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「しまった!」と後悔しても時すでに遅し~親の相続を「争族」にしない今直ぐすべき2つの準備

竹内豊行政書士
仲が良かった家族が「親の相続」がきっかけで崩壊してしまうことがあります。(写真:アフロ)

崩壊する「仲良し家族」

山田一郎さん(仮名・50歳)の周りで、親の相続がきっかけで家族仲が悪くなってしまった知り合いが何人か出てきました。

そこで、数年前から一郎さんは父・太郎さん(仮名・80歳)に「ウチの家族は仲がいいから、お父さんの相続でもめることはないと思うけど、できれば遺言を残してくれないかな」と頼んでいました。

最初は「まだ元気だし遺言なんて早いよ」とちゅうちょしていた太郎さんでしたが、80歳の誕生日を迎えて「オレも80歳になったし、みんなが納得する遺言を残してみるよ」と遺言を作成しようとした矢先のときでした。駅で階段を踏み外し打ち所が悪くて亡くなってしまったのです。

相続人は一郎さん、母親(78歳)、そして妹(45歳)の3人です。四十九日の法要後に3人で遺産分けについて協議した結果、母親が亡父と同居していたマンションは母親が、金融資産は法定相続に則って母親が2分の1、一郎さんと妹で4分の1ずつ、その他の遺産はすべて母親が取得することで話し合いが付きました。

難航する相続手続

一郎さんが相続人を代表して相続手続を行うことになりました。そこで、有給休暇を取得して銀行に行くと、銀行から「まずは、お亡くなりになったお父様のお生まれになってからお亡くなりになるまでの一連の戸籍謄本と相続人の皆さまの戸籍謄本をご用意ください。用意出来ましたらご連絡ください」と言われてしまいました。親が亡くなったことが記載されている戸籍謄本を持参したのですが、これだけでは足らないようです。

また、役所に戸籍を郵送請求すると、「資料が足りません」「手数料が不足です」「申請書類に不備があります」など次々に役所から連絡が入り思うように手続きが進みませんでした。しかも、届いた戸籍の中には旧字が混じっていたり法知識がないと読解できないものがあったりして読み解くのに苦労してしまいました。

結局、役所の戸籍課7ヵ所に請求してすべての戸籍がそろったのが、手配開始から2ヵ月後でした。

妹が反旗をひるがえす展開に・・・

その上、遺品を整理していたら想定外の預金通帳が出てきて当初3行だと思っていた銀行口座が6行もあることが分かりました。

さらに、妹から「お兄さんは大学在学中に海外留学までして、そのうえ大学院まで行かせてもらったのに、私は短大を出てすぐ就職したわ。教育費でお父さんから出してもらった金額にずいぶん差があるから遺産分けの内容に納得できません。やり直してちょうだい!」と言ってきて話し合いが決裂してしまいました。どうやら、妹は法律に詳しい夫から入れ知恵されたようです。

結局、父・太郎さんが亡くなって1年が過ぎても遺産分けの話し合いが付かず、一郎さんはこれからどうしたらよいのか思案に暮れる毎日です。

さて、このように、相続手続が難航した上に、円満だった相続人間の関係が、時の経過とともに紛争状態に転化してしまうことはめずらしくありません。

いつかは訪れる「親の相続」。「円満にしかも楽に終わらせたい」と思うのが「子ども心」でしょう。

親が遺言を残してくれると、遺産分けの話し合い(遺産分割協議)をしないで遺産を承継できるので相続手続はかなり軽減されます。しかし、「親に遺言を残して欲しい」と願っても、実際のところ言い出すのもなんとなくはばかられるし、なんといっても親が自発的に残してくれなければどうしようもありません。

そこで、親の協力なしで、子ども単独で、しかも今すぐできる「親の相続」を楽に済ますための準備をお伝えします。

「親の相続」で待ち受ける2つの難所

被相続人(亡くなった方)が遺言書を残さないで死亡した場合、遺産を引き継ぐためには、相続人全員で、相続人のだれが、どの遺産を、どれだけ取得するかを話し合いで決めなければなりません。この話し合いのことを遺産分割協議といいます。

遺産分割協議を成立させるためには、相続人全員がその協議の内容に合意することが求められます。

遺産分割協議を始めるには、まずは、だれが相続人であるのかということ(相続人の範囲)と、相続財産には何がどれだけあってその財産的評価がいくらなのか(相続財産の範囲と評価)の2つを確定する必要があります。

この「相続人の範囲」と「相続財産の範囲と評価」の2つを「遺産分割の前提条件」といいます。そして、実際に親が亡くなったときに手間がかかるのが、この「遺産分割の前提条件」を確定することなのです。

したがって、親の生前に、「相続人の範囲」と「相続財産の範囲と評価」の2つをある程度把握しておけば、親の死亡後に直ちに遺産分割協議を開始して遺産の引継ぎを速やかに実現できて、親の相続を「争族」にしてしまうリスクを軽減できるのです。では、そのための具体的な準備をご紹介します。

準備その1 「相続人の範囲」を調べる

「相続人の範囲」は戸籍謄本を基に明らかにしなければなりません。具体的には、「被相続人が生まれてから死亡するまで」と「相続人全員」の戸籍謄本が必要になります。

戸籍謄本は「本籍地」の役所に請求します。1ヵ所ですべての戸籍謄本を取得できればよいのですが、通常そのようなことはなく、複数の役所にまたがります。しかも、戸籍謄本の内容を理解するのも容易ではないので、全ての戸籍謄本を集めるまでスムーズにいっても1か月程度かかります。だからこそ、事前に収集しておくと助かるのです。

