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マツコの知らない世界で人気沸騰したホテルが経営破綻!その非情な現場

瀧澤信秋ホテル評論家
謝辞もない貼り紙にはおおよそホテルらしからぬ言葉が並ぶ(筆者撮影)

マツコの知らない世界でも紹介したリゾートホテルが破綻

冒頭からプライベートな話で恐縮だが、滋賀県大津市の風光明媚な琵琶湖畔に佇む「ロイヤルオークホテル スパ&ガーデンズ」は個人的に思い出深いホテルだ。ホテル評論家を名乗るずっと前からのファンで、ホテル評論家へ転身した後も、人気テレビ番組「マツコの知らない世界」などで紹介させていただいた。独特の雰囲気や料理も良かったが、ホテリエのホスピタリティマインドに癒やされることも多く、大型リゾートホテルにしてアットホームな雰囲気があり、スタッフとも家族のようなお付き合いをさせていただいた。

ダイニングレストランでのロケ風景(筆者提供)
ダイニングレストランでのロケ風景(筆者提供)

そのロイヤルオークホテルが4月28日に事業停止したというニュースが飛び込んできた。負債額は50億円という。新型コロナの影響か?まさに寝耳に水だ。ニュースの直後、お世話になっていたホテルの担当者からメールが届く。せめてもっと早く知らせてくれれば・・・ あれから約2ヶ月、破綻の現場を取材すべく大津へ出向いた。複数の元スタッフへ取材を試みると、早く知らせることができなかった理由も判明した。

16時までにホテルから出て下さい

事業を停止した4月28日は、そもそもコロナ禍で休業ということになっており、同日は200人超のスタッフのうち約100名が出勤していた。13時に宴会場へ全員集合との指示があり各々仕事を中断し集まった。まるで全校集会のような光景だったという。コロナ禍の対応についての話か?と訝しげなスタッフ。そんな空気を裂くように、本日で事業停止、破産の申請という説明が唐突になされた。

スタッフ全員全く予想していなかった展開である。どよめきの中「いったい家族になんて言えばいいんだ?」「転職先は紹介してくれるのか?」など各々に様々な思いがかけめぐる。20年以上勤めてきたというあるスタッフは、妻と子どもの顔が脳裏を横切る中、退職金は出るのだろうか・・・とまず生活への不安を思い巡らせたという。  

訳がわからず会場が混乱する中でたたみ掛けるように、16時までに全員荷物をまとめてホテルから出て下さいという指示が。私物やたまった荷物の心配もあったが、今ここにいないスタッフはどうするのか?と心配していると、連絡が取れるスタッフへはいまこの場で電話してくれという。勤続10数年という部下を率いる中堅社員は「そんな連絡までさせるのか!」と憤ったが、何もかもが津波のように一気に押し寄せる中でただただ狼狽するスタッフの姿ばかりが目立った。

前出の20年以上勤めてきたスタッフは「自分は長くいた者として良かった時、悪かった時と長い時間軸で振り返れるが、入ったばかりのまだ若い仲間たちが心配になった」という。ロイヤルオークホテルは地元では知られたホテルだ。家族も自慢の就職だったかもしれない。狭い地域だけにこの破綻は大きなニュースとなるはずだ。就職を喜んでくれた周囲の人々から心配されるのはつらいだろう。 

最後に質問はあるか?という経営陣と弁護士。普段は物静かな30年近く勤めてきたベテランスタッフが突然口火を切った。「突然こんなこと・・・謝って欲しい!!」-皆の思いを代弁するかのような怒号に経営陣は頭を下げたという。無論、自己破産手続きということである種正しい手法かもしれない。スタッフも(賃金)債権者という側面もある。記事の性格上法的な評価は控えるが、破綻の瞬間とはこれほど非情なものかとリアリティある話を聞きながら現場の光景に思いを巡らせた。

地元で愛されてきたホテル

夜になると鮮やかな光で湖面を染めていた(ロイヤルオークホテル提供)
夜になると鮮やかな光で湖面を染めていた(ロイヤルオークホテル提供)

ロイヤルオークホテルは、バブル経済も終わりを迎えつつあった1990年に開業。全167室、英国調のデラックスな佇まいは非日常感に溢れ、宿泊以外でもウエディング、バンケットなどの利用も多く、地元のコミュニティホテルとして大きな役割を果たしてきた。当時は週末など1日10組の婚礼があったというから往時の賑わいが想像できる。レストランのクオリティも高く、ハレの日にお出かけしたいホテルとして地元で愛される存在であった。  

しかし、贅沢な設えはランニングコストも莫大だ。バブル崩壊もあり業績は落ち込み当時の運営会社が一度経営破綻したが2003年7月に事業を再開した。ホテルの再建は様々な箇所に及び西日本最大級のスパも全国区の人気に。14年3月期には31億2200万円を売り上げていた。このところのコロナ禍による倒産は、インバウンド需要に支えられてきた施設(がインバウンド消失により)という特徴が指摘されているが、ロイヤルオークホテルのインバウンド率は10パーセント程度だったというから、宿泊部門以外も含めて国内の個人旅行や地元の人々に愛されてきた地域密着型リゾートホテルだったといえよう。

筆者がマツコの知らない世界で紹介したのが2017年7月。テーマは“ご当地リゾートホテルの世界”だった。全国区の知名度を誇る施設ではなく、実はご当地で愛されるリゾートホテルは地元愛で溢れているという視点で全国7つのホテルを紹介。そのひとつがロイヤルオークホテルであったが、放送後の反響はすさまじく公式サイトのサーバーはダウン、全国からの問い合わせの電話も鳴り止まなかったという。

