客だ!そんなの(無料)サービスだろ!!」と憤慨したという内容であった。

こんなケースは論外であるが、ともあれ、宿泊することやサービスを受けることが有償であることは常識であり、リクエストする人も深層的な部分ではわかっていると思われる(無料でしてもらって当たり前であればわざわざ書いてアピールしたりリクエストはしない)。“さもすればもし無料でいい思いができればラッキー”という辺りもまた本心か。

他方、ホテルには、常連をはじめホテルの側がファンになるようなゲスト(たくさんお金を落としてくれるようなゲストも含め)もいて、「そうしたお客様であれば、何らかの無料リクエストがあっても柔軟に対応するし、こちらからサプライズもしたい」と話す支配人もいた。ホテルから愛されるゲストになれば、少々難しいリクエストもスムーズに実現される可能性は高い!?

写真:GYRO_PHOTOGRAPHY/イメージマート

前述した筆者のラジオのケースでは、リクエスト話に際しては必ずセットで2つの話をした。ひとつはそうしたリクエストはあくまでダメ元(叶わなくても逆恨みなどせず)サービスは有償という基本を意識として持つこと。ひとつはホテルはゲストがつくる側面があり、ホテルから気遣われると共にゲストがホテルを気遣うこともまた大切、そしてゆくゆくはホテルの上客になろうという話だ。

*   *    *

本記事では

・積極的なアップグレードを方針とするホテル

・リクエストの実現によって顧客との新たな関係を作るホテル

・無料リクエストを情報提供の機会と捉えるホテル

・さもしさ感じるリクエストに辟易する宿

・リクエストを断る対応に苦慮する施設

など様々な例をみてきた。

なかなかこれといった解はないのだろうが、ヒューマンウェアが大切とされるホテルにあって、ホテルも様々ゲストもまた様々というのは事実。顔が見えにくいネット趨勢の世の中で、一般社会においてはリアルなコミュニケーション能力は重要とされるが、オンライン化した宿とのコミュニケーション能力もまたゲストとして重要なスキルになる時代だ。

いずれにしても筆者にとっては、今回通常のホテル取材では得がたいホテルスタッフと思われる方の生の声(心の声)ともいえる投稿に出合えたのは、ある種ステイホームの効用といえる出来事であった。

ホテル評論家

1971年生まれ。一般社団法人日本旅行作家協会正会員、財団法人宿泊施設活性化機構理事、一般社団法人宿泊施設関連協会アドバイザリーボード。ホテル評論の第一人者としてゲスト目線やコストパフォーマンスを重視する取材を徹底。人気バラエティ番組から報道番組のコメンテーター、新聞、雑誌など利用者目線のわかりやすい解説とメディアからの信頼も厚い。評論対象はラグジュアリー、ビジネス、カプセル、レジャー等の各ホテルから旅館、民泊など宿泊施設全般、多業態に渡る。著書に「ホテルに騙されるな」(光文社新書)「最強のホテル100」(イーストプレス)「辛口評論家 星野リゾートに泊まってみた」(光文社新書)など。

ホテル評論家の辛口取材裏現場

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忌憚なきホテル批評で知られる筆者が、日々のホテル取材で出合ったリアルな現場から発信する辛口コラム。時にとっておきのホテル情報も織り交ぜながらホテルを斬っていく。

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