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安倍首相自民党総裁3選後の課題

竹中治堅政策研究大学院大学教授
(写真:Natsuki Sakai/アフロ)

総裁3選へ

 9月20日に自民党総裁選が予定されている。事前の調査から安倍晋三首相の三選は確実である。3年の任期を満了すれば、安倍首相の在職日数は一次内閣の任期と合わせて、戦後1位の佐藤栄作、さらには戦前戦後を通じて1位の桂太郎をも超えることになる。

 12年12月復帰後から数えても、8年を超える長期政権となる。

制度改革の効果

 安倍首相が長期政権を維持できた背景にはなによりも首相の権力が1990年代以降強化されてきたという構造的要因がある。1994年の政治改革により小選挙区・比例代表制が導入される一方、政治資金に対する規正が強化され、政党助成金が取り入れられた。

 この制度改革は自民党の党内構造を大きく変えた。個々の政治家にとり無所属で当選することや政治資金を集めることが難しくなり、執行部が握る公認権や政治資金配分権が大きな意味をもつようになった。執行部の頂点にいるのは首相であり、首相の政策に造反することが困難になった。また派閥が力を失った。

 この結果、首相は自由に閣僚人事権を行使できるようになった。以前は派閥からの推薦を尊重しなくてはならなかったが、こうした配慮は徐々に不要になったのである。以前は衆議院で当選6回を果たした政治家はほぼ確実に大臣に就任できる慣行があった。中北公爾氏がするどく指摘するようにこうした慣行は現在の安倍政権の下では崩れつつある。

 01年の省庁再編は政策立案をする上での首相の権限を拡大し、補佐機構を強化した。首相は政策を自ら立案する権限を獲得し、政策を形成することが内閣官房の正式な事務として認められた。また、首相の政策立案を支えるために内閣府や内閣府担当大臣が導入された。

 以前は大臣が政策を立案し、首相は調整にあたる建前であったが、首相が直接政策立案を行うことが法律上認められたのである。この結果、首相は内閣官房や内閣府を活用し、政策形成を主導することができるようになった。

 さらに14年の公務員制度改革により、首相は各省幹部人事への影響力を大きく拡大させた。

政権運営方法の工夫

 これに加えて、安倍首相は一次内閣時に比べ、政権運営が巧みになった。首相、官房長官、官房副長官、総理秘書官が特に案件がなくても懇談する機会を定期的に設けるなど官邸運営を工夫した。また、人事にも配慮し、閣僚の失言が減った。

 また、重視する政策を一次政権に比べれば絞り込んだ。一次政権は構造改革、格差対策、教育再生、安保政策、さらには憲法改正手続きと短期間にあまりに多くの政策課題に取り組もうとした。

実績

 安倍首相は15年終わりころまではいわゆる三本の矢といわれる経済成長政策と安保政策を前面に押し出し、実績を積み重ねた。電力自由化、法人税減税、コーポレート・ガバナンス改革が経済面の実績例で、国家安全保障会議(日本版NSC)の設置、集団的自衛権の行使に道を開いた安保関連法制が安全保障分野での成果例である。

 15年秋頃より「一億総活躍」、「働き方改革」を打ち出し、社会・労働政策に重点を移してきた。当面のところ、もっともわかりやすい政策はこれまでの労働法の規制では青天井もあり得た残業時間に例外なき上限を設けたころである。もっとも、一連の政策の大きな狙いの一つは人口減少が進む中での労働力確保であり、2017年7月の就業者数は6630万人であり、政権発足後400万人も増えている。

 また、この間に訪日外国人の拡大に努め、昨年はその数が2860万人に上り、2012年に比べ凡そ3兆円経常収支の好転をもたらしたことも特記したい。対外政策面では日・EU経済連携協定を、17年12月に、そして、TPP11交渉を18年3月に妥結させた。

森友・加計学園問題

 この間に広く知られる森友学園への国有地売却、加計学園が経営する岡山理科大学の獣医学部新設を巡る問題が発生した。前者では首相夫人が森友学園の名誉校長を務め、後者では首相が学園経営者と友人であった。このため便宜が図られた、あるいは政策担当者が首相の意向を忖度したのではないかという疑惑が生じることになった。特に森友学園問題では国有地の売却を決めた決済文書が改ざんされ、行政への信頼性が傷つけられることになった。

 以上の関係性に加え、森友学園問題では首相が自身や夫人の取引に関係していたことが判明すれば首相や議員を辞任すると発言、何を「関係」と言えるのははっきりしないため、野党やマスコミによる追究が長期化することになった。また加計学園問題では首相周辺の政治家、官僚などの関与を示唆する行政内部文書の存在が明らかになったため、首相周辺の政治家・政策決定関係者がやはりなんらかの働きかけを行ったのではないかという疑惑が増大することになってしまった。こうした内閣支持率は低下することになった。

 ここで特記したいのは特に加計学園の問題の背景には国家戦略特区制度があるということである。戦略特区は首相の判断の下、一部地域で例外的に規制緩和を行うことを目的に現政権のもとで設けられた制度である。ただ、獣医学部の新設のように1事業者に限って例外を認める場合には、その事業者の選定は公平であったのか、首相自身の関与はなかったのかという疑惑を招く隙を作ってしまうことになるのである。制度創設時には想定されなかった制度のリスクであろう。安定的に政権運営を図るためには、首相が個別の規制緩和案件に関与する余地がある現行制度は見直しを検討すべきである。

 

