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「えっ。。。ウソでしょ!」~妊娠中の夫の死。生まれてくる子に相続権は認められるのか

竹内豊行政書士
妻が妊娠中に夫が死亡した場合、胎児に相続権は認められるのでしょうか。(提供:イメージマート)

田中里奈さん(仮名・28歳)は第一子を妊娠中です。夫の健一さん(仮名・32歳)は仕事が終わると一目散に帰宅して家事を引き受けてくれています。里奈さんは優しい夫に巡り合えたことを幸せに感じる毎日でした。

出産直前に夫が事故死

いよいよ10日後に出産を控えた朝、健一さんはいつも通り「行ってきます!」と元気に会社に行きました。その直後でした。「キキーツ!」という急レーキと同時に「ズドン」と大きな鈍い音がしました。慌ててドアを開けると信じられない光景が目に飛び込んできました。乗用車とその前に倒れている健一さん、そして泣いている小学生がいたのです。

里奈さんは健一さんに駆け寄り「健ちゃん!健ちゃん!」と叫びましたが反応がありません。里奈さんは救急車のサイレンが聞こえましたがその後の記憶はありません。

気が付くと病院のベッドの上でした。横には義理の母・良子さんがました。そして「気を確かに聞いて」と前置きされて、健一さんは家を出た直後に車に引かれそうな小学生を発見して子どもに体当たりして助けましたが、自分ははねられてしまい、打ち所が悪く亡くなってしまったことを良子さんから告げられたのです。

胎児は相続人になれるのか

このように、妊娠中に夫(父親)が死亡してしまうことも実際あります。この場合、妻のお腹の中の赤ちゃん(胎児)は相続権が認められるのでしょうか。

例外的として胎児に相続権を認める

相続法上、「相続人である」といえるには、相続開始の瞬間(相続される人が死亡したその時)、相続人は被相続人(死亡した人)とともに存在しなければなりません。このことを「同時存在の原則」といいます。しかし、出生の可能性が高いにもかかわらず相続権がないのは理不尽です。そこで、民法は胎児については、「すでに生まれたもの」とみなして相続権を保障することにしました(民法886条1項)。したがって、父の死亡時に胎児であった者が、後に出生すれば相続人となります。ただし、不幸にして死産の場合には、初めから相続人にならかったもの(相続人とはならない)として扱います(同2項)。

民法886条(相続に関する胎児の権利能力)

1 胎児は、相続については、既に生まれたものとみなす。

2 前項の規定は、胎児が死体で生まれたときは、適用しない。

理屈では妊娠中の遺産分けも可能

民法886条1項により相続については「胎児は、既に生まれたものとみなす」のだから、理屈の上では胎児に代理人を立てて亡父の遺産分割協議を行うことは可能です。しかし、特別に急ぐ事情がない限り、無事出産が終わって妻の心身の状態が安定してから遺産分割を行うのが通常です。

エピローグ

さて、事故から10日後に生まれた男の子は健太郎と名付けられました。健一さんが事故当日に持っていたカバンの中に命名の本が入っていて、その中に「健太郎」と健一さんが書き込んでいたのです。そして、健一さんの遺産分けは相続人が妻・里奈さんと長男健太郎ちゃんの間で行われ、里奈さんの「きっと夫は健太郎にも財産を残してあげたいと思っているはずです」という意思を尊重して親子で2分の1ずつ引き継ぐことになりました。なお、長男は未成年のため特別代理人を付けて遺産分割協議を成立させました。きっと天国の健一さんも安心しているに違いありません。

※この記事は、民法の条文を基に作成したフィクションです。

行政書士

1965年東京生まれ。中央大学法学部卒業後、西武百貨店入社。2001年行政書士登録。専門は遺言作成と相続手続。著書に『[穴埋め式]遺言書かんたん作成術』(日本実業出版社)『行政書士のための遺言・相続実務家養成講座』(税務経理協会)等。家族法は結婚、離婚、親子、相続、遺言など、個人と家族に係わる法律を対象としている。家族法を知れば人生の様々な場面で待ち受けている“落し穴”を回避できる。また、たとえ落ちてしまっても、深みにはまらずに這い上がることができる。この連載では実務経験や身近な話題を通して、“落し穴”に陥ることなく人生を乗り切る家族法の知識を、予防法務の観点に立って紹介する。

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