戸籍謄本の収集方法

戸籍に記載されている者またはその配偶者、直系尊属(両親や祖父母)若しくは直系卑属(子や孫)は、その戸籍の謄本等の交付請求をすることができます(戸籍法10条)。

子どもは親の直系卑属なので、現時点での親の相続人(推定相続人)がだれなのかを調べるために親が出生してから現時点に至る戸籍謄本を、親から「委任状」をもらわなくても市区町村に請求して収集することができます。

ただし、戸籍謄本には身分関係(氏名、生年月日、親子や夫婦関係など)に関する個人情報が記載されているので、自分が戸籍謄本を請求できる権利があることを証明する必要があります。

具体的には、役所の戸籍係に運転免許証、パスポート、マイナンバーカード等の提示が必要になります(郵送請求の場合はコピーを添付する)。

また、請求の内容によってはその他の書類が求められることもあるので、事前に請求する市区町村に問い合わせた方がよいでしょう。

戸籍謄本に「有効期限」はない

戸籍謄本には有効期限はありません。したがって、現時点での親の相続関係に関する戸籍謄本を集めておけば、親が死亡した際は、「親が死亡したことが記載された戸籍謄本」(通常、死亡届を役所に届け出てから1週間程度で発行される)を加えれば、親の相続人の範囲をほとんどのケースで確定することができます。

以上のように、親の現時点での相続人の範囲を調べておくことで、親が死亡したときに、スピーディーに「相続人の範囲」を確定することができます。

「見知らぬ相続人」が出てきたら

親の戸籍をたどる過程で、親が離婚経験者で前婚の際に子どもをもうけていたり、認知している子がいたりして「見知らぬ人」が出てくることがあるかもしれません。

万一、「見知らぬ人」が出てきた場合は、その人も親の相続人になるのか確認しましょう。そして、相続人になる場合は、親が死亡した際は、「見知らぬ人」と親の遺産分けの話し合いをすることになります。そうなれば、遺産分割が難航すること必至です。

「見知らぬ相続人」の存在が判明した場合は、遺言を残してもらうなど親に善後策を講じてもらうことをお勧めします。

準備その2 「相続財産の範囲と評価」を調べる

現時点での親の財産を調べる方法をご紹介します。

「不動産」の調査

該当する不動産の登記簿謄本(履歴事項全部証明書)を入手して権利関係を確認しましょう。履歴事項全部証明書は不動産の所在地にかかわらず全国どこの法務局でも請求できます。

この場合、登記記録上の土地・建物の地番・家屋番号を申請書に記載しますが、いわゆる住居表示(住所)とは違います。不明な場合は、不動産を管轄している法務局に電話をして住所と所有者を伝えれば住居表示から地番を検索することができます(このことを「地番照会」といいます)。

また、不動産の評価については、土地は、原則として宅地、田、畑、山林などの地目ごとに評価します。土地の評価方法には、路線価方式と倍率方式があります。また、家屋に関しては固定資産税評価額に1.0を乗じて計算します(したがって、その評価額は固定資産税評価額と同じとなります)。

不動産の評価について詳しくは、国税庁ホームページをご覧ください。

「金融資産」の調査

親が死亡したときに、「どの金融機関に口座を開設していたのか」がわからないと相続財産の調査が長期化してしまいます。また、遺産分けの話し合いが済んだ後に預貯金の口座が判明すると遺産分割協議をやり直さなくてはならなくなる場合もあります。そこで、金融資産に関しては、取引している「金融機関名」を把握するようにしましょう。

そして、親が死亡した場合には、その金融機関に、前述の「相続人の範囲」を証明する戸籍謄本と合わせて、自分のマイナンバーカード、運転免許証等の身分証明証、印鑑登録証明書そして実印を金融機関に提示すれば、他の相続人の承諾なく単独で「残高証明書」と「入出金明細表」等の相続財産に関する証明書類を金融機関に請求できます。請求当日に発行する金融機関もありますが、通常請求から1週間前後で入手できます。

遺産分けはスピーディーに

遺産分けは「血」と「金」が絡みます。そのため、ささいなことがきっかけで相続人の間で争う事態になる危険をはらんでいます。

実際に「親が亡くなるまでは家族仲がよかったのに、遺産分けの手続きに手間取っているうちに不穏な空気になってきてしまった」という相談を度々受けます。だからこそ、スピーディーに済ますことが肝心なのです。

いつかは訪れる親の相続を円満に楽に済ますために、親の生前に「遺産分割の前提条件」を「今」調べてみてはいかがでしょうか。

行政書士

1965年東京生まれ。中央大学法学部卒業後、西武百貨店入社。2001年行政書士登録。専門は遺言作成と相続手続。著書に『[穴埋め式]遺言書かんたん作成術』(日本実業出版社)『行政書士のための遺言・相続実務家養成講座』(税務経理協会)等。家族法は結婚、離婚、親子、相続、遺言など、個人と家族に係わる法律を対象としている。家族法を知れば人生の様々な場面で待ち受けている“落し穴”を回避できる。また、たとえ落ちてしまっても、深みにはまらずに這い上がることができる。この連載では実務経験や身近な話題を通して、“落し穴”に陥ることなく人生を乗り切る家族法の知識を、予防法務の観点に立って紹介する。

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