3選後の課題

 3選を果たした安倍晋三首相が取り組む政策課題は何か。これまでの打ち出してきた政策、首相の発言から少なくとも3つの課題に取り組むと考えられる。

 一つは引き続き社会・労働政策に取り組み特に高齢者の雇用拡大に努めること。首相は日本経済新聞社のインタビューで「生涯現役・生涯活躍の社会を次の1年をかけてつくりあげたい」と表明している。

 もうひとつは現役世代への社会保障の拡大である。すでに安倍首相は昨年9月の衆議院を解散する際に、19年10月に消費税を10%に引き上げられる際に得られる増収分の一定部分を教育無償化に充てる方針を打ち出している。具体策を検討するために昨年9月に人生100年時代構想会議を立ち上げた。構想会議は、今年6月に「人づくり基本構想」を取りまとめ、幼児教育の無償化や高等教育の無償化の具体的内容を盛り込んだ。この内容はそのまま2018年度の「骨太の方針」の一部となっている。総裁選後に具体的実施策の立案を進めていくはずである。

 三つは憲法改正である。すでに自民党は憲法で自衛隊を位置付けることを含め4つの改憲案をまとめており、首相は次の国会に自民党としての改憲案を提出することを表明している。首相は来年の憲法改正の発議を目指すのかもしれない。

 そして、来年はいろいろな重要な儀式、国際会議、政治日程が控えている。

 4月30日に天皇陛下が退位され、5月1日に皇太子殿下が新天皇に即位される。10月には即位の礼が行われる。

 6月にはG20首脳会議が開催され、8月にはTICAD(アフリカ開発会議)が横浜で行われる。

 来年、首相は一連の儀式、会議をつつがなく行わなくてはならない。

絡み合う、改憲、消費増税、参議院議員選挙

 この間に4月には統一地方選挙、夏には参議院議員選挙が行われ、さらに10月には消費税率が10%に引き上げられる予定である。

 改憲と消費増税は参議院議員選挙と複雑に絡み合うと考えられる。

 まず、改憲の発議と参議院議員選挙の関係が問題となる。現在、改憲に前向きな議員、すなわち、いわゆる「改憲勢力」が衆参両院で改憲の発議に必要な三分の二以上の議席を占めている。参議院議員選挙後の議席状況は不透明である。首相は、現在の議席状況の間に改憲を目指そうとするかもしれない。この場合、参議院議員選挙の前の通常国会で改正を発議し、参議院議員選挙は改憲の国民投票とのダブル選挙になるかもしれない。

 ただ、これには大きなリスクが伴う。特に首相が9条改正を目指す場合、強い抵抗が予想され、参議院議員選挙において自民党に不利に働く恐れがある。

 また、首相が参議院議員選挙を控えて、消費増税を予定通り行うのかどうかも問題となる。消費増税を行うのなら選挙より前に引き上げの決定を行う必要がある。すでに教育無償化に消費増収分2兆円を充てることを予定しており、首相も力強い言葉で予定通り実施する意向を示している。ただ、増税も選挙に不利に働くことが予想され、三度延期する可能性はある。

 結局、改憲発議や消費増税の決定に大きく作用するのは内閣支持率であろう。支持率が高ければ、改憲発議や消費増税の可能性は高まる。低迷すれば、発議は見送られ見込みが高まり、増税が先送りされる可能性が出てくる。

 この支持率に注目すると、森友学園と加計学園の問題のため、数ヶ月間、内閣不支持率が内閣支持率を上回る状況が続いてきた。9月に入り、内閣に厳しめの数字が出る傾向にある朝日新聞の世論調査でようやく内閣支持率が不支持率より高くなった(同様に厳しい数字が出る毎日新聞では依然として支持率が下回っている)。これは首相にとって朗報であろう。

最大の不安定要因

 ただ、内閣支持率の変動を含め、今後の政権運営を考える上で、これまで触れてこなかった大きな課題があると筆者は考えている。

 それは日米関係である。広く知られるようにアメリカのトランプ大統領は貿易相手国との貿易赤字を問題視、3月から鉄鋼・アルミに関税を課したほか、7月中国からの輸入に多額の関税をかけ、段階的に対象を増やしている。またメキシコやカナダとNAFTAの見直し交渉を行なっている。

 トランプ大統領は日本との7兆円の貿易赤字も問題視し、8月から茂木経済財政担当大臣とライトハイザーUSTR代表の間で交渉が始まっている。

 トランプ大統領は遅くとも5月以降、米国が輸入する自動車に関税をかける考えを示している。今月頭にも日本との貿易赤字に不満であるという考えをアメリカ・ウォール・ストリート・ジャーナルの新聞記者に伝えたということが報じられている。

 アメリカ側が日本に対し厳しい貿易赤字削減要求を行い、それを認められない場合に自動車に関税をかける方針を打ち出す場合には安倍首相はこの対応に難渋することになるであろう。

 日本にとってはアメリカとの関係は安全保障、経済両方の面であまりにも重要であり、日米関係が動揺すると首相は相当の政治資本をそこに費やさざるをえなくなる。場合によっては政権が不安定化することにもつながりかねない。

 ここ数ヶ月のトランプ大統領の対日政策から目が離せない。

政策研究大学院大学教授

日本政治の研究、教育をしています。関心は首相の指導力、参議院の役割、一票の格差問題など。【略歴】東京大学法学部卒。スタンフォード大学政治学部博士課程修了(Ph.D.)。大蔵省、政策研究大学院大学助教授、准教授を経て現職。【著作】『コロナ危機の政治:安倍政権vs.知事』(中公新書 2020年)、『参議院とは何か』(中央公論新社 2010年)、『首相支配』(中公新書 2006年)、『戦前日本における民主化の挫折』(木鐸社 2002年)など。

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