山田太郎さん(40歳、仮名)は、先月父親を亡くしました。相続人は母親と兄、そして次男の太郎さんの3人です。

太郎さんは高校を卒業して東京の大学に入学して以来、実家に戻ったことはほとんどありません。一方、兄の一郎さんは高校を卒業して地元の役所に勤めています。

父親の遺産は自宅の不動産と預貯金1千円ほどです。兄は「おふくろの世話は俺がするから心配するな」と言ってくれています。実は、太郎さんは、兄に対して東京に出てきて好きなように生活してきたことに負い目を感じていました。そこで、兄に「俺はおやじの遺産はいらないよ」と告げました。

「相続分の放棄」を書く

口約束だけでは兄も心配だろうと思った太郎さんは、何か証明書を渡した方がよいと思い、インターネットで調べてみました。すると「相続分の放棄」というものを見つけました。

「相続を放棄するのだからこれがいいな」と思い、早速「私は、亡父の相続につき、その保有する相続分の全部を放棄いたします。」と書いて署名押印をして兄に送りました。

「これで兄も安心しておやじの遺産を受け取ることができるな」と太郎さんは安心して日常生活に戻りました。

亡父の借金が判明

父親の一周忌が終わってしばらくした頃、兄から突然電話が入りました。そして切羽詰まった声で「実は、おやじが生前借金していたらしいんだ。今、貸金業者から督促状が届いた。金額は2千万円だ。すまないがお前にもいくらか負担してもらうと思う。状況がはっきりしたらまた連絡するよ」と言って電話を切ろうとしました。驚いた太郎さんは「兄貴、待ってくれよ。俺は『相続分の放棄』をしたんだぜ。それに遺産は一銭ももらっていない。だから俺には関係ないよ」と言った瞬間、兄から信じられない一言がかえってきました。

「お前がしたのは相続放棄ではなく相続分の放棄だろ。それでは借金は法定相続分で背負うことになるんだよ。そういうことでよろしくな」と言って一方的に電話を切ってしまいました。

果たして、兄が言ったように太郎さんは「相続分の放棄」では亡父親が残した借金を背負わなくてはならないのでしょうか。

「相続分の放棄」とは

「相続分の放棄」とは、相続財産に対する共有持ち分を放棄する意思表示をいいます。つまり、太郎さんは「相続分の放棄」をすることで「私の相続分(4分の1)を放棄します」と表明したことになます。

「相続放棄」と「相続分の放棄」の違い

「相続分の放棄」は「相続放棄」と同じように見えますが、主に次のような違いがあります。

相続放棄では、自己のために相続の開始があったことを知った時から3か月以内に家庭裁判所へ申述を行うことが必要です(民915)。

一方、相続分の放棄では、時期に制限はなく、方式も問われませんが、通常は署名押印(実印)された書面で行われます。

相続放棄は、相続開始による包括承継の効果を全面的に拒否する意思表示です。つまり、相続財産も相続債務も共に承継を拒否するものです

一方、相続分の放棄は、あくまで相続財産の承継を放棄する意思表示であり、相続債務についての負担を免れるものではありません

以上の違いから明らかなように、相続放棄は、おもに相続財産より相続債務の方が多い場合などに利用されますが、相続分の放棄は、相続人が被相続人と縁遠かったなどの理由で、相続財産の取得を希望しない場合などに利用されます。

「相続分の放棄」では借金から逃れられない

このように、相続分の放棄では、被相続人(死亡者)が残した負債を負担することから逃れることができません。

その後、太郎さんは亡父が残した借金は、ある女性に金を注ぎ込んだ結果であることを知りました。たとえ親子でも知らないことは当然あります。

もし、「亡親の遺産はいらない」というのなら、家庭裁判所に相続放棄の申述を行うことをお勧めします。そうすれば、「まさかの借金発覚」で負債を引き継ぐことはありません。