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1番人気の馬が取り違え事故で発走除外/約4000万円の輸入競走馬の今後は? 再発防止策はとても簡単

花岡貴子ライター、脚本&漫画原作、競馬評論家
動物用のマイクロチップ(写真提供 Todorean Gabriel)

まさかの1番人気に支持された馬の取り違え事故

 19日、新潟3レースで1番人気に支持されていたエンブレムボムが発走除外となり、レースに参加できなくなった。理由は「事故」とされたが、その内容はなんと馬の取り違えだった。

 本当にこんなことが起きてしまうとは…驚きしかない。

 JRAのレースに出走する競走馬はJRAの指定業者により競馬場へ運ばれ、出張厩舎に滞在した後、出走前に装鞍所に移動してレースに臨む。今回はこの装鞍所で馬に埋め込まれているマイクロチップを確認したところエンブレムボムとされていた個体が別の馬であることが発覚。エンブレムボムは出走予定のレースは発走除外となり、管理する森秀行調教師にはJRA過去最高額の50万円の過怠金が科された。

 のちに、新潟まで運ばれエンブレムボムとして扱われていた馬は、同じ森秀行厩舎のエコロネオだということが判明した。

 JRAの発表ではエンブレムボムとエコロネオは7月28日に栗東トレセンに入厩している。森秀行厩舎は坂路中心の調教メニューを組むが、エンブレムボムとエコロネオは両方とも7月30日から坂路で調教している履歴が残っている。この2頭がともに履歴を残しているのは8月6日までで、それ以降はエンブレムボム名義の調教履歴だけが記録されている。

 JRAによれば、8月上旬からこの2頭は調教ゼッケンを入れ違えて間違った組み合わせで装着していたとのこと。そして、本物のエンブレムボムは8月12日にエコロネオの名で放牧に出されていた。

取り違えられた2頭は同じセリ出身の外国産馬だった

 エンブレムボムとエコロネオ、この2頭はいずれも今年3月にアメリカ・フロリダ州のOBSマーチセールで購入された外国産馬だった。そのセリの資料にあった写真は以下のとおり。いずれも鹿毛の牡馬だが、2頭のわかりやすい違いは右前脚でエコロネオは白い部分(白斑)があるが、エンブレムボムにはない。

 しかし、X(旧Twitter)の投稿に貼られた競馬専門ニュースサイトの画像を開いていただくと8月9日に撮影されたエンブレムボムとされる馬が確認できるが、この馬の右前脚には白い部分があり、この時点で明らかにエンブレムボムとされていた馬は少なくともエンブレムボムではなかった、ということになる。

エコロネオとして競走馬登録されている2歳馬(OBSマーチセールの資料より)
エコロネオとして競走馬登録されている2歳馬(OBSマーチセールの資料より)

エンブレムボムとして競走馬登録されている2歳馬(OBSマーチセールの資料より)
エンブレムボムとして競走馬登録されている2歳馬(OBSマーチセールの資料より)

 ちなみに森師はこのセールで5頭を落札している。他の3頭は19日に小倉6レースでデビューして2着だったジャスパーロブスト、20日の小倉5レースでデビュー予定のピカリ、19日に出走したかったが一般除外されたジャスパーノワールだ。

 ピカリも、ジャスパーロブストも、ジャスパーノワールも7月30日から坂路で調教を始めていることから、察するにこの5頭は同時、または同時期に輸入され、入国検疫を経て、栗東へやってきたのだろう。競走馬はJRA管理外の施設からトレセンに入る際、必ず検疫厩舎で一定期間、馬の個体や病気のチェックを行う。この馬たちも検疫の時点ではマイクロチップによる個体認識は正しく行われていたはずだ。

 検疫を経て厩舎へ移動し、その後の管理は厩舎に委ねられる。また、馬がトレセンから外に出る際は、検疫のような個体管理の関所はない。結果、この過程で取り違いが確認できず、このような事故に至ってしまった。

