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「えっ!?」亡親の銀行口座が突然ストップ~相続で窮地を救う「制度」はこれだ!

竹内豊行政書士
亡くなった親の預貯金が突然引き落とせなくなることがあります。(写真:西村尚己/アフロ)

山田一郎さん(仮名・55歳)は、父・慎太郎(仮名・85歳)さんを亡くしました。相続人は一郎さんと母親の花子さん(仮名・83歳)、そして妹の愛子さん(仮名・52歳)の3人です。花子さんはここ数年体調が優れません。愛子さんは結婚して姓が変わっています。そのようなわけで、喪主は一郎さんが務めることになりました。

葬儀から10日程過ぎたころ、葬儀社から請求書が届きました。見ると200万円と書かれています。「そんなにかかったのか・・・」と一郎さんは思いました。が、葬儀社との打合せは父親が亡くなった直後のバタバタした中で行ったので金額を細かくチェックする余裕がなかったのです。

しかし、一郎さんには安心材料がありました。死期を悟った慎太郎さんが亡くなる1週間前に「私が死んだ後に葬儀費用などお金がかかるだろうからこれを使いなさい」と通帳とキャッシュカードを渡されて、暗証番号も教えてもらっていたのです。通帳には約500万円の金額が記帳されていました。

「これは相続財産だけど、遺産分けまでにはまだまだ時間がかかりそうだ。でも、葬儀費用に使うのなら母も妹も納得してくれるだろう」

そう考えて、早速銀行のATMで暗証番号をタッチしたその瞬間、「現在お取扱いできません」という通知が表示されました。「そんなはずはない」と暗証番号を確認して慎重に画面をタッチしましたが同じ結果でした。

「一体どうなっているんだ!?」。一郎さんはATMの画面を呆然と見つめるしかありませんでした。

このように、亡親の銀行口座の預貯金の入出金が停止されてしまうことを、一般に「口座の凍結」といいます。

銀行は預金者死亡の情報を知ると凍結する

銀行は預金者死亡の情報を知ると口座を凍結します。具体的には次のようなケースが多いようです。

「相続人からの連絡」で知るケース

相続人が相続手続で来店したり、電話で相続手続について問合せしたりした。

「業務上」で知るケース

行員が営業回りで斎場を通ったときに預金者の氏名が書かれた葬儀案内を見かけたり得意先回りで預金者死亡の情報を得たりした。

「マスコミの情報」で知るケース

預金者の死亡が新聞やテレビなどで報道された。

どうやら慎太郎さんの葬儀は、駅周辺のセレモニーホールで行ったので、葬儀の看板が銀行関係者の目に触れて口座が凍結されたようです。

なぜ銀行は口座を凍結するのか

では、なぜ銀行は預金者の死亡を知ると口座を凍結するのでしょうか。

遺言書がない場合、遺産である預貯金債権は「遺産分割の対象」になります。そのため、相続人全員が遺産分割の内容に合意するまでの間は、相続人「単独」での払戻しは原則行いません。

その結果、銀行は、相続人全員で遺産の承継の合意が確認できるまで、預貯金の払戻しには応じないのです。

口座の凍結を「解除」する方法

凍結された口座から払戻しをするには、遺言がある場合は、原則として遺言の内容のとおりに払戻しが行われます。遺言がない場合は、まず相続人全員で「遺産分割協議」を行い、全員の合意のもとで協議を成立させます。その上で、銀行所定の手続きを行います。一般に銀行の払戻し手続きで必要な書類は次のとおりです。

・相続人を証する戸籍謄本

~被相続人の出生から死亡に至るものと相続人全員の戸籍謄本を用意します。なお、法務局が相続人を証明する法定相続情報証明制度を利用すると便利です。

・遺産分割協議書

~相続人全員の署名・実印での押印がされたもの

・相続人全員の印鑑登録証明書

・銀行所定の書類

通常、遺産分割協議を開始してから払戻しが完了するまで、スムーズにいっても1~2か月程度かかります。

遺産分割協議がすんなりと成立すればよいのですが、相続人の内の一人でも遺産分けの内容に納得しなかったり、話し合いに非協力的だったりすると、「いつまで経っても口座は凍結されたまま」という状態が続いてしまいます。

