訪日客の激増で大逆転 レトロな上野に佇む「政府登録」きぬやホテルの今

レトロな看板に旧き上野を思い出す(著者撮影)

いまもレトロな雰囲気を残す上野

昔の上野を知っている人ならば、その個性はかなり薄らいだと感じるかもしれない。かつて薄暗い雰囲気のあった駅の構内にはオシャレなショップが並び、駅前で独特の雰囲気を醸し出していた西郷会館、聚楽のレストランもいまはない。

筆者は信州の出身で、高校まで長野県の信越本線沿線に在住していたこともあり、上野は東京の玄関口だった。新幹線が開通する前、大都会東京へ行くためには特急列車で3時間近く揺られなければならなかった。

上野駅の行き止まりホームに降り立つと独特の匂いを感じたものだ。かように上野は長年にわたり上信越や東北方面からの玄関口であったが、新幹線は東京駅発着となり、いまや通過駅となった上野駅やその周辺は新たな雰囲気に変わっていった。

一方で、往時のレトロな雰囲気をいまだに色濃く残しているスポットがいくつかある。アメ横の路地裏なども馴染み深いが、そうしたスポットのひとつがJR上野駅と京成上野駅、不忍池に挟まれたエリアだ。成人映画館のあった建物はオシャレなビルになったが、弁財天方面へ向かう通りには昔から営業を続けるいまだ現役のお店などがいくつか並ぶ。

36年ぶりに訪れたホテル

昭和の雰囲気を残す一角(著者撮影)
昭和の雰囲気を残す一角(著者撮影)

その中にひっそり目立たず営業を続けているホテルがある。「きぬやホテル」だ。実は筆者にとって格別の想い出がある宿。いまから36年前、小学校の修学旅行で宿泊したホテルなのだ。当時の小学6年生は36年後のいまホテル評論家を生業にしているが、きぬやホテルがいまだ営業しているのは実に感慨深い。早速取材へ出向いた。

案内板も当時のまま(著者撮影)
案内板も当時のまま(著者撮影)

開業したのは1972年でいまから47年前。当時と屋号は同じであるが、現在の運営会社は他にもホテルを手がけており、きぬやホテルについては7年前に前オーナーから引き継ぎ、運営を行っているという。

運営をスタートする際に建て替えるという手段もあったが、きぬやが長年にわたり多くのファンに愛されてきたということで常連も多く、屋号やハードは敢えて変えず、サービス体制などソフト面の拡充を図り様子を見ようということになった(いまではもちろんコンピューターで管理しているが運営を引き継いだ際は手書きの台帳で管理されていたというから驚く)。

看板も当時のままで「政府登録※」と記されている。若い旅行者から「政府登録って何ですか?」と質問され困惑することもあるそうだ。このように開業当時の雰囲気を色濃く残す結果になったが、このことがきぬやホテルに活路を見い出させる。

※政府登録国際観光旅館(せいふとうろくこくさいかんこうりょかん)とは、1949年(昭和24年)12月24日に施行された国際観光ホテル整備法(昭和24年12月24日法律第279号)に基づき、観光庁長官が登録を行った旅館やホテルのこと。

出典:ウィキペディア

 

訪日外国人旅行者から高評価

改札を出て階段を上がると目の前(著者撮影)
改札を出て階段を上がると目の前(著者撮影)

ハードを変えなかった分、周辺のホテルより押さえた料金だったことは、激増した訪日外国人旅行者にフックした。リーズナブルな旅を求める旅行者の予約が殺到したのだ。独特のレトロ感にも興味津々の様子だ。何より京成上野駅の改札口から徒歩30秒というアクセスが外国人旅行者に安心感をもたらすのは間違いない。

外国人旅行者に人気の和室(著者撮影)
外国人旅行者に人気の和室(著者撮影)

英語ばかりではなく、多言語に対応できるよう積極的に外国人スタッフの採用も進めた。母国語で話せる安心感の高さは抜群のようで、ホテルの説明から観光案内まで懇切丁寧な対応がなされることに。

インバウンドで賑わうホテルに(著者撮影)
インバウンドで賑わうホテルに(著者撮影)

結果として安いのに痒いところに手が届くホテルといった口コミが海外で広がり外国人ゲストはさらに増え、リピーターも増加という好循環を生んだ。チェックインが13時からというのもインバウンドのゲストに好評、もちろん荷物の預かりも可能だ。

ダイヤル式電話機の横にスマートフォン!?

時代を感じるダイヤル式電話(著者撮影)
時代を感じるダイヤル式電話(著者撮影)

通りにはアパホテルなど新しいビジネスホテルも誕生しているエリアだが、通常期でも稼働率は90%程度をキープしているという。以前からの日本人常連客にも外国人客が増加したことは新鮮なようで、客室のダイヤル式電話機横には無料のスマートフォンが設置されたり、機能的なフロントサービスなどの進化は好意的に評価されている。

カレーもレトロな雰囲気(著者撮影)
カレーもレトロな雰囲気(著者撮影)

宿泊ばかりではない。ホテル1Fの「カフェレストラン黒門」でも新しい試みがなされた。ランチメニューに懐かしさ満点といった味わいのカレーを提供、カトラリーなども往時の雰囲気を残しレトロ感抜群だ。

不忍池ビューに癒やされる(著者撮影)
不忍池ビューに癒やされる(著者撮影)

サラダと1ドリンク(珈琲・紅茶)がついて650円~という設定(写真はカツカレー850円)。ある意味でホテルカレーとしては破格。雰囲気も価格もあくまでもホテルのイメージに合わせる。何より不忍池を望む店内でゆったりと時間を過ごせる穴場だ。

懐かしさ満点の大人数部屋(著者撮影)
懐かしさ満点の大人数部屋(著者撮影)

客室を見学したが、広い広間に6人分セットされた枕と布団を見て、友達と枕投げをした懐かしい記憶が思い起こされた。快適で新しいホテルが多く開業する中で、いま進んでここに泊まりたいかといえば個人的には返答に窮するが、ホテルとはヒューマン力なのだということを改めて思い知らされた。

ホテルが激増する中にあって、新たなコンセプトや仕掛け、最新の設備や個性的なサービスの提供などホテルは差別化に必死だ。一方、そんなこととは無縁のきぬやホテル。何事もほどよい按配、しっくりくる器というものがある。