 確かに、この5頭の中で牝馬のピカリ、栗毛のジャスパーノワール、芦毛のジャスパーロブストと比べるとエンブレムボムとエコロネオは同じ鹿毛であり、他馬と比べると似ていたのかもしれない。また、森厩舎は厩舎制度では伝統的な担当厩務員が2頭の担当馬を割り当てられて面倒をみるスタイルを開業当初から取り入れず、全員で全馬をみる方針で厩舎を運営してきたパイオニアでもある。しかし、このやり方は全員に全馬を責任を持って世話をさせるというのが本来の意義であり「きっと他の誰かがみてくれている」と個々の責任負担を減らすものではないし、そもそもマイクロチップで個体確認ができる以上、その次元の問題ではない。

 以前、日本で馬の取り違え事故があったのは1989年だった。つまり、平成元年の出来事だ。当時は馬の個体判別は目視で行われており、マイクロチップは導入されていなかった。しかし、全競走馬にマイクロチップが埋め込まれている今ならば、マイクロチップリーダーによる個体確認を事あるごとに行っていれば、理論上、このような事故は起きないはずなのだ。

外国ではマイクロチップ導入後も取り違え事故があった

 とはいえ、マイクロチップ導入後も海外では取り違え事故が起きている。

 2020年10月、ディープインパクト産駒で後に欧州のオークスを3勝した名馬スノーフォールは2歳時に取り違え事故に遭っている。スノーフォールはアイルランドのエイダン・オブライエン厩舎の管理馬だが、この日はイギリス・ニューマーケットで行われたフィリーズマイルに同じ厩舎のマザーアースと共に出走。しかし、手違いでゼッケンと騎手が入れ替わってしまった。当然ながらマイクロチップでの個体確認は行われていたはずだが、それでもミスは起こってしまった。ゼッケンを装着するタイミングに事故が起こったとのことだった。

 この時、主催者であるBHA(英国競馬統括機構)は管理するエイダン・オブライエン調教師には7000ポンド(約108万円)の罰金を科した。そして、馬たちには実際に走った成績を記録として残した。馬券について、大手ブックメーカーは取り違えた2頭をともに3着とみなして払戻しが行われている。

事故防止にアナログとデジタルのダブルチェックを

 本来、人間はどれだけ注意してもミスをする動物だ。だからこそ、機械と共にダブルチェックを行うことでミスを防げる。昭和時代はスーパーのレジ打ちでの釣銭の計算は人力で行われていたが、今の時代、大手スーパーでは機械が自動的に計算して釣銭を出すのは当たり前だ。人が当たり前にできることであっても、機械を介することで事故を未然に防ぐように世の中は変わっている。今回の事故は、それと似たような話だと思う。

 馬を扱う現場はアナログに偏りがちだが、これを機にもっとデジタルを活用するように変わっていくといいな、と筆者は感じている。手間は増えるが、人の目視とマイクロチップによるデジタル的確認を繰り返すことで事故は防げるからだ。

 競走馬は購入価格も高額で、エコロネオの落札価格は30万ドル(約4000万円)だった。厩舎への預託料は中央競馬なら月額で約50~100万円もかかる。この新潟の新馬戦で1着をとれば、馬主は本賞金710万円の8割である568万円を稼げたし、良績を重ねることで次のレース選択も増えていく。今回の事故はエコロネオにとって残念な機会損失となってしまった。

 幸い、調教情報からエコロネオはスピード豊かな競走馬のようだ。次回、本馬がエコロネオとして出走登録され、レースでお披露目されるときはかなり人気を集めるだろう。

 エコロネオにとって今回の事故がその後の競走馬生活の中では「結果的にかすり傷程度の痛手で過ぎない」ぐらいの話でおさまるよう、切に願っている。

ライター、脚本&漫画原作、競馬評論家

競馬の主役は競走馬ですが、彼らは言葉を話せない。だからこそ、競走馬の知られぬ努力、ふと見せる優しさ、そして並外れた心身の強靭さなどの素晴らしさを伝えてたいです。ディープインパクト、ブエナビスタ、アグネスタキオン等数々の名馬に密着。栗東・美浦トレセン、海外等にいます。競艇・オートレースも含めた執筆歴:Number/夕刊フジ/週刊競馬ブック等。ライターの前職は汎用機SEだった縁で「Evernoteを使いこなす」等IT単行本を執筆。創作はドラマ脚本「史上最悪のデート(NTV)」、漫画原作「おっぱいジョッキー(PN:チャーリー☆正)」等も書くマルチライター。グッズのデザインやプロデュースもしてます。

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