「仮払い制度」を活用する

葬儀費用や被相続人の医療費などの支払に被相続人の預貯金を当てにしていた場合、口座が凍結されてしまうと払戻しができなくなってしまいます。相続人が立替えした場合、すんなりと遺産分割協議が成立して遺産から立替金を回収できればよいのですが、遺産分割協議が難航してしまうと、立替金が回収できない状態が長期化してしまうおそれがあります。

その他、被相続人から生前扶養を受けていた者は、生活費の支払に支障が生じてしまいます。

そこで、民法は、これらの資金需要に簡易かつ迅速に対応するために遺産分割前の預貯金の仮払い制度を設けています。

この制度を利用すれば、一定の範囲の貯金等については、銀行の窓口において、自身が被相続人の相続人であること、そして、その相続分の割合を示した上で、遺産分割が成立する前でも、単独で預貯金の払戻しができます。

「遺産分割前の払戻し制度」とは

では、この制度の内容を見てみましょう。

引き出せる金額には「ルール」がある

相続人が単独で払い戻しができる金額は、遺産に属する預貯金債権のうち、口座ごとに次の計算式で求められる額となります。

単独で払戻しをすることができる額=(相続開始時の預貯金債権の額)×(3分の1)×(当該払戻しを求める共同相続人の法定相続分)

たとえば、父親が死亡して、相続人が母親と子ども2人の場合、子ども1人が、A銀行に亡父親の残高600万円の普通預金口座から払い戻しを受けられる金額は、次のように計算されます。

600万円×1/3×1/4(子ども1人の法定相続分)=50万円

引き出せる金額には「制限」がある

ただし、同一の金融機関に対する払戻し金額は、150万円が限度です。

たとえば、相続人が前述と同じケースの場合、子ども1人がA銀行に亡父親の残高2400万円の普通預金口座から払い戻しを受けられる金額は、先ほどの計算では

2400万円×1/3×1/4(子ども1人の法定相続分)=200万円

となります。しかし、同一の金融機関に対する権利行使は150万円が限度のため、A銀行から払い戻される金額は150万円となります。

銀行に提出する書類

この制度を利用するには、相続関係を証明する戸籍謄本(または法定相続情報一覧図)など必要書類がいくつかあります。銀行によって求める資料が異なるので、事前に銀行に問い合わせすることをお勧めします。

「遺産の一部」を取得した扱いになる

遺産分割前の払戻し制度を活用して取得した預貯金は、遺産から分割して取得したものとして扱われます(このことを「遺産の一部分割」といいます)。

したがって、遺産分割をする際には、「遺産分割前の払戻し制度を活用して取得した預貯金」を考慮して他の相続人と協議をすることになります。また、単純承認をしたとみなされて相続放棄ができなくなるおそれがあります。被相続人が借金を残して亡くなった場合は、この制度を利用しない方が無難かもしれません(単純承認と相続放棄の関係については、知らないと怖い「危険な相続」~「遺品整理」で「借金」を背負うことがある!?をご覧ください)。

親が亡くなると、葬儀費用、入院費の清算、四十九日の法要など立て続けにお金がかかります。そのようなときに今回ご紹介した「遺産分割前の払戻し制度」が役に立つかもしれません。ぜひ覚えておいてください。

行政書士

1965年東京生まれ。中央大学法学部卒業後、西武百貨店入社。2001年行政書士登録。専門は遺言作成と相続手続。著書に『[穴埋め式]遺言書かんたん作成術』(日本実業出版社)『行政書士のための遺言・相続実務家養成講座』(税務経理協会)等。家族法は結婚、離婚、親子、相続、遺言など、個人と家族に係わる法律を対象としている。家族法を知れば人生の様々な場面で待ち受けている“落し穴”を回避できる。また、たとえ落ちてしまっても、深みにはまらずに這い上がることができる。この連載では実務経験や身近な話題を通して、“落し穴”に陥ることなく人生を乗り切る家族法の知識を、予防法務の観点に立って紹介する。

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