まさにこれから!とスタッフが奮起する中で

取材に訪れた日は雨で余計に寂寥感に包まれていた(筆者撮影)
取材に訪れた日は雨で余計に寂寥感に包まれていた(筆者撮影)

上り調子の中、これから経年ホテルが存続していくためには改修が必須、資金も必要ということで、当時のオーナー一族は全株式をシンガポールのファンドへ売却、オーナーチェンジがなされた(従業員は全員継続雇用)。新運営会社から3年内に改修するという方針が打ち出されたが、当時を知る従業員の話によると「とても前向きで明るい雰囲気だった」「これからさらなる立て直しに邁進してくだろうと思っていた」という。

そのような中でインバウンドにも大人気の観光都市京都のホテル料金は高騰していった。京都に隣接するエリアにあってリーズナブルな利用ができることでも注目されていたロイヤルオークホテルであったが、京都市内でホテル開業が相次いだこともあり競合が激化していた。業績が低迷する中でのコロナショックは、宿泊以外の宴会やレストラン利用も激減させた。宿泊以外は婚礼が2~3割、宴会2割、料飲1~2割と地元で愛されるコミュニティホテルだっただけにコロナ禍の打撃は大きく、結果として事業継続を断念させた。

また、事業停止後に大津市が下水道代と過料計約5億円をロイヤルオークホテルへ請求というニュースが報じられた。プールなどに使っていた地下水を無断で公共下水道に流していたことがホテルの調査で判明、2019年12月にホテルから市へ申告があったという。長年勤めてきたスタッフも「施工時のミスとしか考えられない」といい、全くもって知らなかったという。19年末頃まではホテル改修プランの策定も積極的になされていたというから、細かい現場調査の結果判明したのかもしれないが、いずれにしてもこうした新たな負債の発生も事業停止の判断要素のひとつとなったと推測できる。

励ましの声

毎年クリスマスシーズンに催されたディナーショーは地元の人々で溢れかえっていた(筆者撮影)
毎年クリスマスシーズンに催されたディナーショーは地元の人々で溢れかえっていた(筆者撮影)

地元の大型ホテル破綻は関連業者への影響も大きい。破綻について全くもって想像していなかった各セクションのスタッフではあるが、売掛金債権を有する関連業者からはさぞかし恨み節が突きつけられただうと思いきや、コロナショックという渦中の破綻ということもあってか、励ましや再開を期待する声も多かったという。地元で長年お付き合いしてきた顔の見えるある種アナログともいえるご当地リゾートホテルならではのエピソードかもしれない。

ロイヤルオークホテル破綻のニュースは全国へ大きく拡散した。こうした(地方の大型)ホテルは仕方ない、そもそも無理だったなどという声も渦巻く中、思い出のホテルだけに残念、またオープンして欲しいという励ましの声も多く寄せられた。

宿泊業界では近年のインバウンドへの傾倒から、国内・地元へシフトする動きが活発である。一方、ロイヤルオークホテルはずっとご当地をフィーチャーしてきたホテルだ。マツコの知らない世界でも「ご当地リゾートホテルの世界」というテーマであったことを前述したが、ご当地にあってずっと地元に支えられてきたホテルであった。ホテル破綻で改めて地元愛を感じたと話す元ホテルマン。地元愛溢れるホテルには破綻にもドラマがあった。

(筆者撮影)
(筆者撮影)

元スタッフらへのインタビュー取材後、クローズしたホテルを訪れてみた。破産手続きということで各所に法的手続きにかかわる貼り紙が。

「当社が所有・管理する本件建物及び建物内の動産等について、みだりに立ち入り等する者は、刑法により処罰されることがありますので、ご了承ください。」(一部抜粋/本文ママ)

当然とはいえ、長年愛してくれた客への謝辞もないおおよそホテルらしからぬ言葉が並ぶ・・・これもまたホテル破綻のひとつの現実だ。

*  *  *

前出の20年以上勤めてきたスタッフ、退職金の心配をしていたが当たり前のように退職金は支給されなかった。その後、京都のホテルから誘いを受けているというが心は決まらない。競合相手だった京都のホテルから話をもらっているというから皮肉なものである。でも、もしロイヤルオークホテルが再開するようなことがあったとしたら戻りたいともいう。何よりあのアットホームなホテルが大好きだったからと目を輝かす。

ホテル評論家

1971年生まれ。一般社団法人日本旅行作家協会正会員、財団法人宿泊施設活性化機構理事、一般社団法人宿泊施設関連協会アドバイザリーボード。ホテル評論の第一人者としてゲスト目線やコストパフォーマンスを重視する取材を徹底。人気バラエティ番組から報道番組のコメンテーター、新聞、雑誌など利用者目線のわかりやすい解説とメディアからの信頼も厚い。評論対象はラグジュアリー、ビジネス、カプセル、レジャー等の各ホテルから旅館、民泊など宿泊施設全般、多業態に渡る。著書に「ホテルに騙されるな」(光文社新書)「最強のホテル100」(イーストプレス)「辛口評論家 星野リゾートに泊まってみた」(光文社新書)など。

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忌憚なきホテル批評で知られる筆者が、日々のホテル取材で出合ったリアルな現場から発信する辛口コラム。時にとっておきのホテル情報も織り交ぜながらホテルを斬っていく。

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