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「遺言書」が「紙爆弾」に変わる時~「残してくれなかった方がマシだった・・・」ということも!

竹内豊行政書士
遺言が「争族」の時限爆弾になるケースが増えています。(ペイレスイメージズ/アフロ)

遺言者(遺言書を作成する人)は、遺言を残す時に「遺言能力」を有していなければならないとされています(民法963条)

民法963条(遺言能力)

遺言者は、遺言をする時においてその能力を有しなければならない。

遺言も法律行為です。したがって、遺言能力は法律行為時である遺言を作成する時に存在しなければなりません。本条がこの当然と思われることを遺言に関して規定したのは、遺言作成時から遺言の効力が発生する(民985条)までに長期間が経過することがあるという遺言に特殊な事情を考慮したものです。

民法985条(遺言の効力の発生時期)

遺言は、遺言者の死亡の時からその効力を生ずる。

「遺言能力」とは何か

実は、民法963条では、肝心の遺言能力自体を定義していません。そこで、判例から遺言能力とは何であるかを導くことにしましょう。

判例では、遺言能力を事理弁識能力(物事の内容をはっきりと見極めることができる能力)とし、「遺言事項を具体的に決定し、その法律効果を弁識するのに必要な判断能力(意思能力)」を遺言能力と解しています(東京地判平成16・7・7他)。

つまり、自分が残した遺言の内容を理解し、自分の死亡後に遺言によってどのような結果がもたされるかを弁識できる(はっきりと理解する)に足りる意思能力のことをいいます。

自分で書いて残す自筆証書遺言はもちろんですが、法律専門職である公証人が関与し、しかも証人2名も遺言書作成の現場に立ち会う公正証書遺言でさえも遺言能力が争われています。中には遺言能力が否定され遺言が無効と判断される事例もあります。

公正証書遺言で遺言能力が「否定」されることも!

公正証書遺言の作成件数が増加しているためか公正証書遺言に関して遺言能力が争われた事例も増えてきています。公正証書遺言で遺言能力が否定された事例を見てみましょう。

「遺言当時中等度の人格水準低下と痴呆がみられ、是非善悪の判断能力並びに事理弁別の能力に著しい障害があったとした前記鑑定人の鑑定結果は相当である」とされたもの」(東京高判昭和52・10・13)

「遺言者の意識状態はかなり低下し、思考力や判断力を著しく障害された状態にあったと認められる場合に本件遺言の内容がかなり詳細で多岐にわたることを併せ考えれば」、「遺言者がその意味・内容を理解・判断するに足りるだけの意識状態を有していたとは到底考え難い」とされたもの(大阪地判昭和61・4・24)

「遺言者が痴呆状態にあったことに加え、遺言作成の経緯や遺言の内容、公証人があらかじめ用意していた8条からなる複雑な遺言内容全文を一度に読み上げて遺言者の意思を確認したことなどを勘案すると、遺言者に遺言能力がなかった」とされたもの(東京地判平成11・11・26)

公正証書遺言で遺言能力が「肯定」された事例

公正証書遺言で遺言能力が肯定された事例も見てみましょう。

「軽度の多発性脳梗塞はみられるが、同人を脳血管性痴呆と診断することはできないとする医師の鑑定を採用し」遺言能力ありとされたもの(東京高判平成10・2・18)

「いまだ痴呆の領域には至っておらず、94歳の老人としての標準的な判断能力を有していた」とされたもの(東京高判平成10・8・26)

遺言能力の判断

遺言能力が争われる事例は、遺言者が高齢で、認知症の症状などが現れている場合が多いようです。しかし、一概にそれだけで遺言能力が否定されるわけではありません。遺言内容や作成の経緯・動機との関連も考慮されます。

冒頭でご紹介した、平成16年東京地裁の判決を詳しくご紹介しましょう。

遺言の能力の有無は、「遺言の内容、遺言者の年齢、病状を含む心身の状況及び健康状態とその推移、発病時と遺言時との時間的関係、遺言時と死亡時との時間的間隔、遺言時とその前後の言動及び精神状態、日頃の遺言についての意向、遺言者と受遺者の関係、前の遺言の有無、前の遺言を変更する動機・事情の有無等、遺言者の状況を総合的にみて、遺言の時点で遺言事項(遺言の内容)を判断する能力があったか否かによって判断すべきである」とされる(前掲平成16年東京地判)

病気の時の遺言は「争族」の時限爆弾!

以上お紹介した通り、遺言を作成する時点で遺言能力がなければ、たとえ形式的に遺言を残しても法的には無効になります。

もし、認知症等が原因で遺言能力が低下もしくは無い状況で残してしまって、遺言者死亡後に遺言の有効・無効で争った場合、有効・無効を判断するには、「遺言者の状況を総合的にみて」判断するほかありません。当事者である遺言者はもはやこの世にいません。したがってこれは非常に難しい判断になます。

このような状況になってしまったら、「遺言を残さなかった方がマシだった」ということになってしまいます。

病気の時に残した遺言は、死後に「争族」をまき散らす時限爆弾を仕掛けるようなものです。

遺言は心身ともに健康な時に残すこと。病気になってしまったら、回復すまで残さないのが無難です。

行政書士

1965年東京生まれ。中央大学法学部卒業後、西武百貨店入社。2001年行政書士登録。専門は遺言作成と相続手続。著書に『[穴埋め式]遺言書かんたん作成術』(日本実業出版社)『行政書士のための遺言・相続実務家養成講座』(税務経理協会)等。家族法は結婚、離婚、親子、相続、遺言など、個人と家族に係わる法律を対象としている。家族法を知れば人生の様々な場面で待ち受けている“落し穴”を回避できる。また、たとえ落ちてしまっても、深みにはまらずに這い上がることができる。この連載では実務経験や身近な話題を通して、“落し穴”に陥ることなく人生を乗り切る家族法の知識を、予防法務の観点に立って紹介する。

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